#208 ある教師のエモいい話 〜貧しい子供達を救ったペスタロッチの愛情〜

【今回の内容】
教え方の模索、教育学の成立/52歳の遅咲き先生ペスタロッチ/波乱の幼少期、志をもつ/若くしてルソーに感化される/農業そして教育へのチャレンジ/貧困と闘うペスタロッチの苦難/挫折から失意の20年間/52歳目標のために再起/開花する子どもたちの才能/ペスタロッチ思想の広がり/生涯を不幸な子どもたちに捧げる/影響を受けたヘルベルトやフレーベル/受け継がれる教育のバトン/次回公教育へ

樋口:はい、ええ前回まではルソーさんの話でしたね。啓蒙主義からの教育論だったんですけども、今度はその実践編ということでいいんですかね。

深井:はい。ええとですね、今ルソーが生きてた時代ってのは1700年代です。彼は1712年から1778年。フランス革命の直前まで生きてて、ロペスピエールとかにも影響を与えた人です。この後1800年代に入るとフランス革命が起こったりとか。フランス革命は1700年代後半ですけど。後は産業革命が起こったりします。これによって今まで啓蒙思想家たちが考えていたことが次第に社会の中で実現していくという事態に突入していくんです。考えてただけ、ではなくてそれを社会実装していくという時代に突入していきます。

樋口:はい。

深井:はい。いろんな課題を抱えながらそういう状態に行くんですが。今回は教育の思想の話をしてますんで、教育においてはどういう時代に突入したかというと、さっきルソーとかが貧富の差に関わりなく子供ってのは可能性を持ってるよねという話をしました。これを本当に貧富の差に関わりなく全ての子供の成長と発達の可能性がどのようにしてあって、どうやったら伸ばせるのかということについてちゃんと説明するということが必要になってくる、次の時代では。後は子供達がどのようにして正しい知識を習得して道徳的な能力を発達させるかについての論理をより具体的に明らかにしていく必要がある。ルソーは結構具体的に言ってくれてるんだけどもっと具体的に体系的にしていこうという人たちが出てきます。そしてその論理に基づいて実際に子供達に知識や道徳的な態度を発達させるために教えたい。その教え方はどのような教え方がベストなのか。ということを考える人たちが出てきます。この人たちの登場によってついに教育というのが教育学として一つの学問領域として成立していきます。

樋口:ほお。成立してなかったんですね、それまで。

深井:はい。科学として教育は扱われていなかった。

樋口:なるほど。

深井:けど教育学として成立していくというところまでこの人たちが持っていっていくんですけど。何人かいるんですけど全員の話してたらまたちょっと二時間くらいこれだけでかかっちゃうんで。でもある程度詳しく説明しないと感動が伝わらない。今日紹介したいのはヨハン・ハインリッヒ・ペスタロッチという人です。1746年から1827年に生きた人です。ルソーとも被ってますね。かなり偉人なんです、彼が。彼がやったことっていうのは民衆に向けてもしくは貧困層に向けてどのように教育を広げて行くか、そして子供の可能性をどうやったら拡大させていくことができるかということを本当に生涯をかけて取り組んだ人。

楊:しかもめちゃくちゃ愛をもってやって行く。

深井:ちょう愛を持ってやって。本人は本当に不遇なまんま死んだりしちゃってる人なんですね。ルソーもそうだから本当になんていうか感慨深いよね。

樋口:なんで、本人は不遇なんだろうな。

深井:そう。彼が生きた時代はすごい動乱の時代だった。フランス革命も起きたし、フランス革命以後もめちゃくちゃ動乱の時代でスイスの人なんですけども、フランス革命の余波を受けてナポレオンが侵攻してきたりだとか、そのナポレオンがいなくなったりとかですね。いろんなことがここで起こるわけです。こんな感じのむちゃくちゃな状態の中でペスタロッチは52歳くらいから教師になるんです。

樋口:え。

深井:で、世界の教育を変えて行くんです。

樋口:え。

深井:すごいよね。

樋口:遅咲き過ぎるでしょう。

深井:また出てきたよね。遅咲き系偉人。

樋口:そういうジャンルがあるんだ。

深井:ちょいちょいいるよね。ちょいちょい歴史を勉強していると出てくる遅咲き系の偉人。

樋口:ほい。

深井:彼はですね、生涯全てほぼスイス国内に留まっていたんですけども、彼の教育実践というのはものすごく評判になってアメリカまで影響を与えてます。

樋口:へえ。

深井:有名人ではあった、影響を与えてるから。有名人ではあったけど別に政治家として重要なポストについてるわけでもないし、大学の教授として成り立ってたわけでもない。

樋口:なにやってた。

深井:彼は前半生は農場経営をしたりとか、あと、文学者をやったりとかしてる。そして後半生は私立校、私立男子校の経営者をやっている。

楊:あんまり成功してない。

深井:文学者としては結構成功したんですけど、いづれもさほどの成功をみずに終わって行くんですが。彼自身は本当に子供を一人一人愛してすっげえ愛情を注ぎながら育てていって子供達も開花していく。本当に貧困層の子供とかがめっちゃ立派になっていったりするわけです。

樋口:子供というのは学校の子供ですか。

深井:学校にきてる子供です。

樋口:きてる子供ですね、はい。

深井:しかも最初、さっき言ったみたいに52歳からやってるので、教師できるようになったのは52歳くらいからやっとちゃんと正式な教師みたいになっていく。この52歳まで教育だけのことを考えてたわけでもなかった。けど52歳から教師になって、そこから教育思想家として世界中で有名になっていく。

樋口:へえ。

深井:さっきも言ったようにそんなに大成もしてないし、彼が学生時代に模範生でもなかった。教師と対立したりしてた。しかも彼の元に集まってきた賛同者も模範生の人はいなかった。はみ出し者ばっかりが集まって、この人たちが新しい教育理論を作って行く。歴史面白い、こう言う時に面白い。

楊:はみ出し者が作ったものが今の僕らの当たり前になってることがあるってのが。

樋口:感慨深いですね。

深井:そうなんです。ということで幼少期から説明します。チューリヒの市街区と言うところに生まれます。父は外科医。外科医といってもそんなに社会的地位が今のような高さはありません。

楊:基本的に職人はそんなに高くない。

深井:職人なんです、この外科医。ペスタロッチが5歳の時に亡くなってしまいます。生まれは悪いチューリヒ市街区に生まれるというのは悪い生まれではないんですけど、お父さんが5歳の時に亡くなってしまったので生活は全然楽ではなかった。母スザンナと兄と妹がいて。すごく経済的に苦しかったけど愛情をめっちゃ注がれたと本人が言ってます。母スザンナとお手伝いにバーバラさんとうのがいた。このバーバラさんと母からめっちゃ愛情を注がれたと言ってました。バーバラも父親が死ぬときにこの家を頼むみたいなことを言われて、それを愚直にちゃんと守ってお母さんを支え続けて家計をなんとか切り盛りさせて行くことが、このバーバラのおかげでできたことを晩年のペスタロッチが82歳くらいの時に感謝の言葉を述べてる。バーバラにこの女性のことを一生忘れることはできないといって。

樋口:いいね、バーバラ。

楊:愛情のバトン渡しがあった。

深井:ありますね。大事ですね。そして祖父ですね、アンドレアスという人が牧師なんです。この牧師である祖父が自分の教区、管轄地域の貧困家庭を訪問していろんな悩みとか聞いてたんですって。ペスタロッチはそれにしばしば同行していた。

楊:そして感化されていく。

深井:うん。ここで都市住民ではない都市から離れたところの人たちを見にいったりしてた。農民とか都市に住んでない農村の人たち。その農村の人たちってのが都市住民に搾取されて苦悩してすごい貧困の中で暮らしている様を見て、ここで生涯の方向性がちょっと決まってるぽいです。

樋口:原体験。

深井:原体験としてはこういうのがある。

樋口:キタキタ、原体験。

深井:この農民に対してすごいシンパシーを彼は何故か強く感じてる。農民は私にとって好ましく思えました。彼らの生き生きとしている自然の力が顧みられず放置されている農民教育の誤りと拙さに残念な気持ちを持った。そして私の青年時代の極めて早い時期に農村地域の教育の改善のために微力を捧げられるように自らを備えることができるのではないかという思想がこの時に湧いてきた。彼が言っています。

楊:自分に彼らのために何かできるのではないかということ。

深井:そうですね。

樋口:でも本人は都市部に住んでたんですよね、ペスタロッチは。

深井:です。

樋口:そこのシンパシーが面白い。

深井:ペスタロッチ自身は生まれは悪くないので当時考えうる最高の教育を受けます。受けるんですけど優等生ではなかった。そして暗記中心の学校教育というのは彼にとってはとても面白くなかった。だからすごく成績がいい奴と成績が悪い奴で分れてたみたいだし、教師からも落ちこぼれだと見なされていた。その後文献学と哲学というものを専攻して聖職者を目指す。だけどこの頃にルソーの社会契約論とエミールが刊行される。これ速攻で発禁処分になるんです。

樋口:そうなんですね。

深井:けどもこのルソーの思想というのはチューリヒの学生たちに多大なる影響を与えます。ペスタロッチも恋人宛ての手紙の中で恋人に一緒にエミール読もうぜと言ってます。

樋口:そんなライトな感じ。

楊:発禁処分されてる本を。有害図書を。

深井:有害図書読もうぜ。ていうことを言ってます。その後熱心なルソー信奉者になっていきます。すごく強い影響を彼は与えられました、ルソーに。だけれども退学します。

樋口:え。

深井:この後啓蒙思考に感化されたりルソーに感化されることによって現状の政府に対して不満を持って行くことになっていくんです。新しい社会を目指す方に入っているわけです、彼は。チューリヒ政府から危険人物と見なされてマークされるようになる。これによって結果的には退学することになり牧師になったりとか官僚になったりということができなくなっちゃう。だから将来の夢がいきなりなくなって、生まれがそんな悪くはなくて最高の教育を受けていたんだけど、大学を退学になってどうやって生きて行くかが分からなくなっていきます。

樋口:ほお。

深井:はい。この時に彼は重農主義と呼ばれる農業を重視しようぜっていう思想にすごく傾倒して生きます。それで農業経営者になることを決意するんです。これもちょっと謎の決断なんですけど、農業経営者に周りから全反対されながら決断してます。

楊:たぶん自分探しの。これやってみようかとか。

深井:この時期に妻を見つけてるんですけど、この妻がもともと自分の親友のことを好きだった女性なんです。

樋口:ほおほお。

深井:でもその親友が若くして病気で亡くなってしまうんです。

樋口:へえ。

深井:亡くなった後にこの女性のことが好きになって、その女性に求婚する。7歳くらい上の女性だったかな、に、求婚します。この女性すごく名家の人で、ペスタロッチみたいな退学させられたやつとの結婚をめちゃくちゃ反対されます。

樋口:あらら。

深井:だから本当に極少数の人だけに祝福されながら結婚してペスタロッチも、自分はちゃんと生活ができる人間なんだよと示そうとして無理して農場買ったりとかして農場経営に乗り出すんです。だけども経営能力が全くなかった。凶作も重なったし購入した土地の土がそもそも農業に向いてないという土地を買ってしまったんです。この頃しかも息子が生まれてますね。この息子にルソーと同じ名前をつけてます。農民とともに一緒に過ごしたいと思ってます。

楊:農民と一緒に過ごす覚悟はあった。

深井:ここでやはりペスタロッチが農場経営をして行く中で目に入ったが農村の貧民の子供たちだった。

楊:これ面白い。農場は結局経営に失敗したけど、彼はここで体験を得たんだよ。

樋口:ですよ。

深井:これ僕本当すごいなと思ったのは自分も貧乏なんです、ペスタロッチ。自分も貧乏なんだけど貧乏な子供をみてすごい助けたくなっちゃうからこの時期に助け始めちゃう。

楊:自分がきつい時に。

深井:この時に一番ペスタロッチが窮地に置かれてる。だって無理やり結婚して、結婚反対されてて、それを満を辞して失敗してるわけです。退学させられてもうどうにもなってない。本当にどうにもなってなくて、どんどん財産も削られていってる状態で奥さんが持ってきた財産がほとんど無くなっているという状態なんです。名家なんでいっぱいお金持ってきてる、それがほとんど無くなっているという時にですね、わずかに手元の残った農場を家屋を用いて貧民学校を開設しちゃうんです。

樋口:へえ。

楊:この子たちのためになんとかしたいと。

深井:そう。この子たちは貧民に生まれてしまって貧民になるしかない、この後。乞食の手下として使われるか、裕福な農家で家畜同然にこき使われるしかない。もしくは当時スイスでもマニファクチュアという工場労働が出てきてたので児童労働させられる。児童労働させられると教育受けられないからなおさら貧困から抜け出すことが彼らはできない。だけれどもルソーが言うように人間ていうのはみんな可能性を持ってる。彼らに教育を施すことさえできれば彼らはこの状況から抜け出せるはずだと思ってる。それを受けさせたいていうのが彼の中に芽生えてくるわけです。

楊:そこでまた貧しい子供とか浮浪児の子供と一緒に寝食を共にして一緒に農業やったりするんです。

深井:この人の教育方針がすごい面白くて、当時救貧施設というのはあったんです。だからその人たちはパンを渡すということはしてた。しかしペスタロッチの目的はそこにはなかった。この貧民の子供たちが経済的に自立するのに必要な技能を身につけて行くことが大事だと。そして彼らは人間的な愛情とか家庭的な暖かさみたいなのを経験したことがない子がたくさんいる。それを渡さないといけない。ということを考えて寝食を共にして。だから愛情を注ぐために自分の側においてるんです、彼。

樋口:はあ。

深井:子供を。

楊:しかも子供をちゃんと一人の人間として認めた上でですよ。認識した上でやってる。

樋口:ほお。

深井:これもいいなと思ったのは貧困は施しによっては救済されることはない。貧民自身が自らを助け自立して人間らしく生活していくのに必要な能力や手段を援助する時に初めて彼らを救うことになるんだということを言ってるんです。だから彼らは助けられても救えない。彼らが彼ら自身を助けることを支援しなければならない、という考え方です。

樋口:はあ。

深井:なので、一つは貧困の克服が彼の教育思想の中にある。これもまた重要なキーファクターになっていく。今の世の中貧困の子供にも貧困脱するために最低限のクオリティの教育を受けれるようになってますよね、公教育って。やっぱりそういうところのルーツがあるんです、彼に。

樋口:すご、なるほど。

深井:当時起業家たちが安い労働力として貧民層の子供を使ってばりばり稼いでた、こき使って。その人たちに対して激しい批判をぶつけて、これは人類の悪行である。この子たちはあなたたちを富ませるために生きてるわけではないという。これはどうやらキリスト教的な人間観が影響してるらしいです。いいこと言うな。

楊:めちゃくちゃキリスト教してる。イエスが彼にあったらすごい褒める。

深井:そうかもね。素晴らしいことやってます。彼がこの時期に重視したのは教師というよりは一緒に住んでる状態。言葉の暗唱ではなくて一緒にものを作ったりする。机とか椅子を作ったりとか。手工芸ができるようになって稼げるようにさせたい。あとはさっきいった家庭的な暖かさ。例えば子供が働いが手に入れたパンをみんなで分かち合うという喜びの体験をさせたいとか。そういうことを重視します。20から40人くらいの子供がいたらしいですけど。ペスタロッチってそれぞれの子供の性格とか素質が観察してメモに残してる。

楊:別に誰からもやれと言われてないし、お金ももらってない。だからこれがやれたというのは彼の愛情のなせる技。愛情と使命感のなせる技。

樋口:これ自宅の中に。

深井:自宅です。

樋口:自宅の中に学校みたいなことになってる。

深井:そうそう、一緒に暮らしてる。しかも農場経営破綻してるんだよ。

樋口:ええ。

深井:すごいよね。という時期にそれをやってる。この活動をやってた。多くの人に学校の維持のためにお金がないですから、本人自身が、支援を呼びかけていきます。賛同者はいるんだけれどもその賛同者のおかげで寄付金募集の広告みたいなの出せたんだけれども全然だれも理解してくれないんです。そこにお金を出してくれる人全然いなかったんですね。なんなら貧困層の親たちからも攻撃されてたんです。

樋口:ええ。

深井:学校運営費用に子供たちが手工芸で作った椅子とかを売ったお金をいかしてたんですけど、その給料払えやみたいなことを親から言われて。

楊:子供はうちの労働力だからね。

深井:そうそう。それもわかりますよね。けどペスタロッチからするとそこを学んで施設を維持させていかないと彼らはここから抜け出せないと思ってるので、長期的には絶対こっちの方がいいと思ってるわけです。ついにこの学校が閉じられちゃいます。立ち行かなくなってしまいます。さっき言ったみたいに妻の財産ほとんど使い果たしてしまった。そして親からはボロクソ言われ、賛同者はいるもののお金は全く集まらない。この時にペスタロッチは精神的にも金銭的にも追い詰められて気が狂いかけたらしい。友人とかがめっちゃ心配してて、ペスタロッチって精神病院いくよねと思ってたらしいです。ここからの20年間というのはもともとやりたかった貧困救済のための教育というのに全く取り組めない時代がきます。

樋口:20年。

深井:20年間。

樋口:へえ。

深井:それを再開したのが52歳ということ。

樋口:ええ。なんなんその期間。

深井:わずかに残った農地で自給自足的な生活をしながら著作活動に入るんです。この危機状態のペスタロッチを助けてくれる人いたみたいです。彼が考えてることは本当に素晴らしいなと思ってくれた人はいた。なので彼を助けるという人は出てきた。この後にこの農場における教育実践てのをまとめたりしたり、教育に関しての考え方を書いたりしたりとか。後未婚の母みたいな人の支援もしてます。

樋口:へえ、マジで聖人だな。

深井:みたいなのもしていて、本当そう。めっちゃいい人、多分。一旦それで著作家として有名になる。思想家著作家として有名になってそれで生きていけるようになる。これで有名になったことによって転機が訪れます。これが52歳の時です。

樋口:結構かかった。

深井:めっちゃかかった。まあ一言で20年と言いましたけど、20年て本人からしたら長い。今から20年間不遇の時代過ごしなさいと言われたらしんどいです。

樋口:きついな、それは。

深井:ペスタロッチが転機が52歳の時にナポレオン軍が来て、多くの戦争孤児が発生してしまう。孤児院を作る。政府がペスタロッチにこの孤児院の院長をしてくれないという話をしたんです。

樋口:へえ。

深井:これに対して奥さんを含めての周りの人たちは全員反対するんです。

楊:二の舞をやめてくれ。失敗するのまたやめてくれ。

樋口:なるほど。

深井:しかも治安が悪い、その赴任先が。戦争とかのあれだから。そんなところ行ったら死ぬかもしれないからマジでやめてくれというんですけどペスタロッチからすると自分がやりたかった事がまたできると思った。

楊:たとえアルプスの頂上でも、火も水もなくてもやる。

深井:と言ってる。

樋口:言ってるんですか。

深井:だからこの状況がたとえアルプスの頂上で火が無くて水も無いような状況でも自分が貧民救済のために教育できるんだったらやると言ってる。

樋口:なんなん。

深井:すごいよね。

樋口:なんなん、ペスタロッチ。

深井:だからすごい偉人として教育学上でも扱われてますね。このペスタロッチが孤児のための教育実践を展開していきます、また。しかし、しかしまた挫折しますね。戦況の変化とかペスタロッチの反対派がいる。半年でこの孤児院は閉鎖されるんです。

樋口:なんで反対するん、こんないい人に。

深井:貧困層と富裕層を混ぜて教育するとか、貧困層に教育する必然性を誰も感じてない。彼はたった5ヶ月間しか教育実践できなかった。でもたった5ヶ月間の教育実践がこの後ヨーロッパ中の教育を変えていくことになります。この時だけじゃない。この時にやったやつとかも含めて。

楊:松下村塾みたいだね。

深井:吉田松陰ちっくなところが彼は。

樋口:ありますね、確かに。

深井:この後すごいよ。この後教育実践を続けるために平社員として教員として働くという道があった。それになる。

樋口:そっからやる。

深井:自分より若い人たちに頭下げながら学校に携わるということをし始めるんです。それをまた何年間かやって、そしてまた転機が訪れて来ます。自分の教育方法を実践していいよという転機が訪れるんです。そこでまた学校をまた開設して。

樋口:ひつこいな。

深井:そこでやろうとするんです。この時政府の後ろ盾とかあったりとかして。ここに外れ者だった若者が集まって、その人たちと一緒に凄まじい教育をするんです、彼が。それも後でどんな教育だったか話しますけど。いわゆる人間の可能性めっちゃ伸ばす教育をするんです、彼が。初等教育も受けてないような貧民の子が才能を開花させてむちゃくちゃ数学ができるようになったりするんです。

樋口:実績が出る。

深井:実績が出る、ここで。

楊:視察する人もめっちゃくる。

樋口:おお。

深井:ヨーロッパ中から評判になってどういうことだと。何が起きてるんだ。ということで色々と各地から研修生が集まってペスタロッチ主義て呼ばれる。ペスタロッチ主義の学校というのがコペンハーゲンとかに作られたりとかして。ちなみにここの第一号の生徒ってのはそのまんま先生になるんです。それもいい話だよね。

樋口:めっちゃいい。

深井:ドラマにすればいい。

楊:まさに自立している。自分の居場所を見つけて誰かに対して勝ちに提供できる。

樋口:へえ。

深井:すばらしい。しかしながら問題がまた発生します。

樋口:ほお。

深井:本当人生は苦難の連続です。学校が発展するとその学校の評判を聞きつけて誰がくるか。富裕層の子供がくる。

樋口:必然的にそうか。

深井:学校が評価されればされるほど貧困家庭ではなくて富裕層の子供たちが集まるようになってしまった。そして財政基盤、お金は大事ですから富裕層の子供たちに教育を施すのもやった方がいいという教師たちと理念に基づいた方がいいという教師たちと割れたりするわけです。やっぱりここでペスタロッチはその間をとりもつ能力がなかったらしくて、いままでずっと支えてくれた妻も亡くなって、奥さん亡くなっちゃって。

樋口:あらら。

深井:今までずっと支えてくれて来た人たちも去っていって孤立感を高めて孤立していきます、晩年。晩年孤立した状態で、その状態でまだ彼はやっぱり貧民学校が作りたいんで、金持ちのための学校になってしまった学校を一旦置いといて、もう一回貧民学校を作るんです。そこで色々やろうとするけどあんまりうまく行かずに7年後くらいに解散して、その2年後くらいに彼は亡くなってしまうんです。

樋口:うわあ。ずっとやってますやん。

深井:すごいよね。

樋口:ずううっとやってますね、ひつこくずっと。

楊:志に生きた人ですね。

深井:そうですね。

樋口:すごい、これ。

深井:繰り返しになるけど悲惨な境遇の子供たちを教育対象にしたかったんですね。貧困の子供、あとは戦争孤児の子供、そして障害者、障碍を持った子供たち。この子たちが親子ともに心が荒んだ状態で生きている。ここからどのようにして人間性を開花させて抜け出していくか。この連鎖をどうやって断ち切っていくかということが彼の目的だったわけです。

楊:人間に対する信頼が深く無いとできない。

樋口:すごいね、信じてないとだめなのか。

深井:そうなんです。彼は学習指導方法を編み出した人です。各家庭の親御さんたちが当時特に母親を意識してる。母親たちが誰でもいい教育ができるためにはどのような教育をすべきかということを彼は考えていったわけです。

楊:体系化もした。

深井:ざっくり言うと物事の名称を覚えさせるということから始める教育方法は否定して。ものごとそのものの直接的に知覚させることから始める。ルソーと近い。

樋口:言ってましたね。

深井:これもルソーと一緒で自然と事物についての直感というのは人間の唯一の基盤であるから。

楊:サリバン先生にも通じるな。

深井:そうだね。サリバン先生にも通じるよね。

樋口:そうだそうだ。ヘレンケラーの回の。

深井:そうなんです。そして人間てのが曖昧な直感を明晰な概念へと構成していくことができる。この直感というのは不完全で偏っていて未熟である場合がある。でもその場合はいつも不明瞭で不確実で不真実となってしまう。この直感を構成する要素ってのは三つに別れる。数と形と語、言語の語だと。ある実物、あるものを前にして数、形、語という観点から正確に把握していくことが大事なんだということを言ってます。

樋口:一見難しいですけど。

深井:インプットをちゃんとやろうぜという話をしてます、彼は。インプットをちゃんとやるということを通してそのインプットが正確であるということがとても大切だよねという話をしてるわけです。他にもいろんなことを言ってるんですけど、この学習方法がさっき言ったようにヨーロッパ各地とアメリカに広がっていって日本では明治初期に入って来ます。

樋口:日本にもちゃんと入ってくるんですね。

深井:彼はルソーの影響を強く受けてる。途中ルソーを批判したりしてますけど影響としては強く受けている。またこのペスタロッチが他の人に影響を与える。こんだけ尖ってる人なんでこのペスタロッチ主義の学校で教師となったフレーベルという人がいる。このフレーベルという人が子供の自発性を尊重して世界初の幼稚園を作ります。

樋口:はあ。ここで幼稚園が生まれる。

楊:すごいよね、子供の発見からここに至る。

深井:紐で縛って吊るしてた時からここに至ったんだよね。段階的だったでしょ。

樋口:段階的ってそういういうことか。

深井:そういうことです。他にもヘルバルトという人がこの人もペスタロッチ会ったことがあるんだけど、この人は教育学を科学的に確立させていきます。

樋口:はいはい。

深井:ペスタロッチがまだ理論的に整理しきれてないところとかを理論化していって、本当に科学として認められるレベルまで高めていくということをします。なのでこのような過程を経てルソー以降急に現代の教育に一気に近くわけです。ペスタロッチに至っては平等な教育とか貧困層を助けるための教育といういわゆる現代の福祉的な概念もすごく入ってる。

樋口:すごいですね。ペスタロッチ何者。

深井:やばいですよね。おれもこの人読みながらやばいと思って。本当はさっき言ったフレーベルとかヘルバルトとかをもう少し細かく紹介しようと思ってたけど、やめた。

樋口:このペスタロッチで。

深井:ペスタロッチ詳しくやろうと思った。

樋口:ちょっと動機がなんなのか聞いてみたいですね。

深井:ずっとやりたいと思ってた、貧困教育を。

樋口:そうそうそう。

深井:ただただやりたい。

楊:やりたいからやってる。

樋口:やりたいから。

深井:本人結構ずっと貧乏だし。生徒があとでペスタロッチについて書いてる言葉とか残ってる。めっちゃ愛されてる。

楊:慕われてる。

深井:愛情深く頭を撫でてくれたことを覚えてるとか。そういうのが発言として残ってる。

楊:前の時代とかではありえなかった。

深井:なかなかないです。

楊:ほぼ無い。

樋口:許されてない、子供が。

深井:という、こういう偉人が出て来てだいぶ考え方変わるんです、人類の。この人たちの登場によって。みんな感化されるんですね、やっぱり。

樋口:いやあ、すごかったな。

深井:これを経て、これを経てついに教育が無償で全国民に対して解放されるという時代が到来します。

樋口:そうか、まだ義務教育にはなってない。

深井:全然なってないです。

楊:だって貧民の教育に対して反対を言ってる人いますから。

樋口:そうか。

深井:全然そんな段階じゃない。

樋口:そっか。

深井:そこからさらにまたいくつかの段階を経て、次回が最終回で終わりますけど。いくつかの段階を経てついに公教育が誕生します。

樋口:へえ。

深井:この公教育の誕生までどういう変遷があったのか。この公教育が我々が受けている現代の教育の直接の祖先です。この祖先の概念の基礎を生んだ人たちがルソーとかペスタロッチ、そしてその人たちに繋がるステップでバトンを渡していったのがコメニウスとかフランソワ・ラブレーとかだったよね。

樋口:うん。

深井:あと、エラスムスとかだった。そのエラスムスたちを生んだきっかけとなったのが大学の誕生とかだったし、その大学の誕生を生んだきっかけとなったのは当時の中世ヨーロッパ社会の権力分散構造だった。全部続いている状態なんです。

樋口:アリストテレスから。

深井:アリストテレスもです、繋がってます。

楊:それがまたアジアに伝わってきて中国とかでは何千年間続いた儒教ベースのシステムが一旦崩れて西洋のエッセンスが近代に入ってくる。

樋口:ほお。

深井:そうです。それがまた賛否両方あるんですけどね。いいことばかりではないと僕は思ってますが。

楊:あと国と文化によって合う合わないがある。

深井:ただ流れとしてはこういう流れで公教育に。最後まだ公教育の話してないけどこんな感じなんです。

樋口:エモ。

深井:さいご急にエモい。

楊:最初むずい、教育。

深井:最初すごい構造的概念的話してて、急にエモいやつがエモい話しして。今回僕が一番面白かったのそこですね。教育が途中で急にエモい奴が出てくるという楽しさがありました。

樋口:現場でがんがんやってるやつ出て来た。

深井:人生をかけて現場でそこに再集中した人が出て来たからその後フレーベルとかが幼稚園作ったりしてるんです。それが全員バトンを渡してる、しかも。一人づつ。逮捕されたりしながら。それもいいよね。

楊:そうだよね。

樋口:不遇の中で死んだりしながら。

深井:不遇の中でね、全然その当時は評価とかそこまでされてなかった。評価されてるんだけどね、ルソーもペスタロッチもされてるんだけど、賞賛されて拍手喝采の中死んでるわけじゃない。本人たちも苦悩の中で死んでるんだけど。

楊:教育者に成功者はいないのかな。

深井:彼らが与えた影響ってのは僕たちに直接的に影響を与えてる。死ぬときに不幸だからその人の人生が悪いわけじゃない。うつ病で死んだからってその人の人生がだめだったわけではない、ルソーみてたら。非常に面白いよ。

楊:このバトン渡しが歴史の醍醐味なんです。

深井:渡してるつもりはない、彼らは、しかも。全然他の後世の人にこうしようとかじゃなくて、超自分がそれ実現したくてやってる。そしたら勝手に後の人がめっちゃ感化される。あまりにもその人が純粋にそれやってるから。すげえこと書いてるから。マジでみたいなこと書いてあるからうわあってなるんです。その人が触発されてその人もそんなふうになっていく。一人ずつ今の僕たちの世の中を構成している重要な要素を一人が一個ずつ作ってる。幼稚園作ってる人、とか、教育学作った人、とかね。

楊:当たり前だと思ってるいろんなものの中にこういう歴史があると思うと歴史って面白くないですか。

樋口:やばいですね。

楊:だから歴史を勉強するのは面白いんです。流れ、物語があるわけなんです。

深井:全然まだあと一回あるから。エンディングみたいなこと言ってるけど。

樋口:最後ですよ。

深井:ラスト。公教育の誕生。各国、ヨーロッパの国々で誕生していくんで、それぞれの国でどのように誕生したのかって話をして終わりたいと思います。

樋口:なるほど、次が本当に直近の直結するやつですね。

深井:直近といっても結構昔の話しますけど。100年くらい前の話。我々の公教育の出発がここだった。

樋口:ダイレクトに今に繋がっている。

深井:次回の話です。

樋口:わかりました。ありがとうございました。

楊:ありがとうございます。

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