#206 宗教改革で社会OSがアプデ!?そもそも論から社会を覆す思想家たちの構想と教育の変化

【今回の内容】
人文主義!社会が変われば知識も変わる/新しい教育方法を唱えるエラスムス/さらに続くラブレーやコレット/キリスト教社会は宗教改革へ/新しいロジックを社会にインストール/教育にも大きな変化が/あらゆる人に知識を!コメニウスの理想/年齢に合わせて教える/さらに教育を発展させる啓蒙思想家たち/変わらないことには生き残れない?

樋口:はい、ということでヨーロッパから出発して中国行って、日本行って、イスラム行って、やっともう一回ヨーロッパに戻った。

深井:中世ヨーロッパに戻ってきましたね。

樋口:中世ヨーロッパでルネッサンス宗教改革の時の教育論でございますね、お願いします。

深井:ここで大学の登場とかで新しいギリシャ古典と触れるようになってきましたね、中世ヨーロッパが。古典と触れるようになったことによって新しい概念が徐々に徐々に生まれて来ます。最初の頃は常にキリスト教の中でその古典を処理しようとしてた。これがキリスト教の中で処理ができなくなって行くってことが起こっていく。うまいことキリスト教の概念の中でギリシャ哲学とかを処理してたけど、やっぱおかしいなとなった。

樋口:説明できなくなる、キリスト教の中だけでは。

深井:矛盾してるんです、言ってることが。矛盾してるんでスコラ哲学というのが中世ヨーロッパで出て来て、そのスコラ哲学の中ではアリストテレスが言ってることも一部正しいよね、けどキリスト教の中で説明ができないようなことはアリストテレスとかプラトンとかも人間なわけだから彼らが間違ってますよねという説明をしてる。そうやって折衷してた。それが徐々にもっと発展していく。キリスト教捨てたわけじゃないけど、宗教改革が起こるのでだいぶ考え方が変わって行く。もう一つ大きいうねりとして、似たような話なんですけど人文主義というのが起こってくるわけです。似たような話、同じ話。この人文主義ってのも古典に戻ってその古典を勉強していこうという流れ。これが起こることによって言い方を変えたらこう言うことだということになりますけど。中世のヨーロッパの考え方は段階的に変わっていくことになります。これから紹介するのはその最初の段階の変化です。

樋口:ほお。

深井:最初の段階の変化は大学の登場で変化してるんですけど、ボローニャ大学が12世紀にできたみたいな話しました。その段階で変わり始めてる。そういう大学とかが登場してスコラ哲学を勉強し始めたことによって新たな潮流が生まれてくると言う段階の説明をこれからします。

樋口:はい。

深井:先に全部言ってしまうと意味わからないと思いますので言いますね。この段階の次に何の段階がくるかというと、これはあくまでキリスト教の中で教育論を語ってるという段階がある。その次にキリスト教で束縛をある程度はずれた状態でそもそも人間とはということを考える人たちが出てくる。この筆頭がまさにルソーなんですけども。彼らが新しいことを考え始めるという段階にきます。そうするとなにが起こるかというと社会が大変容しました、フランス革命が起こって。

樋口:はい、ありました。

深井:ビビるくらい社会が変わってしまう。人権の概念が生まれた。変わってしまってOSが信仰から人権に移り変わっていく。そうするとOSが変わった社会での教育というのが再度考え直され始める。こういうステップを辿っていきます。その過渡期にある時代が今から喋る時代。

樋口:ほお。

深井:OSが変わる過渡期はいったいみなさんなんだったのかということです。

楊:教育だけ変えようとしてもそれは難しいかもしれない。そもそもOSから変えないといけない。

深井:極論ね、教育がちょう変わるときはOSが変わる時だって話、当たり前です。OS変わったらそれは変わるよね、という話しと、後はポイントは段階的だったんだということです、これが。つまり急激には変わらなかった。段階的に変わっていった。ただ段階的に変わる中で思想家たちはかなり早い段階で理想を述べていた。これが今回のポイント。

楊:ビジョンが先にあった。

深井:先にビジョンがあった。それに社会が追いつくのには200年くらい、100年200年300年かかった。けれども先に常にビジョンがあった。で、社会が変わった、そして教育が変わった。こういう順番で変わって来たんだということを言います。このビジョンもビジョナリーなのがステップ的にビジョナリーになる。いきなり超ビジョナリーなやつが出て来たわけじゃなくて、ちょっとずつみんなビジョナリーになっていくんです。これがステップを踏んでいるということです。抽象的な話ばかりしてもあれなんで具体的な話をしますね。

樋口:聞きたい。

深井:一番最初に人文主義の父と呼ばれるエラスムスという人が出て来ます。これルターとかにもものすごい強い影響を与えた人ですね。すでにこの人はスコラ哲学を学んだ、大学でも学んでいる人なんですけども。この人の段階で非常に近代的な教育観が一回述べられ始める。

楊:そうだよね。

深井:例えば修道院教育をしている、この時代というのは、とギルド教育があるっていう話。学校というのは修道院しかない。その修道院で行われてたのは例えば鞭で打つ、暗唱間違ったら鞭で打つよみたいなことをしてたんだけど、そうじゃないだろう。体罰はよくないよね、とか。子供の遊戯ってのはすごく子供の発達にとって意味があるんだぞという話であるとか、後は子供発達段階に応じて教育をやっていくということが大事なんだよ。いきなりこんなことを言い始める。

樋口:結構今に近いですね。

深井:いきなりじゃないんです。大学があって、スコラ哲学があって、こういうことを言い始める人がついに出て来たわけです。これは何度もいうけどすでにアリストテレスたちが一旦似たようなこと言ってるんです。けどずっと忘れ去られていた、ヨーロッパでは。社会がめっちゃ違う社会になっちゃったから、ローマ帝国なくなったあと。ローマ帝国もギリシャとは全然違う社会だったし、ローマ帝国の後の社会も全然違う社会だったんでアリストテレスたちが言ってることが適応されなかったし、重視されなかった。だけどここら辺から再度重視される社会まで変わってきたということですよね。エラスムスが改めてこういうことを言い始めるわけです。この人たち、今から三人くらい紹介するんですけど、この時代の人たちの特徴というのはキリスト教教育に対して批判的なんです。

樋口:ふうん。

深井:これはキリスト教が権威を失っていって、この人たちの直後に宗教改革が起こるんです。宗教改革を起こす思想的一番最初のリーダーたちがこの人たちなんで。すでにこの人たちがキリスト教教育を批判しはじめるという現象がここで起こっている。

楊:既存の価値観に対してということだよね。

樋口:ほお。

深井:それはとても人間に集中した話をしてるんです。例えば初等中等教育を行う教師の役割は人格形成に関わる重要な責務を負っているのですごく教育的に意義があるよね、みたいな話をしてる。これは子供をぐるぐる巻きにして壁から吊るしてる人たちがいる時代にそういう話をしてる。いきなりこういうことを言う人がでてきてる、一部から。大多数は違うけどトップ知識人層からそういう人が出てくるわけですね。このエラスムスはオランダの人なんですけど、フランスでも同時期に、大体同時期にフランソワ・ラブレーという人が出てくるんです。この人はそこそこいい家庭に生まれて修道院に入るんです。修道院に入ってギリシャ語研究というのをやるんですけど、フランシスコ会修道院というところだったんですけど、そこに書籍を没収されてしまうらしい。異教の言語としてギリシャ語を禁止されてしまった。これに対してフランソワ・ラブレーも教会批判を行う。彼は直接するってのは危ないので宗教改革の前話しましたけど殺される可能性がある。なので文学作品を書いて、この文学作品の中で暗に批判をするということをします。

樋口:ほおほお。

深井:これ、ガルガンチュワとパンタグリュエルという文学作品を書いて、この中で批判するという活動をし始める。やはり同時期にジョン・コレットという人がイギリスで出て来ます、イングランドです。ロンドンの裕福な中産階級の家庭に生まれ、この人も大学に行きます。大学にいってフランスとかイタリアに遊学に出た時にルネサンスの感覚に触れて開花し始めていく。この人は聖書の読み方が今まで聖書ってのはそこにやっぱり真理が詰まっていて、権威あるもので権威ある注釈書と一緒に断片的に取り出してこの断片的に取り出した一部のところを論理的に整合されてるかどうかを読み合わせるみたいな使い方をしてた。聖書の再解釈みたいなのをし始める。文脈に沿って全体を読み直すとか、そういう新しいことをし始めちゃう。これもキリスト教会の権威が落ちて、やっぱりそのキリスト教会のスタイルから離れ始めてるということを示している。

樋口:一見やばそうなことやってますね。

深井:この人が1467年から1519年に生きた人なんです。宗教改革が始まったのが1517年なんで、やっぱりこの人たちが全盛期にこのようなことを言い始めてたからそれをルターが引き継いで17か条のあれを言ったら大炎上した。あそこに繋がっていくわけです。こういうような新しい社会を構想してるとか今のキリスト社会に対して批判的な意見を持ってる人たちってのはやはり子供とか教育ということに対して今のやり方ではいけないというような話をみんなしてるわけです。なのでこのジョン・コレットというイギリスの人も聖職者から批判されながらもエラスムスたちと一緒に人文主義学校を作ったりしてる。その人文主義学校のモデルとなる学校を作っている。つまり新潮流の学校を作り始めることをやったわけです。

樋口:なるほど。

楊:そうだよね、人間を中心として考え方。

深井:人間を中心とした全て神様とかじゃなくて。乱暴な言い方ですけどね。

楊:宗教の束縛から解放するような思考をしていく。

樋口:この三人は似てるんですね、言ってることが。

深井:乱暴に言えば似てます。もちろんそれぞれちょっとずつ違うんですけど、すごく大くくりでいうとかなり似たことを言ってる。

樋口:なるほど、ある程度これは同時期に協力をし合ってた三人なんですか。

深井:そうですね。ジョン・コレットとエラスムスとかは面識もあって一緒に活動してたりする。フランソワ・ラブレーもエラスムスから強い影響を受けてるのでそれぞれ同時代に生きてあれしてる人たちですね。だいた1460年から1480年代に生まれた人たちなんで、宗教改革前夜に生まれた人たち。この後ルターが出てくる。

樋口:出た。

深井:ルターは宗教改革みなさんまた聞き直していただきたい。彼は今のカトリック教会が言ってることはおかしいんじゃないか。聖書に書いてあることに戻っていこうと考えた人です。みんな聖書に書いてあることに則って生きていって、神と自分との関係を築いていこうという話をしてる。この概念てのはある意味世界の捉え直しなんです。OSのMacからWindowsまでは変わってないけど、Big Surの次に変わったくらいのメジャーアップデート。OSのメジャーアップデートではあったわけです。このメジャーアップデートてのが非常に教育と関連するアップデートだったんです。聖書を読まないといけないということはルターが構想するビジョナリーな社会、つまり彼が夢見た社会ではみんな文字が読めないといけないんです。

樋口:そうですね。

深井:聖書を読めないといけないんですね。じゃないと彼が構想する社会は到来しないんです。ここに至って彼は公立の学校のような構想を考え始めるんです。

樋口:すごいね。

深井:みんな聖書が読めないと神と繋がれないわけですから。大変なことじゃないですか、繋がれないということは。なので人それぞれが神と繋がるために学校がないといけない、という。このロジックはびっくりするくらい今までと違うんです。

樋口:そうですね。

深井:今までは国家とかギルドとか大学とか出世とか、そういうもののために学校があったらいいよねという話をしてた。でもルターが世界を捉えなおして言っちゃった話から構想された学校というのは本当にびっくりするくらい論理が違うんです。同じ読み書きを教えていたとしても初期構想が違うのでその後の展開が絶対に変わってしまう学校の話を今ここで出した。

楊:枠にはめるための学校じゃない。

深井:そうなんです。

楊:既存の価値観の枠、フレームにはめるんじゃなくて自分を解放していくための学校、人間のための学校。

深井:個人のためなんです。

樋口:はあ。

深井:その人と神様の話なんで。

樋口:そうだ、本当だ。

楊:だからいろんな国の、彼はドイツ語の聖書を訳したんですけど。

深井:母国語に訳して聖書を訳して、それで勉強していこうぜって話にもなっていくわけです。

樋口:そうかそうか、システムにはめるんじゃないんだ。

深井:ここも面白いんですけどルターは人権という概念も持っていないし、みんなが幸せになるためにある種幸せになるために信仰するために学校があった方がいいという話をしてる。まだ今の僕たちが思っている学校と概念が違うんだけれども、やはり世界を捉え直したことによって全く違う概念から出て来た学校というものを構想してしまってる。本人が気付いてるか気付いてないかわからないですけど。たぶん気付いてますけど。ここにすごく面白みがあって、学校を作ろうと思ったわけじゃない。わかるかな、これ。

樋口:わかります。

深井:新しい社会を構想したら学校が全然違う角度からできちゃったわけ。ここが学校の面白いところなんです。教育ってこういうふうに変わるということを当初から僕が言ってる。この後ルソーでもまたこれが起こるからやばいんですけど。

樋口:なるほどね。しかも学校、今ある教育システムを変えるという文脈じゃなくて全然違うところから出て来てません、なんか。

深井:エラスムスとかが言ってるのは今ある教育システムは良くないよねって話をしてる。でもルターが言ったのは根本から変わったことを言っちゃってる、この人一旦。だから彼が宗教改革の発端になるんです。このベースに戻るレベルの違いが社会の影響度合いに影響してるんだなとすごく思いました。こう改善した方がいいよって彼は全く言ってない。

樋口:言ってないですよね。そもそもさあ、って。そもそもさあ、で言ってて、やっぱり文字必要かってもう一回そこにたどり着いた感じですよね。起点が違う、多分。

楊:そもそも論から社会が変わっていくという様相が面白い。

樋口:面白いな、ここ。

深井:この頃にはラテン語の権威が落ちていってる。キリスト教会の権威失墜と比較的連動してラテン語の権威が失墜していってる。それまでラテン語は大学でもラテン語で授業してるわけですけど、それってなんでかといったら色んなところから色んな人が集まるわけです。共通言語が必要な訳です。それが今でいう英語みたいな感じでラテン語を使われていた。そしてテキストとも全てラテン語で書かれている。

楊:古典とかね。

深井:やっぱり特に聖書というのは神聖なものなのでその神聖なものは神聖な言語で記述されているべきだ。ていう概念があった。

楊:教養を持ってるエリートはラテン語じゃない自分たちの国の言葉を使って書いたりするのが実は恥ずかしいという概念があった。頭いいエリートはラテン語使わなくちゃいけない。

樋口:ううん、なるほど。

深井:それもこの人が母国語で聖書訳すという話しちゃったから、やばいくらい変わっちゃう、それによって。

樋口:やっていい感じになっちゃうんですね。ダサくない感じになっちゃう。

楊:ルターも訳す時はこれは本当はダサいことなんだけど俺はやるねみたいなことをことわり書いてる。

樋口:ちゃんと書いてる。

楊:ドイツ語に訳すのは本当はあれだけど、というこだわりは彼の認識でもあった。

深井:そういう状況が起こって来ます。僕はだから彼は結局直接的にそんなに教育に影響を与えてるわけではないと思うけど、この人が構想したビジョンはとても新鮮なことをここで言ってますよね。とても新鮮なことを言ってる。そしてその後に、だいたい宗教改革から7—80年くらい経った時に今のチェコに当たるところにコメニウスという人が生まれる。またこの人が急に変なことをいう。急にじゃない。ステップ踏んで、面白いのは思想の潮流というのがある、この社会の中に。それが連綿と受け継がれてそれを受け継いだ時にたまたま生まれた多分天才みたいな人、ルターなりこのコメニウスみたいな人たちってのは。数十年に一回出てくるような天才がそれを受け取っちゃって爆発させちゃうんです。それでより加速させるということをどんどんやっていくということがどんどん起こっていくんです。それを何百年かかけて何十年に一回しか生まれないような天才がぼんとばんぼんばんてやっていって、そのばんによって思想がさらに前にぐぐぐって進んでいって社会が変わるということが起こるというのが起こってる。この人もあくまでキリスト教という枠組みの教育の中でどのような教育をしたほうがいいかということを考えた人なんです。この頃キリスト教という教育の枠組みの中なんだけどもこの人が最後くらいなんだけど、ルネッサンスによって端的に思想の中で何が変わったかというと人間は自らの頭と体を懸命に用いさえすればよりよくこの社会と自らを作り変えていくことができるんだという確信というか信念みたいなものを持ち始める、人間が、ルネッサンスによって。ルネッサンスによってというか持ち始めたことがルネッサンスです。

樋口:もう一回整理するとそれまでは神様が規定してたということですね。

深井:そう。究極いうと自由意志、我々の自由意志、つまりどの意思で働いて動いているのかも色んな意見言ってる人がいるんですけど、全部神様に決められているんだということを言う人もいた。カルバンとかもそういうこと言ってるし、自分でこの世の中をうまく作り変えていくことができるんだなんてことは思ってなかった。

楊:人間の感覚はすごく低いものに見られてた。神様とか聖書が書いてあることを学べばいい、インストールすればいい。もうあなたが目で見たこととか感じたこととか手で触ったこととかはそんなの別にどうでもいいとはいわないけどそれは価値が低い。それはただ単に個人の体験にすぎないし、それは宗教的にみて価値を持たないとうのがベースとして人間の感覚に対しての立ち位置、価値はあまり認められなかったというのがあります。

樋口:それに対してこのコメニウスが異議を唱えた。

深井:まあ、みんな異議を唱えてた、さっきまでの人。コメニウスが言ったことってのは、後でこの人どんな人生歩んだかも軽く紹介しますけど、悲惨な経験色々したんです。その経験から彼はあらゆる人にあらゆる事柄を教授する普遍的な技法を提示する必要があるということを言い始める。

樋口:ちょっと待ってください。もう一回言ってください、ええと、あらゆる。

深井:あらゆる人、みんなに、みんなにいろんなことを教えられるみんなが使えるスキルを確立したほうがいいよねと言う。

楊:共通言語とか共通知識とか思想の体系が必要。

深井:それを教える体系が必要だよねってことです。

樋口:うん。

楊:一部の人に独占されてるものではなくて。

深井:これはすごい転換だったんです。これがすごい転換だったんですね。あらゆる人にと思った人あんまりいなかった。あらゆることをと思った人もこの時にはいなかった。だってギルドでは職人は職人、なになにはなになにと決まってるわけですから。だけど考え方が変わって来たんです、この人たち。人間はアリストテレスとかを勉強したことによって彼らはちょっとずつ人間の力に気付き始める。神が全てを規定してるわけではなくて自ら観察することによって真理に到達できるのではないかということを考え始める。だから、色んな物事をよく観察するようになるし、そこで物理学とかの自然化学とかも発達してくる。そしてりんご落ちたのを見てニュートンとかも重力があるとか思い始める。そういうものを人間が考え始めた時期に教育に関心があった人はこういうことを考えてたということです。あらゆる人にあらゆるものを教えたら人間ていうのはすげえことが起こるんじゃないかということを考え始めるんです。それまで全然そんなこと考えてなかった、みんな。それが面白いですね。

楊:時代背景として30年戦争があった。戦争してたので飽きてるんです。平和を確立するためにはそういう共通言語は絶対必要だねというニーズが出てくるわけなんです。それは当時のプロテスタントの知識階級に何かしらそういった問題意識があったんです。中国の諸子百家みたいな感じです。この世の中が戦乱がなくなって平和的になる、国が統治されるためにはどう言ったフォーマットが必要なのだみんな考えた。そういったものも戦争というのも時代背景としてはあると言われてます。

樋口:外的刺激というか。

深井:なんかね、無一文になって逃亡したり亡命生活したり諸国放浪したり、生涯にわたって不安定なんです、この人。

樋口:このコメニウス。

深井:コメニウスさんが。

樋口:へえ。

深井:不安定な経験をしながらこういうことを考え始めてるのがすごい面白いな。いろんな人にいろんなしっかりとした教育を渡したほうが絶対にいいと思い出すんです。僕たちからしたら当たり前。そりゃそうだろうとなるけど、誰もそんなこと考えてない、この時。

樋口:そうか。しかも自分貧乏だったりするわけでしょ、この人。

深井:自分が貧乏だったりするわけです。この人がその発想からたどり着いた一つの答えがありまして、それが階層別とか職業別の教育をするのではなく、みんなが同じ段階を踏んで一つの教育体系で学んでいこうという今の学校教育の基礎になってる考え方がここで初めて生まれていく。

楊:一つのラインを作ろう。

樋口:はあ。

深井:めっちゃ当たり前、これ。

樋口:めっちゃ当たり前ですね。

深井:小学校と中学校でやってることをこの人が貧乏な生活の中でいきなり思いついた。いきなりかどうか知らんけど、ただこれはあくまでキリスト教的考え方から出て来てるのがこの後のルソーたちとの違いとして大きい。彼らももちろんキリスト教徒なんですけどね。よりこのキリスト教的概念に束縛されているという言い方はあれですけど規定されてる。コメニウスというのは人間が生まれた時から負わせられてる注文はあらゆる物事を知るものとなりましょう。様々なことと自分自身を支配するものとなりましょう、万物の源泉である神に自分自身とあらゆるものを返すものになるというくらい自分が成長していくことが大切なんだよとコメニウスが言うわけです。

樋口:へえ。

深井:とてもキリスト教的概念の中で万人が適切なメソッドの中で同じような教育を受けて、年齢が学年別という学年に分けて勉強を受けていくということをすると、とてもいい人生が送れるんじゃないかということを考えた。

樋口:それまでは学年がなかったってことですね。

深井:子供も概念もなかったような時だったりしたので、段階的にどんどん子供が誕生してる、概念として。もともとなかった中世から段階踏んでる途中なんで、年齢に分けていろんな職業になりうる奴らを一つのところに集めて人間教育をするって概念はなかった。

楊:年齢だとみんなくぎれる。

樋口:そうね。

深井:この人が言ってることも古代の国家教育の話とは全然違うんです。古代の国家教育は比較的単線型のいわゆる学年別教育とかしてるっちゃしてるんだけど、彼らはあくまで官僚育成をしてるわけです。官僚育成するためには教育方法が適切だよねという話。やっぱりさっきの人もそうだしこのコメニウスもそうだけど、ルターもそうだしコメニウスもそうだけど、信仰的な側面から見た時に人間が到達するべき点を目指すためには個々人にこのような教育を授けなければならないという話をしている。これもルターよりもさらに具体的にこの人は学年別で1歳から6歳はこういう教育を受けた方がいい、7歳から12歳は例えば母国語を勉強して読み書きを勉強した方がいいとか、13歳から18歳はラテン語学校で勉強した方がいいとかですね、19から24は海外旅行した方がいいとか哲学を勉強した方がいいとか、そういうの年齢に分けて発達段階に合わせて何かを渡すということ、これは昔のギリシャにもあったけど、改めてここで復興することになる。手法が復興される、そして概念は全然違うという状態がここで出現して来ます。

樋口:なるほど。

深井:この段階を経て次の時代に啓蒙思想家と呼ばれる人権の考えを産んでくる人たちが出てくるんです。この人たちがさらにこれを発展させていって、人権の概念が出た瞬間からめっちゃ考え方が変わっていくんです。

樋口:また。

深井:うん。ここまではあくまで神に対しての話。でも人権てのは人間がもともと自分たちが持っている権利の話をする。めっちゃ変わっていくんです。

樋口:なるほど。

深井:それに合わせて教育の概念も変わって来ます、また。神にとっていい人間になるための教育を今ルターとコメニウスは言ってた。今度神にとってじゃなくなるから、この後。

楊:自分の幸福とかになる。

深井:自分の幸福というかよき社会の構成員として、よき社会はなににとっての良きかというと各構成員にとって良き社会です。だからみんなにとっていい状態の自分になるためには自分とみんなにとっていい自分になるために人間は何を勉強すべきかという話がこの後啓蒙思想家たちが言い始める。

樋口:なるほどね。一応だからまだ神の存在はあるということですね、ここまでは。

深井:あります。すごくキリスト教教育の中での話をしてる。だから彼らの特徴は改めてもう一度言いますね。修道院教育を批判しながらもキリスト教教育の中での新しいバージョンアップされた教育の話をしてる。コメニウスまで。

樋口:この人たちの目的は自分たち自身が人間をよりよく作り変えていけるということ。

深井:目的というか彼らには大学の誕生とかでアラビアから改めてギリシャ哲学とかが入って来て、それがスコラ哲学と言う形でキリスト教とスコラ哲学てのはキリスト教とギリシャ哲学の融合体です。だけどキリスト教哲学の方が優位なんです。というのを一回完成させてそれを大学でみんなで勉強してるわけです。それを勉強してると彼らの中でギリシャの要素がどんどん蓄積されていくので、ギリシャの中での要素にそもそも人間て自分たちで考えたら結構いけるよねと思ってる、彼らは。それを忘れてたんだけど思い出すわけ、ヨーロッパの人が。思い出すというか民族が違うから新しいヨーロッパの人たちがそれを習得し始める。習得し始めるとキリスト教OSの中で生きてるんだけれども、その中でせいいっぱいそれやろうとしてこようとしてくる。その臨界点がくる、途中で。その臨界点が来たのが宗教改革でありフランス革命だったりする。OSがばんと変わる。説明がつかないんです。

樋口:なるほど。

深井:考えてることと現社会の秩序の。大転換しないといけないとなっちゃうんです。

樋口:根本から考え方変えないと矛盾が生じてくるみたいなイメージなんですね。

深井:そうです。現代と一緒です。根本から考え方を変えないと矛盾が生じて生きていけない時代にはこのような根本から物事を考えるということの価値が高まる。現代と一緒です。現代と一緒だと思います。

楊:それがずっと蓄積していつか臨界点がくる。

深井:そういうこと。それは徐々に徐々にみんなが考えていって、時たま現れる数十年に一回の天才がばぐんて進めて、それによって全体のリテラシーが上がってってのを何回か繰り返してある日臨界点に達した時にやばいくらい変わるんです。そういう挙動をとってるんです。

樋口:なるほど。

深井:次いこう、次。次の啓蒙思想の話。啓蒙主義で教育がどう変わったかという話をします。

樋口:はい。一旦今回はここまでですかね、ありがとうございました。

深井:はい。

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