#205 イスラームの教育 〜生活と宗教が密接する社会が目指した理想郷〜

【今回の内容】
クルアーンとハディース、イスラームの知識/領土拡大で高まる統治ニーズ/古代ギリシアの知識を吸収/知識層ウラマー/モスクで子どもに教えるクッターブ/大きな高等教育施設マドラサ/共同体で支える教育/海外の例から振り返る日本の教育の歴史/多様な教育のあり方を考えてみる

樋口:さて、前回までヨーロッパ行って、中国行って、日本の教育の歴史というとこ見てきたんですけど、今回イスラームですか。

深井:そうですね。

樋口:色々いきますね。

深井:うん。もうお腹いっぱいだと思いますけど。非常に重要な地域ですので。わかってる範囲が結構あるので。イスラームはムハンマド以前と以後でめっちゃ違います。イスラームの教育って言ってるからそうですね。ムハンマド以前てのはジャーヒリーヤ時代と言われていて、無知の時代みたいな意味の時代です。これは宗教の世界3大宗教シリーズでたぶん言ってると思う、ある程度。ムハンマド以前てのは遊牧民による部族社会であった、あの地域は。この時大切なのは厳しい環境を生き抜くための生活の知恵みたいなものが非常に大事であった。ただそれ以外のことよくわかってないんだけど、親から子、年長者からの若者への口承で伝えていくという形態をおそらく生活の知恵というものを受け継がれていったのであろうという状態なんですが、ムハンマドがメッカで啓示を受けてイスラームというものを創始してからかなりでかい影響があります。知とは何かということをイスラーム社会でどのように捉えたかというと、基本的にはクルアーン、つまり神の言葉、コーランのことです、神の言葉、ハディースってこれムハンマドの言行録なんですけども、このハディースってのの、この二つが決定的に重要であって、基本的に学ぶべき知というものは全てここにあるんだという考え方になります。クルアーンは神から、ハディースは預言者ムハンマドからということです。この神の言葉からの距離が近ければ近いほどそれはノイズのない純然たる知であって、翻訳しちゃったりとか、いろんな人の口承を挟んだりすると劣化するよねという感覚でいるみたいです。

樋口:いろんな人のフィルターを通らない方がいいよね。ってことですね。

深井:そうです。神の言葉なんで。

樋口:ですね。

深井:この神の言葉というのをムハンマドが存命中はムハンマドが伝える。ものすごい属人的なやり方をしてる。

楊:口伝だよね。

樋口:すげえな。

深井:一人。先生この人だけみたいな状態です。このムハンマド亡き後は直接の弟子である人たち、これサハーバというみたいですけど。このサハーバの人たちがさらに広く伝えていく。こういう伝え方をしてる状態。

樋口:すげえな。ほぼ一人から発してる。

深井:神の言葉を聞けたのが彼だけだったので、そこから全ての知が始まっていくという大転換が起こるわけです。

楊:そういうメンタリティだ。

樋口:すげえ、0ベースでいってる。

楊:カリスマ性がそうとう高い。でないとできない。

深井:実際は過去の生活史とかも当然受け継いでると思いますけど、新しい知が始まってそこが真理であるという感覚ですよね。イスラーム自体が拡大していくという話をオスマン帝国のシリーズでもしたと思うけど、すごい勢いで拡大していくわけです。そうするとイスラーム教徒じゃない人たちも取り込んでいく。元々砂漠だけで部族社会作ってたのも、砂漠じゃないところもどんどん取り込んでいくとすると、今まで口承だけで伝えてたクルアーンの内容とかハディースの内容も一旦テキスト化した方がいいぞという話になっていくる。このテキスト化するということをアラビア語でやるんです。アラビア語でテキスト化する。ハディースもテキスト化をする。そしてテキスト化してからなるべく変えないようにねってやっていく。生活ルールとしてこれもオスマンの時に言ったと思いますけど、イスラム法というのがありまして。生活ルールですね、これ。法学と呼ばれる、向こうで。異教徒と共存したりだとか、いろんな多様なバックグラウンド持った人たちと同じくイスラームを信仰したりとか信仰しなかったりする人たちもいるんですけど、その人たちと共存していく中でこのイスラム法を確立させていってルール作っていかないとねという状態にもなっていくわけです。だから今までだいぶ色々聞いて法則性見えてきたかと思うけど、帝国が拡大していって多様な地域を治めようとすると統一ルールが必要となる。その統一ルールを維持しようとするとどうしても学習と教育が必要となる。ここに学習ニーズが一番最初に生まれるきっかけがあるわけです。これはどの文明でも大きい帝国を作るとこういうことが起こってる。

楊:日本も作ろうとしたけどね。律令制の時に。

深井:ある程度作った、日本も。そういう状態がイスラームでも起こります。イスラームは拡大するにあたってもう一つ古代ギリシャの学問を取り入れていくことになります。これはイスラームが拡大して、拡大しきった後くらいってすごい平和な時代が続いたりして豊かな時代も続いた。この時代ていうのに人がそれぞれ余裕があったんでしょうね。この余裕があった状態でイスラーム以外の学問を受け入れていったわけです。ここで哲学であるとか論理学、天文学、医学というものを吸収していくんです。これが前々々回くらいで言いましたけどヨーロッパに逆輸入される契機となってくる。先にギリシャからここに伝わったやつはここで温存されている。イスラーム社会で温存されていく。

樋口:さっき言った余裕ってめっちゃキーワードですね。

深井:キーワードです。

樋口:余裕が必要なんですね。

深井:普段自分たちが勉強してるやつ以外を勉強しようとする時ってのはやっぱり余裕がある時ですね。生活に関係ないですから。勉強しなくたって生きていけるんで、なのに勉強するっての、暇な人しかできませんということです。教育方法がちょっとずつ変わっていきます。このアッバース朝というのができるんですけど、統一国家が、けっこう広範囲。これは8世紀半ば以降アッバース朝というのができて、これオスマンの時にも言ったと思うけど、アッバース朝の話もウラマーの話もしたと思うけど。ウラマーという知識人層が出てきます。この知識人層の人たちが知識を習得して学者でありかつ行政官であり、みたいな感じで働いていくという時代が到来する。裁判官にもなるというような感じです。なので、このウラマーという人がすごく尊ばれる状態になります。

楊:宗教が一番あれだよね、知識を貯めるモチベーションの一つだね。

深井:余裕があるからね。余裕があるからというかリソースを集め安いし余剰リソースを作りやすいのが宗教施設だったということ。宗教施設というとすごい宗教団体とか宗教施設というと今の時代の宗教団体、宗教施設を思い浮かぶので。いろんなところで僕はいってますけど宗教は生活の未分化なんです。過去は。

楊:政治もそこにくっついてる。

深井:基本的に分かれてないのでどちらかというと聖職者の人たちはそういう余裕があったということだと思います。

樋口:確か3大宗教のときにイスラム教は特に密接に生活に。

深井:そうですそうです。イスラム教は特に密接に生活に関わってるんで未分化ですね。教育の場としてどこが使われたかというとやっぱり共通項があってモスク、つまり宗教施設だということです。ここで礼拝の場としても当然使われてるんだけども、知識の伝達というのもここの中で行われていった。幼児学校みたいなものもあって、これクッターブとかマクタブと呼ばれるやつなんですけど。いわゆる小学校みたいなやつです。ここでクルアーンの朗唱、読んだりとか、あとはアラビア語の読み書きを学んだりとか。アラビア語は中世ヨーロッパでいうラテン語みたいな役割を果たしてます。アラビア語じゃない人もアラビア語を学ぶということです。母語がアラビア語じゃない人も。5-6歳くらいでこのクッターブに入って勉強してるみたいな状況なわけです。すごいたくさんあったみたい、クッターブ。

樋口:5-6歳で入るって結構すごいですね。

深井:うん。そのクルアーンを教えないといけないから、社会ニーズとして。生活の知全てそこに詰まってますし、生活の知、真理がそこに全て詰まってるし、生活の知恵も詰まってますから。あれを勉強しないことにはどうにもならないので、この世界で。絶対に勉強しないといけないから。

楊:これが彼らのフォーマットってことだよね。

深井:そのクルアーンの朗唱間違ったら棒で叩かれたりとか。キリスト教でもやってますね。日本でも多分寺子屋でやってる。

楊:そうそう、日本も基本的に暗記が基本。

深井:叩いたりしてる。もう一つマドラサってのができる。これはファーティマ朝という王朝がある時にできていくんですけれども、これがモスクと何が違うのかというと、寄宿舎があるんです。だから学生が寝泊まりしながらここで勉強することができるというかなり教育に特化したしかも高等教育施設なんです、これ。手習いとかじゃなくて、読み書き算術ではなく、高等教育施設としてのマドラサというものが、やはりこれも社会が安定してきたころにできてきます。やっぱりこの高等教育の必要性がどういうところから出てきたかっていうと、これも本当各文明かなり共通項がある。ファーティマ朝がある時代はファーティマ朝以外の王朝もあって、それぞれが自分のイスラームの継承者としての権利を主張してる。権威とか権力を主張してる状態なんですけど、その正当性とかをロジックで語ろうとすると教養が必要なんです。なのでこれボローニャ大学ができる時もそういう話でした。

樋口:イタリアかな。

深井:はい。なんで、こういうことをやろうとすると教養が必要なんです。ある程度武力でなんらかのことでなんとかしてきて、それ以上いろんな人を納得させようとすると武力では納得できなくなっていくので教養のフェーズに入る。これ中国でもさっき同じことが起こった。

楊:日本もそう、武士でも。

深井:武士でも同じこと。ある程度まではビシバシ系でいけるし、脅すってことでできるけど、それ以上多くの人たちをさらに説得していこうとしたりすると勉強が必要になる。

樋口:そうですね。

楊:武力で強制力で統制する方がコストが高くなる。

深井:そう、結果的にコストが高くなっちゃうということです。これがここでも起こって、マドラサが作られます。マドラサの代表的なものがアズハル学院と呼ばれるカイロに、エジプトです、に建設された世界最古の大学とも言われる。これはボローニャ大学よりも古いんだけれども。でも大学ではない、マドラサだから。大学とまた違うでしょう。大学の特徴というのはさっき言った前々々回くらいで言った通りのああいう特徴をもってます、独立性があるとか。そういう特徴と共通してませんから。高等教育という意味では他の国にもありますので、別に。そういう表現じゃない方がいいんじゃないかなと思いますけどそういうものが出てくる。今でもあります、アズハル学院。

樋口:へえ。

深井:それでですね、このマドラサってのがさらにイスラム世界の各地に広がっていきます。やはりニーズがあったってことですね。高等教育で知識人を集めないといけないというニーズがやっぱり出てくるほどにそれぞれの国が大きくなっていってた。

樋口:これは国ですか。作ったのは。

深井:国です。

樋口:国が作った。

深井:ウンマです。ウンマというのはイスラム共同体のこと。国がイスラム共同体なんで、そこがワクフ制度で作ってます。これはワクフ制度ってのはこれもオスマン帝国回で出てきているかと思う。

樋口:あれ、なんだっけ。

深井:寄進制度。寄付する制度ですね。だから入学許可された学生はただで勉強することができたので、貧困層の人でも実力さへあればマドラサで教養をつけていくことができるという社会だったと言われている。場所とか時代によって違うんでしょうけど、そういう要素もあった。マドラサはどんどん広がっていくんだけど、従来のモスク教育も普通に行われている、ダブル教育が行われているような状態ですね。マドラサの特徴てのはすごい面白くて、このイスラム世界ってのはウラマーの権威が非常に高いので、年齢によってこういうことを学んでいきましょうではなくて、ウラマーが今のお前の実力はこうだと判断してそれによって卒業するしないが決まっていく。システマティックではなく、そこをすごく属人的なウラマーの判断に委ねられている。

樋口:コーチがいる。

深井:権威を持った人が判断するということでこの人たちは判断されていく。

楊:師匠と弟子みたいなこと。

樋口:そんな感じですね、属人的。

深井:マイスター的な。マイスターもそう。

樋口:そうだったですね。

深井:親分が認めたらマイスター、マイスターというかあれになれる、職人になる、ギルドの時。

樋口:ギルドか。

楊:陽夏くんはこれで判断された。

深井:そうだよね。何かの統一システムで判断されたわけじゃなくて僕の個人的な主観で判断されてるから。システムとしてはこっちに近い。

楊:弟子卒業でいい。

樋口:なるほど。

深井:弟子システムであろうが学校システムであろうが一長一短なんで。どっちがいいとかないけど、こういう感じだった。オスマン帝国に入ってもそのマドラサというものはあって、オスマン帝国下ではマドラサが組織化、そして国家の中でさらに取り込まれるということが起こったみたいです。オスマン帝国の時代にどんどんさらに領土を広げていってる。ウイーンくらいまでいってるから。コンスタンティノープルぶっ壊したし。そこってムスリムがいないわけです。ムスリムがいないところにマドラサを作ってウラマーを養成しないといけない。でないとイスラム法を理解した人が統治してくれないわけですから。これは非常に中国が地方に大学を作ったって話ととても近い話。

樋口:似てますね。

深井:これをさらにマドラサをヒエラルキー化してランク付けして、そのランク登っていくみたいな制度を作って、国家を統治していくということをやっています。

樋口:へえ。結構ここはシステマティックになってる。

深井:システマティックなんですけどもやはり寄進制度、ワクフ制度によって支えられてますので、ここが本当に面白いですね。

楊:そうだよね。

樋口:ふうん。

深井:彼らは自分たちが国家の主体者であるという感覚があったのかもしれないですね。

樋口:そうですね。しかもちゃんとどっからでも拾えるようになってる、そこは中国の。

深井:主体者ってのは全然正確ではなくて、共同体であると。その共同体である自分たちがお金を払ってこの共同体をよりよくしていくんだという感覚があったのかなと思います。

楊:確かに今の宗教と直接は比べられないけど、今の宗教の団体だったりとかもちゃんと入信するんだったらお金をちゃんと払うというところもある。そういったお金を出すというところと制度の出すという行為が、寄進するという行為が制度の中に組み込まれてしまってるという状態ですね。それがインフラとして機能している。

深井:あとは純然たる寄付じゃなくてメリットも色々あったみたい。寄付した方も。寄付というより寄進なんですけど。寄進した方もいろんなメリットがあったみたいなんです。そういうすごくうまくできた社会だったですね。全然違うスタイルで、今までの紹介してきた社会と違うスタイルで。なので新しい他のスタイルとは全然違う教育制度が出来上がっている。繰り返しますけど特徴としてクルアーンとハディースというものが知の出発点である、そこに真理がある。

樋口:そうだったですね。

深井:それをとにかく勉強するんだという感覚を持ってる。それを修めているウラマーという人がいて、そのウラマーという人たちの権威はとても高い。

楊:そうして考えると中国も一応時代によって動きはあるとはいえ、儒教がみんな絶対勉強しないといけないというものがベースとしてある。日本みんな自由だねと思った。

深井:日本は勉強が自由ですよね。

楊:ある意味個性教育じゃないですけどみんな好きなものを勉強できた。

樋口:そうですね。確固たるみたいなものがなかった。だから松下村塾みたいなのが。

深井:日本てのは変わった環境に置かれてる国で。これは今までも何回も言いましたけど、土地的な連続性はないんだけれども隣に超巨大国家があるという状態なんです。これ何が起こるかというと誰も用がないのでここにはあまり来ないわけです、日本には。来ないんだけれども情報を取りにいったりして、そこそこな新しさで50年遅れくらいで中国をずっと真似しようということをやってた、日本人が。これってなかなか起こらないんです。他の国でこのような状況はおこらなくって。中国人もっとぼんぼん来ちゃったりとか軍隊が来ちゃったりとか普通するけど、そういうこともなく。絶妙ないい感じの距離感で自分たちの裁量に任せられた状態で情報を取りにいくという環境があってですね。

楊:真似しきらないのがある意味特徴。

深井:社会が違うから、真似もいろんな意味でできない。それを達成もしない。達成しない中で自分たちなりに生かすということをやっていくので。そこでオリジナリティを出してくるというのがあるので。他所から情報が来たものを頑張って学ぶみたいなメンタリティがすごく強いんです。蘭学であろうが漢学であろうが他所からめっちゃいいの来たぞ情報がっていったら頑張って学ぼうとするってのはすごく日本人の特徴。これは中国人には全くないよね。おれらが最強だからねって思ってるから。今はもう違うかもしれないけど、歴史的にみたメンタリティとしては全然違うよね。

楊:俺らが文明の出どこだよっていう認識。

深井:そう思ってるけど、日本はおれらどう考えても文明の出どころじゃないよねと思ってる。隣におるよね、すげえのが。なんか伝わってくるって意味がわからない、よくわからない。けど頑張って真似しようっていうメンタリティ強いです。

樋口:次男坊だな。長男からいろいろ教えてもらってみたいな。

楊:外でもいろんな人から教えてもらって。

深井:だから外国から来た知識のリスペクトが強いですね、日本人て。

樋口:確かにそうかも。文化でもアメリカから簡単に学ぼうとする。

深井:その時の先進国が考えていることをすごくリスペクトしてますよね、日本人て。それは相手がドイツだったりフランスだったりアメリカだったり中国だったりするけど、そのいずれも非常に強いリスペクト払ってるのはすごい特徴だと思います。あんなに純粋にその時に先進国の人たちから学ぼうとしている人たちあんまりいない。もう少しプライドある、その国の。我々はプライドを捨てずにそういうことをナチュラルにできてしまうのが特徴かなとみてて思います。

楊:だからこそ明治維新ができた。

深井:そうだね。だけどなかなか一位になれない、なる必要もないけど一位になれないですよね、そのメンタリティで。

樋口:そうかそうか。

深井:ならなくていい、全然ならなくていいですけど。

樋口:なるほどなるほど、面白い。

楊:愛すべき国だね。

深井:そうだね。まあ、表現が正しいかどうかわからない。ちょっと可愛げがあります。

樋口:そうですね。全然嫌な気はしない、今の聞いて。

楊:中華大陸みたいなみんなでシステム化して頂点を目指そうぜみたいな文化にそぐわない草食系の人たちが日本列島に渡って来たんじゃないかな。

深井:それもあるかもしれないですけど。

楊:僕とかまじでそうです。草食系なんで、絶対中国の受験戦争ではメンタルやられると思う。

樋口:そうか。

深井:強いもんね、あっちの。余談だけど、日本てぬるい。

樋口:ほお。

深井:自分も勉強して感じることがあって、今までも多分シリーズのどっかで何回か言って来たけど、外的な脅威が少ない。

樋口:そういう意味でか。

深井:なので本当の究極の究極に追い込まれる経験てあまりないんです。

樋口:国レベルでね。

深井:国レベルとかで。だからいい意味でお人好しだし、いい意味で警戒心少ないし、いい意味でそこの楽観的なんだよね。悲観的なんだけど楽観的というすごい。

楊:フレキシブルと言っていいのかな。

深井:なんでしょうね。ここらへんで完全に僕たちの私見ですから別にオフにしてもらっていいくらいですけど。ものすごく武士とかは人を騙したり奪ったりしてるけど、他の国もっとしてる、あれを。圧倒的にしてるわけ、ユーラシア大陸とかアメリカ大陸とかがんがんやってる。あの程度が武士くらいなんだよね。あの人たちくらいなんです、マックスが。もっと俄然みんなやってるんです、圧倒的に大規模に。

樋口:国vs国レベルでがぼがぼやってる。

深井:がぼがぼやってる。

楊:民族ごと消すとか。何万人、戦争したら10何万人くらい死ぬとか。

深井:そういうのあんまなくて。そういうのもメンタリティーにすごい影響してるなと思う。この教育には現れてるんじゃないかなと思います、純粋に学びたいやつ学ぼう。生き抜かなきゃとかじゃない。生きるためにこれを身につけないと明日には死ぬかもと思ってない。春秋戦国時代そんな感じなんです、中国の。法家の言ってること理解しないと我々は明日滅ぶかもしれない、みたいなそういうひりひり感がある。日本にそういうひりひり感あんまり感じない。

楊:みんなで法家も儒家もみんな一緒に仲良くやったらいい。どっちか別に完全に滅ぼさなくていい。儒家の人を埋めなくていい。

深井:ていう感じ。

樋口:なるほど。かわいいですね。

深井:そうね、可愛いっていったらみんなどう思うんだろう。可愛いですね。

樋口:なるほど。本当多種多様ですね、ヨーロッパ、中国、日本、イスラム。

深井:そうなんです。この多種多様性をまず感じて欲しいんですが、次回以降中世ヨーロッパの後期くらいからルネサンスが起こることによって大変革が起こると、今まで何回も言って来ましたけど、子供という概念が誕生し、大変革が起こっていくことによって人類の教育が圧倒的な変わり方するんです。

樋口:そこをちょっと味わいに行きたいと思います。ありがとうございました。

深井:はい。

楊:ありがとうございます。

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