#203 中国の教育 〜なぜ彼らは儒教OSを選んだのか?〜(後編)

【今回の内容】
ヤンヤンさん漢王朝の教育を語る/董仲舒の儒教の謎/文翁が始めた地方教育/統治方法としての儒教/地方から中央へのキャリアアップ/孔子→荀子→董仲舒→文翁で完成する教育システム/唐の学習内容/宋の書院/科挙についてはサポーター特典で/試験を作るのも一苦労/儒教が中国に与えた大きな影響

樋口:はい、ええ前回までは中国の教育の歴史、秦の時代まででした。ということで今回は漢の時代からですね。

楊:一回で終わると思ったら2回目始まりました。

樋口:いやあ、ばんばんくださいよ、ヤンヤンさん。

楊:本当ですか。10回くらい話していいですか。

樋口:俺らの教育を、樋口への教育を。ばんばんください。

楊:ありがとうございます。

樋口:じゃあ漢ですね。

楊:漢の時代ですね。始皇帝が亡くなった後秦は速攻滅びます。これは前、以前のシリーズで話しましたよね。で、出てきたのが漢王朝、劉邦という人が作って行きます。秦て法家思想がちがちだったんで、法で縛りすぎていろんなところで不平不満が噴出して反乱が起きたりするんです。民衆も自分が今これから行う行動が法に則ってるかどうかいちいち気にしないと命の危険があったりとか。

深井:辛い。

楊:そういった状況なので、ちょうストレスフルな状況だったんです。そこに劉邦という人がきて、人を殺すものは死刑、人を傷つけ、および盗むものはそれぞれ処罰とめっちゃ簡略化したんです。それさえ守ってればいいということだった。他も面倒臭い法律は全部いいよといったのが、実はこれが一番彼が国を作ることが一番これが重要だった意思判断だったんじゃないかという研究があります。それだけ縛り付けられてたんですね、民衆が。

樋口:なるほど。

楊:新しい国家ができます。国家統治の大元どうしようかという話になるんです。法家思想は厳しすぎる。やっぱ反乱が起きかねない。道教、道教だとなすがままに放任するから中央集権を作りずらいんです。なんでかというと放任しちゃうと地方の豪族とか地主とかがめっちゃ力をつけてきて、ばんばん何か言ってくるからコントロールできない。これは道教もちがうよね。儒教は儒教で古きよき時代の流れをくむとか、あいつら言ってるけど属人的じゃないですか、ふわっとしてるし。ただ儒教の中には前話した礼という序列関係の思想が組み込まれているのでこれはこれで中央集権にはいいよね、みたいな。ということを考えるんです。ここで出てきた儒学者は董仲舒というやつが出てきます。

樋口:はい。

楊:これも前スポティファイで話してます。

樋口:オリジナル。

深井:孔子のところでね。後編で出てきてます。

楊:この人が国家統治のフォーマットを儒教に一本化するんです。皇帝に提案して。他の学問はいらない、排除、官僚は儒学を必修とする、というのを決めた人なんですね。もう少し僕今回色々中国の論文とかも読んでみたんですけど、実はこの董仲舒が採用した儒教というのはさっき話してた荀子の説いた儒教だったんじゃないかという説がすごい濃厚なんです。

樋口:え、要は法家と儒教が一本化された。

楊:そうそう、ダブルOSで運用している荀子の思想を実は取り入れてるんじゃないかなという説がすごくあります。だからこそ儒教が中国で定着したらしい。儒教はビジョナリーなんです。ビジョナリーだけれども中のシステムチックなところは全部法家思想で運営してるという状況がここで成り立つ。

深井:バランスが大事だったんだね。どっちも必要だった。

楊:どっちも必要だった。荀子はまじすごいんですよ。これ読みながら思ったのが前深井くんが時々言ってるものの見方について深井くんがちょいちょい言ったりする。例えば何か物事をファクト認識するときに感情を交えないでちゃんと認識するとか。あとはいろんな選択肢があるときに選択肢を全部ばっと一回並べてどれか一回基準を決めてどれかを選ぶ、みたいな。全部荀子が言ってる。

深井:荀子が言ってる。

楊:荀子が言ってる。

深井:へえ。

楊:認識論をめちゃくちゃ突き詰めて考えてる人。もう一人のキーマンが出てきます。これを文翁という人ですね。文とうのは文学の文で翁は日本語で翁という漢字で書いて文翁ですね。これたぶん日本の方ほとんど知らないと思う。この人も漢帝国に勤めてた役人、儒学者です。実はこの人が中国の地方教育のシステムのプロトタイプを作った人なんです。

深井:知らない。

楊:中国では教育の偉人みたいな言い方をされた方なんですけど。この彼が地方の官僚教育のプロトタイプを作った場所が蜀なんだよね。蜀。

深井:漢の時に蜀で作ってた。

楊:そうそう。今の四川省です。当時の蜀も辺境、野蛮の地なです。全然漢帝国の文化とか知らないよみたいなそういったところなんで、そこをどうやって統治していくかという統治ニーズがあったわけです。そこで彼が蜀でやったことは教育の仕組み作りなんです。当時の蜀の地元の見所のある若者を選んでまずは儒学を教えます。優秀な人を選抜して中央の朝廷に派遣して仕事をさせる。霞が関に出向させるみたいなイメージです。そこで色々修行してまた蜀に戻ってきてもらって蜀の政治に携わってもらう、みたいなそういった感じなんです。

深井:面白いね。こういう話を聞くとなぜ儒学を統治フォーマットに使ったのかがよくわかるね。この、辺境のなんの常識も一致しない人たちに国を治めるトップの人ってこういう人の方がいいよねという話をしたい時に死ぬほど通じない。

樋口:そうですよね。

深井:それが儒教を教えてたらだいたい一致する。だからなんだろうね。

楊:あとおれ一個面白かったのは、儒教、彼だけじゃないんだけど儒教の教育の中で若手の人を連れて農村とかに行って儀礼をする。葬式とかをやらせる。儒教は単に国家システムの話だけじゃなくてずっと昔の宗教儀式の流れを汲んできてるから人の生死の儀式に関われる人、関わるマインドが儒教の中にあるんです。

樋口:ありました。

楊:それを民衆の教化に使ってる。こういうスタイルで葬式した方が正しいですよ、とかそういうのを教育の中でOJTしていく。

深井:なるほど、生活スタイルのフォーマットにもなってる。

楊:宗教活動というか。

深井:宗教が宗教として分化してないから生活と完全に一体化してるので。ある意味生活をこのようにしていこうぜということを統一国家として普遍的にしたかった。それに儒教を使ったんだね。

樋口:プログラムで言うところのフレームワーク設定したみたいな感じがする。この関数使っとけばこうなるよみたいな。話早いですもんね。

深井:話早いですね。

楊:それをカバーできるだけの儒教もずっと色んな儒学者によって体系化されたりとか理論とか追加されたりしてるから全部対応できるということです。

樋口:説明がいらないからですね、いちいち0から。

楊:しかも太古の昔から続いてる思想だからブランドがあるんです。思想としての老舗ブランドがあるんです。で文翁の話に戻ります。文翁の蜀の現場で鍛えた若手のエースたちの間でさらに優秀な人を選んで朝廷に推薦するんです。ここで彼がやった重要なポイントの一つは選抜育成地元の蜀での現場での仕事、中央推薦というキャリアステップを設定したんです。

深井:これは今の中国でも一緒じゃない。

楊:一緒、そうだよね。さらに彼がやったのは蜀で官僚育成学校ちゃんと仕組みとして作った。

深井:これはでもやばいね。

樋口:これ、教育機関。

深井:なにがやばいかというと、地方であるということが相当やばいです。

楊:しかも辺境だよ。

深井:うん。他の国で地方にこれを作れてる人たぶんいないと思います。ほとんど聞いたことがない。

樋口:なんで中国だけ出来たというかやったんですかね。

深井:この人たちはやはり統治スキルが高い、なぜかしらんけど。

楊:良くも悪くも。

深井:良くも悪くもなでしょうけど。

樋口:てことは他のところはやれなかったぽいということ。

深井:できないですよね、例えば日本、このあと日本の話もするからあれだけど、日本には地方にこのような官僚育成機関みたいなものはあるんだけれども中央に比べてだいぶ弱いので。

楊:それぞれ勝手に楽しくやってる感じ。

樋口:なるほど。はあ。

深井:すごいですね。徹底力が。

楊:このキャリアアップのイメージができるので若い人たちにとっても頑張るモチベに繋がった。頑張れば俺も中央の朝廷に推薦してもらえるかもというイメージがキャリアのイメージができるようになった。だからめちゃくちゃ人が集まります。学校規模も拡大します。最初は役人の候補者のみが対象だったんですけど、役人以外の人もどんどん入学してくると言うね。だから辺境の地である蜀から人材がばんばん排出される状況になってくる。これを皇帝が注目して彼の文翁モデルを展開していくんです。これが中国の今後の国家教育システムになっていく。

樋口:いいじゃないてなったんですね。文翁が作ったやついいじゃないってなった。

楊:そうです。人材のクオリティも確保できるし量も確保できるし、しかも継続的に実績が出てるのでこれを他の地方でもやろうよって感じになったんです。だからまとめると儒教というソフトウェアを作ったのが孔子。儒教のソフトを国家というハードウェア上で動けるように改造したのが荀子。ハードウェアに儒教ソフトインストールしたのが董仲舒。最後に儒教ソフトの配信するプラットフォームの最初期のモデルを作ったのが文翁。この四人の人によって中国の儒教ベースの教育システムが立ち上がった。

深井:それぞれ別々の人が頑張らないとできなかったくらいむずい、たぶん。

樋口:すごい。見事採用されたんですね、最終的に。で、いっぱい複製されていったんですね。プロダクト化していった、プロトタイプが。面白い。

楊:自分の国ながらおかしいよね。いかれてますね。

深井:すごい。あの広大な土地を治める統治国家なだけはありますね。上から目線じゃないですけど、すごいなと思います。

樋口:なるほど。

楊:じゃあその国の教育システムで実際後の時代でどういうことが教えられてたかという話をします。色んな王朝があります。色んな王朝があるので全部は紹介できないので、一番日本人に馴染み深い唐の王朝ですね、唐王朝。日本も遣唐使とかここに送ってました。この教育の仕組みをざっくりと紹介します。だいたい後の時代でもこの教育の仕組みをベースにしてやってます。まず公教育ですね、国がやる教育。中央の都に王族とか貴族向けの学校がありました。庶民のエリート向けの学校もある。そして法律を勉強する、書道を勉強する、算術を勉強する、あとは道教を勉強するという施設がそれぞれあったんです。後は留学生用の学校もありました。とか、上級官僚の師弟向け、子供達向けの学校もあります。踊りとか音楽の学校、医薬、薬学と医療ですよね、占いとかそういった方面の人材を育成をするシステムがありました。天文学、暦法、暦というのはカレンダーですよね、暦法、あとは時間を測定する技術など、そういった専門学校もちゃんと立ててやってます。もちろん中央の学校だけじゃなくて地方にも専門学校がいくつかのレイヤーを分けて設置されてました。だから多様な学校が実は国家主導で全部仕組み化されて実際に運用されたのが唐の時代の官学の一つの大きな特徴です。私学、私学ですよね、私学はまた別にあって、それも教えてることは色々あって、例えば文学とか科学技術とか医薬とかいろんな学校もありましたし。基本的に中心としては儒学は一番多く教えられてました。私学は初等教育とか高級教育がそれぞれ分けれてあって。初級教育は基本的に日常生活の常識を教えたりとか、高等教育というの高級教育ですね。高級教育というのはさっき言ってた儒教とか文学とか、いろいろもう一個上の段階の学問を教えるというシステムになってます。

樋口:これ私学というのは誰がやってたんですか。

楊:民間の人たち。民間の例えば学者とか、学者だったりとか役人になろうとしてなれなかった人とか。

樋口:商売としてやってたんですかね。

楊:商売としてやってました。授業料も取ってましたし。もう一個中国の特徴な教育システムとしてあるのは書院というシステムがあります。書というのは図書の書、院というのは病院の院です。これは元々図書館というか民間の図書館です。民間の学者とか教養のある人が自分の蔵書を本を集めて蔵書を作る。本を集めた場所だったんですけど、それが次第に教育機能を担うようになるんです。本がたくさんあるからいっぱい読める。そこで教育リソースが集まってるので教育活動がそこで発生していくんです。これが面白くて、実は唐の後の時代に宋という王朝が出てくるんですけど。宋の王朝ってなかなか体力があまりないんです。だから国家としてがっつりと国家教育に対してリソースが割けない恐々だった。

樋口:余裕がない。

楊:はい。その場合の人材育成のセーフティネットとしてこの書院がすごい機能するんです。うちの国では教育とか人材育成がなかなか十分にはできないけど、お金を出すから書院の方で人材育成して朝廷とかに送り込んでくれ。みたいなそういった機能を果たすようになる。

樋口:外注した。完全に国で持つんじゃなくて。

楊:そうです、そうです。だからそういうセーフティネットも民間ではあるということなんです。あとちょっと幾つか時代の特徴をざっくりと紹介するんですけど。宋の話はさっきいいましたよね。元ていう時代がある。モンゴルの人たちがきて作った王朝なんですけど。元の時代が面白くて。モンゴル語を勉強する、蒙古の言葉を勉強する学校とか、帰国子女向けの学校とかがあるんです。やっぱり西の方の国と交流する必要があるからペルシャ文字を勉強したりとか、外国人材にすごく力を入れた。

樋口:グローバリズムが進んでるじゃないですか。

楊:ていうのがあります。もう一個中国の教育の特徴としては科挙というものがあります。これは高級官僚の選抜試験制度ですね。

樋口:これはなんかで何回か出てきました。

楊:これがこのシステムを導入したことによって中国の教育のあり方とか社会構造から文化まで1000年以上にわたってすごい影響を与えた仕組みになっていくですけど。これはちょっとね、サポータ特典でご紹介できればなと思います。

樋口:サポータ特典を聞くためにはサポータにならないと。

楊:そうです。

樋口:くっそ。

深井:概要欄から是非。科挙ね。科挙はいいですよ。

楊:うん。

樋口:え。なんですか、科挙はいい、ざっくりですけど。

深井:科挙はいいよね。そうですね。

樋口:あれ。喋れない時間長くなって脳みそ止まってないですか。大丈夫ですか。

深井:科挙はすごいんです。

樋口:何がすごい。システムが。

深井:システムがすごい。今宋の時代からめちゃくちゃすごい教育システムがあった。唐だ。唐の時代からめちゃくちゃ何個もそれぞれの領域において学校があって、みたいな。それを全部国がお金はらってる、だいたい。私学はあるんですけど。お金を教育に対しての投資体制みたいなのが整っていて。それをする余力も、宋の時あまりないと言ってたけど、基本的には中国王朝はそういうことを官僚育成をするためのものであるとか技術者育成ですよね、技術者というか特定の領域の専門家を育てるような教育をする体力もある。それをさらにシステマティックに、かつ、どんな人でもそこにチャンスがあるように試験にしていく。この試験にするってのめちゃくちゃたぶん大変なことで。

楊:平等主義だからね。

深井:平等主義もそうだけど、試験作らないといけない。採点しないといけない。これ相当難しいですよね。例えば僕たちが会社の教育でものすごく的確な試験を作ろうとしたら難しいと思いませんか。

樋口:めちゃくちゃむずい。

深井:僕らがポッドキャストを収録して、面白く伝える技術を試験にして能力を測って相手にフィードバックしなさいと言われたらめちゃくちゃむずいよ。

樋口:めっちゃむずいですね。判断基準がどこにもっていくのか、誰が採点するのかもあるし。

深井:それを科挙ってのはある程度制度でちゃんとやれちゃってるんです。

樋口:センター試験。

深井:おぞましいなと思うのは最後に殿試というのがあって、科挙の時期にもよりますけど、殿試というのがあって。最後皇帝が面接してくるんです。どう思う、やばくない。

樋口:皇帝が直々に。社長自ら。

深井:社長とかいうレベルの重鎮じゃないですからね、皇帝って。

樋口:まあね。

深井:ほぼ神と同義ですから。

楊:そう。なので科挙が生まれた背景もサポータ特典でも紹介すると思うけど、皇帝が自分の権力をより集中させるために作った制度なんです。それまでの中国の王朝における官僚採用のルートは基本的に推薦とかだったんです。推薦とかうちの親戚の人がこの人がいいから入れるみたいな。そういった感じだったんですけど、それだと派閥とかが形成される。形成しやすい。派閥があまりにも多すぎると皇帝がコントロールできずに結局自分の政権運営にとってリスクなので。やっぱちゃんと皇帝が人材採用のルートを握りたいという背景も実はこの科挙が誕生した背景にはありましたね。

樋口:なるほどね。はあはあ。

楊:試験的なものは古代から実はあった、試験的なもの。でもあくまでサブ。サブです。メインは推薦だったんです。

深井:そうね。

樋口:ヨーロッパと比べて特にどういうところが違うんですかね。

深井:何が違った。

楊:そうだね。システムでいうとまずは基本的に中国という国が成り立つためには強力な中央集権体制というシステムが必要だった。そのシステムに沿って教育をしていくというのが教育のシステムだったりとか儒教という内容だったりとか選択していくという傾向がありますよね。

樋口:だからそこの前提がヨーロッパと違うということですね。

楊:ヨーロッパって強力な中央集権体制ができた国ってあったかな。

深井:絶対王政のフランスとか。だからあれですよ、多地域を一つの強力な集権国家、権力が同一のシステムで人材育成をして育てるというところが中国の教育の特徴なんです。

樋口:なるほど、なるほどヨーロッパにできなかったというかなかった。

深井:無いというか同じ状況が発生してなかった。

樋口:広く無いですからね、一個一個。

深井:広くないし、いろんな地域の人たちを同じようなシステムの中で育てないといけないということにもならなかったし。それが官僚育成であるということが非常に大切です。大学の分を思い出して欲しい、あれは官僚育成ではなかったですよね。主たる目的が。大学もギルドも官僚育成ではないです。古代国家は官僚育成でしたよね。だけど、古代エジプトやメソポタミアがやってるよりもかなり高度な教育を国家が主導的に官僚育成のためにやってますよね。しかもそれが実学的ものじゃないです。ここが僕すごくポイントだと思っていて。儒教て実学的じゃない。

樋口:実学的というのは。

深井:例えば儒教の勉強したところで行政事務がたくさんできるようになるわけじゃない。行政事務を学んでたらわかりますよ。算数めちゃくちゃ勉強して行政事務やりなさいとかじゃなくて、メインとしては儒教なんだと。もちろん技能としてサブとして算数も勉強するしたぶん実務を勉強してるんだけど、メインとして儒教があってその儒教を修めた人間でなければ官僚になれないというのが中国の教育の最たる特徴。ここにはすごいいろんな含みがあるわけです。

楊:そう。

樋口:なるほど。

楊:国の中で出世したかったらまずこのフォーマットにインストールしなさい。

深井:そうですね。インストールしなさいということですし、儒教の特徴って一応、一応といったら悪いですけど、腐敗政治しちゃだめなんです、当たり前だけど、儒教ということは。

樋口:心をちゃんと清らかにしとかないと。

深井:清らかなんです。そうなんです。だから実際に古代中国王朝の中では腐敗してる時期とかがめちゃくちゃいっぱいありつつもなんだかんだちょいちょいマジですっごい清廉潔白な官僚が出てきたりする。あの人たちがいなければたぶん早々の段階でこの巨大官僚国家崩れてる可能性があって。結果的に機能してると思う。清貧な官僚大事という感覚。

楊:それが一応建前上は理想としていることが大事だよね。

深井:そう。建前上でも理想としてるから表立っておれ不正してますって言えないわけです。人にも賄賂貰ってる、あいつって、当たり前だよねってことも表立っては言えないって環境を作り続けてますけどもらいまくってますね、今でも。けれども結果的に表立っては言えないというところが非常にこのでっかい官僚国家を作るにあたってビジョンとして大事だったんだと思います。

樋口:実務の中にビジョンを組み込んだということかな。

楊:中国って言われてるのが外側は儒教、中側は法家思想ていう中国の過去の官僚システムを形容する上でよく使われてる四字熟語がある。

樋口:へえ。

楊:だから中はちゃんとぎっちぎちにシステムで固めていく。罰則もちゃんと設ける。

樋口:なるほどね。

深井:これほどの官僚組織を日本は真似しようとしたけでできなかったわけですから。

楊:必要なかったかもしれない。あとで紹介しますけど、日本は楽しい。

樋口:楽しいですか。

深井:緩い。

楊:緩い。

樋口:へえ。

楊:なんかもう、いいですね。

樋口:楽しいってどういうこと。

楊:楽しい。ちょっと面白い。

深井:ということで科挙に関してサポータ特典で、もう少し詳しく話して。次本編では日本の話ですね。

樋口:はい。ということで。では中国の教育の歴史は一旦こんな感じですかね。

楊:はい。

樋口:ありがとうございました。

深井:ありがとうございます。

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