#198 論破おじさん・ソクラテスの遺志を引き継ぎし古代アテネの教育スタイル

【今回の内容】
ギリシャとローマの教育/アテネとスパルタ/民主主義のための教育/ソフィストの登場/ソクラテス、無知の知/最古の論破文化?/プラトンの転換点/変わる世の中と教育/各地に建てられる教育施設/哲学が生まれる条件とは/古代ローマの教育/ローマとギリシャの哲人ニーズ/支配者のための知識/政治家に求められる人格とは

樋口:はい、ということで本編突入なんですけど、まずはギリシャとローマの古代教育ですね。

深井:そうですね。ギリシャ、前もやりましたけどアテネとかスパルタとかですね。他にもたくさんポリスがあるんですけど主にはアテネの教育の話を今日はします。その後に出てくるローマ、ローマもカエサルの時にやりましたけどそのローマでどのような教育がされてたかという話をするんですが。先にポイントいっちゃうと、ポイント言わないと途中意味わからなさ過ぎて聞きたくなくなってくると思うので先に言いますね。アテネで思想家が出てくるじゃないですか、ソクラテスとか。あの人たちが人間について考え直した、まず。それまでの時代は神話の中で人間とは何かが語られてたんだけど、一回考え直すんです、人類がここで。結構ほぼ同時期にブッダとかもそうだったし。一回この時期に人間とは何かを考え直すんですけど、端的にいうとこのソクラテス、プラトン、アリストテレスが人間とは何かについて考え直したというやつが後々の中世の大転換、教育に関する大転換があるんだけどそこに繋がって行くくらいここで既に転換が起こります。けれどもさっきの教育をコストを誰が払うかという概念があると言ったじゃないですか。理念としては人間はこうした方がいいとか、人間てそもそもこうだからこうあったらいいよねと思ってるんだけど、ギリシャの人は。それを実行する人が出てこない。この時代は。

樋口:得する人が、

深井:いない。

楊:だから社会に実装できなかった。

深井:できなかったんです。だけどその理念だけルネッサンスの時に勉強しなおした人たちがそれをまた再発見して生かして行くということが起こる。既に思想としては一回ここで出てくる。教育に対してのすごい大転換が出てきます。例えば、そういう転換を起こすような教育をし始めたのはアテネだけだった。スパルタやったけどスパルタってのは何をしてたかというと強いのが大事だと。

樋口:そうでしたね、ずっと戦ってましたね。

深井:なんで強いのが大事かというと自分が征服している奴隷の人たちが、被征服民の人たちってのが自分たちの10倍いるわけです。人数がめっちゃ多い。自分たちの10倍いる人たちに言うことを聞かせるためには自分たちは全員強くないといけないと思ったわけです、彼らは。人間とは何かとかそういう話じゃなくて、おれらが強いということが僕たちが生活できるということだと彼らは思った。それは一定正しい、その通りだなと思う。なので強いことに特化した教育を作るわけです。なのでスパルタの子供は生まれた瞬間に強くなりそうかどうかで選別され強くならなさそうな人は最悪殺されてたという話を前しました。

樋口:ありましたね。

深井:この話はもうシーズン2のスパルタのところで言った話と一緒なんですけど。7歳くらいから共同生活が始まり、親元から離れて共同生活が始まって20歳まで体育を中心とした教育を受けている。これはスパルタが裕福であるということを示しているよね。つまり、彼らは生産活動をしなくてよかった。

楊:そう、全部奴隷がやってくれた。

樋口:はいはい。

深井:全部奴隷にさせておいて、自分たちはその奴隷をさせておけるためのスキルをつけてたということになります。

樋口:なるほど。

深井:ということをやっていた。このスパルタに対してアテネってのは民主主義の国なんです。スパルタも集会とかで決めたりするけどアテネってのは本当に今の民主主義に比較的近い民主主義を作っていた。そうすると民主主義の特徴てのはみんなが考えれないといけない。

樋口:そうか。

深井:一部の人間が考えていいものを決めるのではなく、みんながしっかりと考える力を持ち、そして情報をインプットし考えて決めていかないといけない。

樋口:そうかそうか。権限がありますから間違ってたら変な方向に行きますからね。

深井:そうなんです。だから教育に対する考え方が社会的ニーズとしては変わってきます。変わってくるのでアテネではおそらくなんですけど公教育があったのではと言われてます。

樋口:ふうん。

深井:わからないんですよね。

楊:時代が古過ぎて。

深井:教育についてこういう風に教育したがいいよねみたいなことをプラトンが言ってるけどそれが実践されたかどうか不明なんです。

樋口:へえ。

深井:たぶんされてないんです。プラトンてアテネの後期に出てきた人なんで、そういう理想に達せずに終わったんだろうねと思うけども。アテネで民主主義やるんですけど有名な衆愚政治ってやる、大衆の衆に愚かと書いて衆愚政治に陥って民主主義がうまく機能しなくなっていくんですね。

樋口:まさにさっきの話だな。

深井:それでどんどん堕ちて、力が落ちていくわけです。力が落ちていった時に何が起こるかというとソフィストという人たちが出てくる。今の哲学の語源になってる、このソフィストという言葉が。このソフィストの人たちがまさにこの民主主義を機能しなくさせていった張本人たちでもあるんだけども、議論で勝てばいいよねという文化を作っちゃうんです。

楊:ざっくりいうと、スキルを伝えていく、スキルベースを。

樋口:ディベートスキル。

深井:そう。本来であれば議論で負かすことが目的ではなくて、この時の民主主義ってのは民主主義とはちょっと違って国家単位がどのように良くなるかということを彼らは考えている。個人個人が構成員としてよくなるかという考え方じゃなくて、民主主義として国にとってどういうふうにいい状態を作れるかということを個人個人が考えて国のための本質的思考というのをやってる、やろうねってのが大義名分だったと思うが、ソフィストが結局どうなったかというとそういうふうにはならなかった。

樋口:はあ。

深井:そういうふうにならずに相手を言い負かしてフィニッシュさせるという文化になるんです。

樋口:なるほど、スポーツみたいな感じだな。

深井:で、うまく機能しないんです、それが。そうですよね、別に言い負かしてもその国が他の国から攻められてやばい時に何かがよくなるわけじゃない。ただその人たちが言い負かされてるか言い負かしているだけで。ていうことが起こる。けれどもソフィストという人たちが出てきた時に言い負かす文化ができちゃってるからみんな何を教育をされてるかというと言い負かす技術ばっかり教育されるわけです。言い負かすっていうのは俺はなんでも知ってるぜという前提なんです。俺は知ってるけどお前はわかってないよねというのが言い負かすってのにすごく大事なんです。ていうのが大事だった。

樋口:マウントだ。

深井:だったんだけれども大転換が起こる。それがシーズン2の時にも出てきたけどペルシア帝国が攻めてくる。今までと全然違う状況になった、アテネが。その時に出てきたのがソクラテスたちだった。つまりソクラテスたちっての今まで国家がこういうふうにやってきてそんなにでっかい問題も起こってなかった、ちょっとずつ力は落ちていたかもしれないけどそんなでっかい問題も落ちてなかったときに、そういう外的な状況の変化があると面白いことに人間はそもそも社会はこれでいいのかって思うんですね。やっぱ思うわけです。ソクラテスが言ったのはお前らなんかわかったつもりで全部論破しようとしてるけど本当は何もわかってないよねってことを言うわけです。

樋口:出た出た。これあれじゃなですか。有名な言葉。無知の知。

深井:無知の知。

樋口:倫理でならった、おれ高校で。

楊:自分が思考ができてる、知見が溜まってると思ってる、それ思ってるつもりでしょ。今とりあえず一回全部捨て去って0ベースで考えろよ、ということを彼は言ったんです。

深井:そうですね。これ言い忘れたけど、そもそもソフィストがなんで出てきたかというと、元々古代ギリシャも神話ってもので世界の説明をしていたんですけど豊かになったんです、アテネが。アテネが豊かになっていくと、これもまた今まで何回も出てきたと思うけど、豊かになると人間て暇になるんで、暇になるといろんなこと考え始めるじゃないですか。そうすると世界認識がちょっとずつ変化して行くわけです。つまり物理学が発達したりだとかしていくわけです。神がとかじゃなくて観察して見てこうなってるけど実際どうなんだっけって話になる。神がってのは観察してる話じゃないから。

楊:そうあるっていう前提を受け入れてる状態。

樋口:そうですね。

深井:受け入れてる状態なんだけど実際見てるとちょっと違うんじゃないかみたいな感じになる。その見て観察してそれをロジックで組み立てていくという思考方法が生まれる、そこに。その思考方法を自分たちの議論であるとか内面ていうところに持っていった人たちがソフィストたちだったんですね。この人たちは実はアテネの人たちではないんです。

楊:そう。

樋口:え。

深井:アテネの他所からきた人たちなんです。

樋口:へえ。

楊:だからアテネのそういうしきたりとかにとらわれる必要がなくてなおかつ外からアテネに来た人たちなので彼らも生計を立てないといけなかった。生計をたてないといけなかったので手取り早いスキルを教えていってお金を取った。

深井:そうそう。それが一番手取り早かったのが相手を言い負かす技術をみんな欲していてそれさえ渡しとけばいいねって渡してたんだけどどんどん国力がそれで落ちて行くってのもあるし、それだけじゃないんですけど、衆愚政治に陥って行くってのもあるしまさにそういう時にペルシャという大国が攻めてきてみんなてんやわんやになった時にそもそもこの社会はこれじゃよくないんじゃないかということでソクラテスが出て来て、お前ら人を言い負かすみたいなことに集中してるけどそうじゃないだろう。

楊:いまそういうスキルの話してる場合じゃないだろ。

樋口:なるほどね。

深井:ソフィストはなんでもわかってる前提で喋ってるね。何かを分かってそれで人を説得するってことに君たちは集中してるけど違うだろ。お前ら何にも分かってない。だからおれが今から質問するからそれに気づけというのがソクラテスがやってたことなんです。だからいろんな人のところに行って結局論破してたんです。

樋口:まあまあでも。

楊:質問で詰めて行く。

深井:結局論破してたんです。

樋口:論破の目的がね。

深井:論破が好きなんだろうね、この人たちが。

楊:ソクラテス論破し過ぎて恨み買ってた。

深井:死刑になりました。嫌われてね死刑になって。

樋口:ちょっとわかるな。分かりやすい技術を教えたかったんですね、ソフィストは。

深井:出世につながる。弁論術を勉強して相手を言い負かすと政治家として素晴らしいとなって出世するってことが起こる。これが衆愚政治なんです。それは本質的に国にとっていいこととは限らなかったわけです、言い負かせてることが。

樋口:ビジネス系ユーチューバーですね。

深井:まあね、ノーコメントです。

樋口:語弊あるかな、一部のね。タイトルだけで釣って中身があるかないかわからないことを知ってる風に話す一部のビジネス系ユーチューバーですね。

楊:でもこの流れっていろんなところで共通してると思ってて。後々あとで話がでてくる、もしかしたらサポーター特典で出てくると思うけど、中国に科挙っていって公務員試験が登場するんです。公務員試験が最終的にその科挙に受かるために勉強する、みんなが。それでそれまでに学校とかではちゃんと学問を研究したりとかそういう教養を身につけようということで学校とかは機能してたんですけど学校が受験予備校になっちゃうんです。それと似た流れがありますよね。

深井:なんども強調するんですけど、ここで大事なのはペロポネソス戦争のような天地をひっくり返すような彼らにとっての大事件が起こったことにより彼らが今までの成功法則を捨てないといけないのではないかということを考え始めたということですよね。

樋口:社会の変容か。

深井:それを考え始めた人は元々世界そのものについて考えてたわけです。教育についてだけ考えてたわけじゃないんです。彼らはそもそも社会とはどうあるべきかということを考えてた。それに連なって教育のことも考えていくってのがポイントだと思う。

樋口:なるほどね。はあはあ。

深井:教育のことだけ考えて教育を変えた人ってあんまりいなかったんです。

樋口:へえ、面白いですね、それは。

深井:いるんですけど、その人たちの前段階で世界について考えることが必要なんです。

樋口:はあ。なるほどね。

深井:たぶんね。これ僕の私見だけど、ここは。

楊:社会の中で彼らにとって大事なのは教育が必ずしも一番最初にくるわけじゃないんですよね。あくまで一部でしかない。

樋口:うん。

深井:誰がお金払うかは大事。教師に誰がお金を払うか。

樋口:例えとしてわからないですけど、例えば会社とかも先に理念があってビジョンがあって日々の教育とか業務がある。だから理想の形が描いてないとどう進んでいいかわからないし、その進む道筋が教育ってことなんかなと思った。

深井:そうです。それが古代とか中世というのはものすごく細分化されていたんだけれども、それを国民単位で利害を一致させたのが近代国家以降。だから僕たちはみんな同じ教育をうけてる、公教育で。これはありえない、中世とかから考えたら。なんでみんながみんな同じ教育を受けないといけないんだよってなる、だっておれ職人になるから。

楊:職人にしかなれないから、生まれがね。

深井:そういう感じで社会から影響を受けてるってことです。ソクラテスの弟子にプラトンというまた有名な思想家がでてきます。この人の有名な本に国家ってのがあるんですけど、この国家の中で良き市民を全生涯に渡って教育するという考え方を述べ始める。これもさっき言ったメソポタミアとシュメールとエジプトと全然考え方違うのわかりますか。

樋口:どうでしたっけ。向こうは統治のために。

深井:そうです。役人が文字を書いてくれて算数ができてないと困るから教えてる。

樋口:そうでした。

深井:でもここに書いてあるのは国家の責任において良き市民を全生涯に渡って教育をしようと言ってる。全然考え方が違う。

樋口:全然違いますね。

楊:市民にフォーカスしてるってこと。

深井:市民にフォーカスしているし、全生涯に渡ってってところも全然違うじゃないですか。これすごく難しい話を僕今してます。あらゆる解釈ができる話を僕今していますが、これ僕がどう解釈したか言うね。シュメールとかエジプトにおいてはある物事を達成するための限定的なスキルを渡すということをしてたわけ。それは王様がいてその王様を補佐するものとしての技能を欲してたから。だけどこの人たちは民主主義をしてる。自分たちで考えないといけない。自分たちがそもそもどうあるべきかをこの人たちは考えないといけないという立場に置かれてた。自分たちがどうあるべきかを考えるためには全生涯に渡って教育をしないといけないと思ったということなんです。これはものすごくでかいチェンジだと思う。

楊:国家の機能に組み込むという前提の話はしてないということなのかな。

深井:いや、国家の機能に組み込まれているんだよ、こっちも。こっちも組み込まれているんだが、この人たちは国家そのものだから、自分たちが。自分たちが何であるべきでどうするべきかを自ら考えないと誰もそれを他の人が考えて自分におろしてはくれない。そういうことを考えようとするとめっちゃ頭で色々考えないといけないとういうことに気づいて教育が大事だと思い始めてるってこと。これすごい違い。これが端的に言うと僕が今リベラルアーツが必要だって言ってる話とあまり変わらない。社会の変容によってこういうことが起こるわけです。伝わるかな。めっちゃむずいことを言ってると思う。

樋口:ああ。わかりやすく言いたい。

深井:誰かわかりやすく例えて。

樋口:手が勝手に動かないといけないという感じですね。ちょっと違うな。

深井:例えば50年前の日本でサラリーマンになる人はサラリーマンはそもそも何でどうあるべきかって考えなくていいので全生涯に渡って教育するなんてのはおそらくそんなニーズがない。だけど、今の僕たちはそのニーズがあるんです。なぜかというと、主体的に自分の人生を生きないといけないからです。つまり主体的に何かということを自ら編み出さないといけない人たちはずっと勉強しないといけないということなんです。

樋口:はい、いいですね。

深井:しかもそれは社会によって規定されてるということ。つまり、それが人間の理想だからとかじゃなくて、そういう社会に生きてる人はそうしないといけないってこと。俺がずっと伝えたかったのはそういうこと、伝わるかい。

樋口:伝わると思いますよ。伝わったかな。

深井:すごいことなんだよ、これ。

樋口:すごいことですね。

深井:僕がなんで歴史を伝えてるかというと今がそういう時代だからなんです。みんなにとって必要であろうなと思ってそういう話をしてる。

楊:こういう考え方に至るためには社会が変化してるよってことに気づけるか。

樋口:気づかないと。

楊:センスがないとだめだね。センスとそれを言語化できるセンスも必要。気づいたら社会がめっちゃ変わってると感じる人は多いと思う。でもそれを体系的な言葉で発信したりするのも限られてくるから。それが両方できてる人は思想家とかになっていく。

樋口:この日から変わるみたいなのがないから。じわじわグラデーションで変わっていってますから。

深井:それも本当ありますよね。

樋口:特に今とかってまさに、そういう、そうなのみたいな人もいるし、いやいや明らかに変わってるでしょうと言う人もいるし。グラデーションなんで、そこも難しさもある。

深井:いやあ、色々面白いことが詰まってる、これ。それがさっき言ったよにペロポネソス戦争がきっかけで再度考え直し始めてるってことも僕たちに照らし合わせて考えることができると思う。

樋口:はい。

深井:プラトンが何を言ったかというのは改めて戻って言いますけど、プラトンはエリート教育しようぜってことを言ってます。これ哲人教育っていうんですけど。まずスタートしては優生学的に、つまり先天的に良き市民というのがいるよねってことを彼は言ってるんです。やっぱり才能がある、その才能というのは選ばれた血筋の者同士が結婚して子供を産むことによって可能だということを言ってます。ちなみに近世ヨーロッパの啓蒙思想以降てのはこれが優生学的な感じじゃなくなっていく。人間全員が教育を受けると可能性を開花させられるんじゃないかという考え方に変わっていくんですけどプラトンはそうではない。プラトンは選ばれた人間をまず選んだ方がいい。その人たちが選抜されていって最後に残った奴らが哲学を考えてその哲学を考えてるやつらが政治をするべきだと彼らは言ってる。それが良き市民だということと同義だと思うけどそういうことを言っている。6歳から17歳までは読むこと書くこと算術、そして体育に終始させる。18歳から20歳までは軍事訓練を受けなさいということを言ってますね。20歳までの軍事訓練の段階で若者を選別していくわけです。優秀な人間をさらに上の方の教育を受けさせる。脱落した人はもうその段階で違う職業に就けるみたいなことをやってるみたい。

楊:軍事階級に所属させられる。

深井:軍事なりなんなりになんかその時に応じたところに所属させて、最後にまで残った最後まで生き残ったサバイバーたちを哲学者にしていくみたいな。その人たちが政治を牽引していくのがいいのじゃないかということを考えていることになりますね。

樋口:だから篩にかけてエリートを作ってる感じがありますね。

深井:だから30歳くらいまでずっと哲学の研究準備として算術器楽音楽なども勉強させ、30歳から35歳で哲学の勉強をしましょう。そして35歳から50歳以降に至るまでずっと哲学と政治を実践していきなさい。こうして支配者としてすごく立派な人間が育つよねってことをプラトンは考えたわけです。これが実際に行われてるとは正直思わないですけれども近代国家的な教育スタイルで年齢での発達段階の概念があります。何歳から何歳までなになにをさせるという概念は実は珍しい概念なんです。

樋口:そうなんですか。

深井:さっきも言いましたけど、まずいつ生まれたかを記録してないし昔の人たちってのは、何歳かってことを意識することもほぼないし。

樋口:子供概念もなかった。

深井:古代は子供概念はある、ちなみに。あるんだけれども子供だからどうという概念があまりないです。ただここでは子供の発達の概念は定義したほうがいいよね、とか、身分や階層に関係なく同じ学校に集めた方がいいよねとか。もちろん奴隷てのがいるので完全にフラットではないですけど市民というのがフラットだよねって考え方ですね。あとは成長に従って次第に複雑な知識を教えていくのがいいよねっていう考え方であるとか。そういうことがここに盛り込まれてます。逆に言うと何度も言うけどこれがこの人たちが言う前まではそういう概念はなかったし、中世もこれが忘れ去られてる間はそういう概念はなかった。アテネではさっき公教育があったかどうかわからなという話したんですけど。あるのがわかってるのは家庭教師はまずいる、確実に。アレクサンドロスもギリシャ人で彼にもアリストテレスという家庭教師がついてたという話をしてたじゃないですか。このプラトンの次の世代の人。家庭教師という文化があったわけです。この家庭教師という人たちがいるのと、あとは塾を開いてます。例えばアカデメイアという塾を開いたり。

楊:私塾ね。

深井:アカデミアの語源ですよね。あとはリュケイヨンという私塾を開いたりしています。アカデメイアはプラトンが作ってここでそうやって議論したりとかして、結構上流階級の人たちを集めて哲学を教えるみたいなことをしてたわけです。アリストテレスも出てきて、このアリストテレスが今度はリュケイヨンというものを作って、ここでまたみんなで学問するってことをやってる、この場所で。

楊:あらゆる学問の父と言われてます、アリストテレスは。

樋口:うん。

深井:このようなことをしてるんですけどアテネの国力はずっと落ちつづけていて、この間にも。ついにアレクサンドロス大王に併呑されるというか中にいれられる、マケドニアの中に入っちゃいますよね。というのをやりましたよね、アレクサンドロスの時。こういうことやってるんだけどどんどん国力が落ちてるから理想の教育ってのは言ってる人はいるけどやられてないという状態になっていきます。この後なんですけどアレクサンドロスの時代ですよね、くらいからムセイオンとかビブリオテーケー、ムセイオンというのはミュージアムの語源だよね。こういうものができていって知の集積みたいなことが起こるようになっていきます。

楊:研究もそこで行われる。

深井:これは面白いのがギリシャでソフィストたちが出てきてめちゃくちゃ世界について考え直したという話をした。それは知のレベルとして非常に高いものだったわけです。この知のレベルとして非常に高いものをみんなで学ぼうぜって場所ができた、あとで。逆に言うと自分たちで作り出そうぜってものにはならなかった。すげえ人たちがいたからそれをちょっと取り入れて学ぼうとなったわけです。

樋口:はいは、なるほど。

楊:西洋の四書五経みたいな感じだもんね。

深井:そうだね、四書五経とか。

楊:一番大事にするべきテキストという位置付け。

深井:大事にすべきテキストという位置付けだったんだと思う。ていう機運がその次が発生するんです。なぜそうなのかとかも是非みなさん考えてみて欲しい。これ答えないんで、こういう話を聞きながら自分で勉強しながら考えるというのがまさに歴史の醍醐味なんですけど。なぜギリシャではそこまでさっきみたいに思想が発展したんだけどここでは発展せずにそれを引き継ぐというところに集中したのか。非常に僕からしたら興味深いですけどね。

樋口:これ、答え出てるんですか、深井さんの中で。

深井:僕の中でですか。ええとね、文化なんだと思います、一言でいうと。

樋口:へえ。なるほど。

深井:自分たちで考えようと思っているのがデフォルトの人たちと違うことに興味があってこういう領域に関しては自分たちより進んでる人たちから取り入れようという人たちの文化の違いみたいなのがあるなと思います。ローマとかこのあと喋りますけど、ローマとかってのは建築とかにはすごい独自技術を、それも引き継いでる技術だけど持ってたりとか、統治技術とか元老院の社会システム構築技術みたいなのものすごく高かったりするんだけど、哲学のところってのはギリシャに頼りっきりだったりする。だから文化によって考える領域の得意不得意があるなってのを思っていて。ギリシャはたまたま哲学に適した条件が揃っていたということだと思います。ちなみにもう少し話すと哲学に適した条件てのは傾向があるなと思っていて。

樋口:あるんだ。

深井:まず、多文化が混じっている状態である。さっきソフィストは他所からきた人だって話をしましたけど、他所からいろんな人がきている状態であるということと、あとは暇だってことですね。平和で暇であるという状態が揃うとどうやら人間てのはそもそも人間とは何かみたいなことを考え始めるようです。

楊:確かにね。心が落ち着いてる時に空を見て空はなんで青いんだろうなと考える。お腹が空いてる時に空がなんで青いかなんて考えない。

深井:仰がない、まず。

樋口:授業中暇じゃないと俺の青春てなんだろって考えない。

深井:そうですね。

樋口:忙しい、受験勉強で忙しい時に青春について考えてられない。めっちゃ受けてる。

楊:ちょっと面白かった。

樋口:そう言うことかな。

深井:でも本当にその通りでそういう条件が揃った文明社会とかだと思考が先に進んで行くんだけどそうじゃないとそんなに進まない。これ、もう一回繰り返すけど僕がリベラルアーツが今世界に求められていると言ってるのは世界的にその環境が整っているからです。あらゆる人間の自分と違う考えをインターネットを通じて理解したりとか触れたりする機会があって、比較的みんなご飯を食べるのに困っていないという状況がある。そして時代が変遷しているという意味で外的要因がたくさんある。という状況でみんなが哲学的なことを考え始めるってのは再現性のある社会的現象だなと思っていて。そうなんです。

樋口:まさに今なんだ。

深井:今だと思いますね、僕は。

樋口:なるほど。

深井:ローマなんですけど、ローマの話しますね。ローマは初期の頃ってのはポリスができた頃は国家が教育に関わるということはなかった。だけれども共和制の時代、みんなで元老院作って集まって喋ろうぜって話であるとか、カエサルの回で言ったけど共和制の前は王政だったよね。

樋口:うん。

深井:王様がいた。その王様を追放してみんなで政治しようねって権力が偏らないようにしたのがローマでした。けれどもカエサルの登場によって結局帝政になって皇帝ができるようになったということをやりました。この共和制が始まった時代、みんなで治めようね、権力が偏らないようにしようねって言い始めた時代からやはり教育システムが確立されていく。これはすごく再現性がある、これも。

樋口:さっきの話。

深井:結局アテネと一緒ですよね。自分たちが政治の主体者である。ということは考えれる力が必要だ、ということは勉強しないといけないとなるわけです。

樋口:なるほど、一緒だ。

深井:けれども初等教育というのは私立学校だったそうです。だから国がお金を出してくれないということですね。ここで勉強してたのは主にラテン語とやっぱり算術、つまり言語と読み書きそろばんのことですよね。

樋口:やっぱ最初はそうなるんだな。

深井:必ず読み書きそろばんになりますね、国家教育をする時って。

楊:確かにね。あとあれだよね。カエサルの回でも多分話したと思うけど、自分の息子とかを元老院の議論の場に連れてきて見学させる、そういうこともやってた。

樋口:ふうん。

深井:やってたね、実践的なね。あとはラテン語に加えてギリシャ語というのを勉強するんです。これはなぜかというと先ほどのソフィストたちが考えた思想を取り入れるためで、ギリシャ語を通じて古典文明というものを取り入れるということをやっぱりやってた。古典文化、古典文学、古典文明というものを取り入れていこうと。ここでもやはりギリシャ語をラテン語に訳してラテン語を読むということをしてないんだよね。これももっかい説明するけど、なんで訳さないかという訳せないからなんです。言語というのは元々グラデーションがあるわけです。方言もあるし、四川語と北京語とかいうのも元々今でも方言なわけじゃないですか。だけどめちゃくちゃ違う、これが普通の世界。第一次世界大戦で説明したような国民国家が出てきて初めて標準語を設定したのでどれが標準語でみんながそれを学校で学んでみんなで意思疎通をとれるようにしようねってなってるだけ。それができる前ってのは意思疎通ができない。同じ帝国内にいても場所が違えば意思疎通ができないわけです。

楊:文字も違う。

深井:文字も違ったっりする。だから訳したとしてもみんなでそれを読めるわけでもないし、みんなでギリシャ語の方を勉強した方が早い訳です。あとはさっき言ったみたいに口語でラテン語を喋っててそのラテン語にギリシャ語に出てくるアレテーとかいうそういう思想的なイデアとかアレテーみたいなのに対応するやつ普段使わないじゃないですか。そういうまたいちいち作らないといけない、ラテン語の中に。そういうこともしない。だから言語が分かれていくんです。これ非常に面白いなと思います。

楊:昔の日本人が漢文を勉強するようなイメージ。

深井:そうだね、漢文を勉強するような。でも漢文訳してたりしてたと思う、ある程度。でもそっか。あまり訳してない、書き下しはしてたのかな。

楊:そうだね。書き下しはしてた。

深井:ということで、ローマもアテネと同じように哲人政治家といういわゆる哲学も修めた人を政治家として置くということを重視します。これは民主主義的だから、比較的。今の民主主義とはまた違いますよ。民主制だからですよね、この人たちは。

樋口:面白い。

深井:政治家ってのは教養がないといけないし人格を磨かないといけないという概念がある。

楊:面白いね、政治家に徳を求めるようになる。

深井:それはさっきも言いましたけど自分たちが主体者の時にこう言うことになると僕は思っているのと、あともう一つ傾向として思えるのは、これ僕も働きながらすごい思うんですけども、いろんなバックグラウンドの人に言うことを聞いてもらうという状況が発生した時に、何をキーポイントとして人は言うことを聞くかというと、やっぱり人格なんです。その人に対する信頼なんです。その人を信頼してれば言うことを聞いてくれるし信頼されてなければどんだけ正しいことを言っても言うことを人って聞かないんです。だから中国でも徳が大事、ローマでも徳が大事、ギリシャでも徳について言及しているのは言うことを聞いてもらわないといけない社会になったからじゃないかと思ってます。

樋口:はあ。

楊:だから日本も武士が出てくるじゃないですか。武士で武士団を率いる立場につかないといけない人が出てくる。彼らもその時に教養を勉強し始めた。腕力だけじゃみんな聞いてくれないんだと。ちゃんといろんな人とコミュニケーションして利益配分とかあとはトラブルを解決したりとか。そういったもっと高度な社会スキルが必要になる。

樋口:単純にカリスマ性とかね。憧れとか、愛とか、そっちになってくる。

深井:みんながご飯食べれてない時だったら強さとかだけで人って付いてくる。けどある程度満たされてそれ以上の生活をしたいとか、それ以上の社会が形成されると一旦なった時に人間がその人たちをどうやってまとめるかのキーポイントが多分信頼関係で。その信頼関係を築けてる人たちの共通点が何かを見て行くとやっぱり徳がある人だったって話だと思う。

樋口:はあ、なるほどね。

深井:それを徳と名付けてるという状態。

楊:なるほどね。

樋口:コストかかりそう、武力で抑えてると。反乱のリスクが。

深井:本当会社でもそう。結局信頼関係僕もすごい重視してますけど、メンバーとの。信頼関係がない状態でどんだけそれぞれ各々が仕事ができたとしてもまとまりもせんし口論で時間使ったりするし、納得しないままでやる気が出ずに時間が過ぎていったりする。

樋口:時間管理したりしないといけない。

深井:お互いが信頼してないからそうですね。管理コストもどんどんかかっていく。ちゃんとやってるかどうかも検査しないといけない。そういうのが法家的思想だよね。ちなみに中国の。また色々言い出して申し訳ないですけども。

樋口:中国の。法律の法ですね。

深井:法律の法に法家的思想はそっちの方で人を治めたらいいていってるんだけど。そのあとに漢帝国とかでも儒教が発達していってそっちで治めた方がいいとなるのは、比較的合理的なんだなと思います。結果的にコストが一番低いと思う、僕も。

楊:合意形成のコストを国家レベルで考えたら国家統治のフォーマットを何を選ぶかってのは非常に大事な観点なんです。中国とかだったら儒教とか、ヨーロッパとかだったら例えばキリスト教とか。どういうところ、どういうフォーマットを使って合意形成を図っていくかというのは一つの歴史を見るときの観点かもしれないですね。

樋口:なるほど。

深井:ということでローマとかもこういう哲人教育みたいなのをしてる。

樋口:はあ。面白いな。

深井:ギリシャのアテネもローマも自分たちが政治の主体者であってその政治の主体者が力で腕力でまとめてるわけでもないし人に自分を説得するにあたって言い負かすってのは良くないねとなったあとに何を拠り所にしたかというと、人格陶冶っていう人格を磨いていきましょうという感覚と教養を身につけましょうという感覚と哲学をちゃんと考えて世界の真理に迫っていきましょうという感覚がある人が政治家として優れてるんだという考えに至り、だから教育が必要なんだという考えに至って、彼らはそこを目指して教育をし始めていたということですね。

樋口:面白い。なんか一見武力のところから人格とか哲学の部分にいったらレベルが上がる、複雑になっている。それが人間が成長したかのように僕は最初捉えがちだったんですけど、人間が成長したっていうよりは社会が変容したからそれが必然的に必要になったから自然とせざるを得なくなったってことが、上下がないなってのが面白かったですね。

楊:一時期は上下があると考えられてたもんね。特に西洋の中で進歩主義。

深井:本当に社会の変容に我々がいかに司られているかということを常に僕は歴史から感じます。僕たちはいたちごっこなんですけど、社会の変容させてるのは我々の精神なんだけれども本当に相互に影響を受けあってる状態で規定されてる、社会に、やっぱり、ある程度。

樋口:規定されてるって感じですね、なんか。それが一番しっくりくるなと思いました。

深井:ポイントが伝わってることを願います。

樋口:はい。

深井:もう一回言いたいくらい、何度も言いたいくらい、ポイントを抑えないとただのファクトとして流れていっちゃう。ここでのポイントは古代のエジプトやシュメールの人たちとは質的に違うものがギリシャで生まれ、ローマでも生まれてますよ。そこは彼らの社会的な状況が違ったよねということが鍵だろうよってことを言ってます。その違ったというのは自分たちが主体的な政治家として政治に参与する人間と思ってるかどうかがおそらくキーポイントでしょうという話をしていますし、ここで世界に付いて考え直すと言う現象が起こったのは外的要因であるペルシャが攻めてくるみたいな自分たちを驚かすような事実があった、今までのものが崩壊していくという感覚があったということと、同時に彼らが基本的には暇だったということが影響してるんじゃないかということを言ってます。そういうことだと、これは僕の私見なので、それが本に書いてあったわけじゃないです。本に書いてあったのはこのファクトです。

樋口:ですね。いやあ、もうシャープ2にして熱弁が40分続いてます。

深井:やばいよ、帰れない今日。

樋口:もうちょっと頑張りましょう。ということで。

深井:次キリスト教社会でこれがローマが滅んだ後どうなって行くのかですね。

樋口:ですね。じゃあ今日はこんな感じですかね、ありがとうございました。

楊:はい。

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