#190 戦国三英傑・織田信長の型破りな出自 〜織田パパ秀の栄枯盛衰〜

【今回の内容】
傍流だった織田信長の家系/優秀だった父、織田信秀/人質に取られる松平元康、のちの名は……/実力でのし上がる斎藤道三/周りは敵だらけ父信秀の苦労/織田信長誕生!/若い頃は「うつけ」だった?/部下が自害した本当の理由は/こわい義父との対面、信長のとった驚きの行動/実の息子に討たれた斎藤道三

樋口:はい、ということでございまして、ついに信長さんご登場でございます。

深井:やっと信長さんきましたね。ちょっと生まれる前くらいからやります。信長が生まれる頃です、彼は尾張というところの人なんですけども、尾張ってところの守護を誰がやってたかというと、名門斯波家。

楊:前出て来た。

深井:これは管領という職種、ナンバー2によく就いてたという人たちの家です。

樋口:これ、尾張って今の何県のところにあるんですか。

深井:愛知県の西の方ですね。

樋口:はあはあ、なるほど。

深井:尾張というのがあって、この尾張の守護代が実質治めてて、中央に行ってたのが斯波家だよね、斯波氏が中央に行って、実質守護代として治めてたのが織田氏だった。もともと尾張の守護代というのは斯波氏の家宰と呼ばれる。家宰というのは家のことを取り仕切ってくれる人なんですけどね、この人は甲斐さんという人だった、甲斐武田の甲斐ですよね。地名の甲斐氏が務めてたんだけど、その中でもその家来の中の一人である織田さんが実力つけていって、結果的に織田さんに守護代が代わっていっていた。そして織田家で世襲するようになったわけです。この織田さんというのも実はめちゃくちゃたくさんいろんな織田さんがいる。

楊:家が、織田家がいくつかある。

深井:分かれてる。分かれてしかも力を失いつつあった。この正統な織田さんといったら他の人に失礼ですけど、本家みたいなのが織田伊勢守家という。傍流に織田大和守家というのがある。信長が生まれたのは織田弾正の忠家という織田大和守家の家臣であり分家である家柄なんです。だから織田家の守護代である織田家の傍流の傍流の家来みたいな。傍流の傍流の家来というか傍流の傍流であり家来でもある。みたいな感じ。

樋口:なるほど。

楊:家の地位としては低い。

深井:最低とかではない。秀吉とかと比べたら全然高い。少なくとも守護とかと比べたら全然なわけです。織田弾正の忠家、弾正の忠の漢字一応紹介しとくと、銃弾の弾に正しいという字に忠義の忠で弾正の忠と言います。この織田家は平清盛がルーツだと彼らは言ってる、嘘なんですけどね。

楊:まあ自称。

樋口:嘘。

深井:自称。みんなこうやって自称してます。

楊:自分の家柄のブランディングをつけるために。本気で信じてた人いると思いますけど。

深井:史実ではそんな昔まで遡れないので嘘だろうと思われてるわけです。斯波氏というのが尾張の守護をやるってなったときに織田氏も一緒に尾張に移ったんじゃないかと言われてます。残ってないけどそうだろう。織田信長が生まれる前に信長の代でめちゃくちゃ強くなったわけじゃなくて、実はお父さんの信秀さんというのがいる。パパ秀ともいう。

樋口:パパ秀。

深井:僕たちパパ秀と呼んでます、コテンの中では。パパ秀が結構強かった。

樋口:パパ秀でいくんですね。

楊:もうフィリッポス2世みたいな。

深井:アレクサンドロスのフィリッポス2世の関係みたい。

楊:お父さんがしっかりと頑張った部分があってそれを織田信長が引き継いだというのはあります。だから完全に織田信長も現役のときすごい頑張ってライジングしたんですけど、その基礎としてはお父さん、あと祖父、祖父からの積み重ねがあったのは確か。

樋口:うんうん。

深井:おじいさんは信定さんというんですけどパパ秀と。なんていうんですかね、実際信長が家督継いだ時めっちゃ大変な時だったんですけど、信秀すごい頑張ってて、同じ織田家同士でも戦ったりする、戦国時代だから織田家同士でも戦ったりするけど中国の兵法を勉強してる。これ多分みんな勉強してるある程度。

楊:一般教養として。ちょっと加えると前の回とかサポーター特典で鎌倉武士は漢字が読めないとか書けないとか殺し合いばっかりしてると言ったと思うけど、やっぱり武士も武士で一国を統治する立場、統治しないといけないポジションになってくるとちゃんと自分たちも文化とか人文学とか人文学は今の言い方だけどちゃんと勉強しないといけないなというニーズが出てくる。そこで中国の古典とか儒教とかも勉強したとか。寺内とか文字を漢字を勉強したりとか。あとは老子、中国の古典の老子とかを勉強したりとか。いろいろ勉強を始めたのが武士が力を持っていって統治をするようになってからの一つのトレンドです。

樋口:やっぱ腕っ節強いだけじゃ統治できなかった。勉強が大事なんですね。

深井:織田大和守家という傍流、守護代である織田伊勢守家の傍流の織田大和守家の家来として権勢を、そこの家来なんだけど、有力な家来として台頭し始める。特におじいさんの代に津島という港を抑えたらしい。その港が収入源になってそこそこ裕福な感じでそれが強みになってどんどん上に登っていったみたいなんです。この信秀の時代もすでに戦国時代ですのでみんな敵なわけ、敵味方入り混じってる、いろんなところに敵がいてそれぞれの領地を守るために敵を攻撃する状況が起こってる。みんなしっちゃかめっちゃかなんです。自分とこもしっちゃかめっちゃかだし隣の三河とか、これ愛知県の西の方、美濃、岐阜の方とかもしっちゃかめっちゃかなんです。三河の方は三河という土地名ですけど、地名なんですけど松平氏という人がいる、松平さんという人がいます。この人たちが内部で対立して、この人たちも、内部で対立してる時に助けを信秀に求めたりする。こういうことってめちゃくちゃよくあって、自分たちだけで収まらない時によその人と同盟して一緒に倒しませんかといって。

楊:軍事同盟ね。

樋口:うんうん。

深井:軍事同盟結ぶみたいなことすごくよくある。この時も松平氏から内部対立してる松平氏の一派から信秀が誘われて実際に信秀と一緒に戦う、信秀の傘下に松平氏が入るみたいなことが起こったりする。この時に同盟関係の保証人として人質になった人がいる。この今川義元の人質にもなったんですけど、松平元康という人がいる。これは樋口さんも知ってるめちゃくちゃ有名な人です。

樋口:へ。は。

深井:これが徳川家康さんです。

樋口:おお。知ってます。

深井:松平元康さんという、本当は。本当はというかもともと。

樋口:へえ。

楊:まだこの時子供。

深井:子供。

樋口:へえ。こんな時に出てくるんだ。

深井:一方で美濃というとことには斎藤道三と呼ばれる前回のプレイヤーが整ったよと言った時になんでもないところから出て来たやつがいるよといった、あのマムシの斎藤道三と呼ばれてる、めちゃめちゃ人を騙したりとかしながら上にのし上がって守護家を奪い取っちゃった人がいる、本当に出自のわからない、よくわからないところから守護家を奪い取るところまで実力だけでやって来た人がいて、この人が美濃にいて三河とも戦ってて。最初の方はすごく有利に信秀ってのは進めていって、権勢を誇っていってお金もけっこう持っているし尾張の中でも旗頭みたいな感じの地位に登りつめていくんです。伊勢神宮の式年遷宮の費用とか出したりとかして。

楊:関係も築いて。

樋口:いいね。

深井:ボス感出す。おれボスだよみたいなところも出して。もちろんまだ誰かの家臣です、全然。

楊:ただ経済力は信秀の時代には守護代よりも経済力を持ってたんじゃないかという説もあります。経済力があるということは軍事動員できるということですから。

深井:ただ斎藤道三に大負けしちゃうんです。

樋口:斎藤道三何者だ。

深井:この人は油売りをしていたと言われている。松波庄五郎という人だった、斎藤道三てもともと。斎藤家というのは美濃の守護代の家だったんだけどそれを奪い取って自分が斎藤になっちゃうんです。ていう人でやばい人なんですけどすごい人なんです。結果的には美濃の斎藤道三に負けてしまうことによってこれを契機に凋落していっちゃうんです、信秀が。美濃は守護家と守護代家が戦ってた、まさに下剋上の世界。守護家と守護代家が戦っていて当時の美濃の守護代が斎藤道三だった、これももともと乗っ取ってる人なんですけど、斎藤道三だった。守護が土岐頼武という人だった、これ覚えなくていいけどね。斎藤道三は土岐頼武の弟の土岐頼芸という人を守護に立てて、美濃国を一つにまとめ上げようとしてた。自分が擁立したやつに入れ替えようとしていた。

樋口:なるほど。

深井:それが嫌なので元々の守護である土岐頼武の方が織田信秀、パパ秀に頼って美濃守護に返り咲きたいという話をする。これを受けて信秀もよしじゃあやったろうって朝倉氏とかとも協力して斎藤道三の居城である稲葉山城というのがあるけどそこに攻めていく。稲葉山城ってめっちゃ守りが固いんです。これで大負けしちゃうんです。斎藤道三に。

樋口:はい。

深井:信秀の弟の信康とかね、自分の重臣とかもいっぱい戦死してしまってこれによって権力均衡が崩れてしまう。さらには三河方面でそこそこ上手くいってたのが今川義元という有力なちょう有名な大名がいるんですけど、この今川義元にも負け始めちゃうんです。

樋口:あれ。

深井:それで三河にも美濃の方にもどっちともにも不利な戦況になってやばい状態になっていくわけです。これは二人とも敵に回したら相当危ないなということで斎藤道三と和睦の可能性を模索していきます。

楊:そうだよね。

深井:当時斎藤道三も国内に結構不安を抱えてたのでこの和睦には応じてくれるんです。この和睦の証として斎藤道三の娘に帰蝶、帰る蝶々と書いて帰蝶、これ濃姫と呼ぶんですけど、この濃姫を信長に嫁がせるということで和睦が成立する。

樋口:なるほど。

深井:一旦滅びるレベルまでにはいかないんだけど、こうやって威信が凋落してしまったことによってこの後は全然ぱっとしないです、信秀というのは。美濃でも三河方面でも勢力を失ってしまって、織田弾正の忠家は厳しい立場に追い込まれていくわけです。

楊:その自分の親父の成り上がっていく様と最後は最後にぱっとしない様を信長は見てるんです。

樋口:見てたんですね。

深井:この後信秀さんというのは病気にかかっちゃって亡くなってしまう。この時期に信長は同時に生まれて育ってるわけです。信長の話やっと初めて今信長がちゃんと生まれます、ここで。

樋口:来た。

深井:信長の幼少期ってハードモードなんですけど、1534年生まれ。

樋口:ハッピーバースデー。

深井:エリザベスとかとまじで同時期に生まれてます。

樋口:そうかそうか。

深井:幼名を吉報師といいます。これ、信長の嫡男として生まれます。一応お兄さんいるんですけど、お兄さんは腹違いのお兄さんでみんな正室の子供ではない。正室の長男がおそらく信長だといわれてる、それで嫡男として生まれます。11歳の頃には那古野城という城を譲られます。

樋口:え、11歳で。

深井:11歳で。11歳で那古野城を譲られて、4人の家老が付けられます。この4人の家老、全然覚えなくていいんだけど、林秀貞という人と平手政秀という人とですね、青山秀勝という人ですね、あとは内藤勝介という家老を付けられて、11歳の時点でそういう家老の側近みたいなのを付けられて。

楊:仕事しないといけない。

深井:仕事ばりばりで責任もった仕事をしないといけない。

樋口:大変だ。

深井:13歳で元服して三郎信長という名前になるんです。三郎ってのは父信秀も名乗ってたのでこれで嫡男だということが分かるみたいですけど。

樋口:へえ。

深井:同じ母親から生まれた兄弟というのもいて、弟に信勝、信行とも言われたりするけど弟もおる。初陣が13歳の次の年、元服13歳でしたその次の年、14歳頃にはすでに初陣で。

楊:戦場に立って。

深井:家老の平手政秀が差配を担当したらしい、戦場に出てます。

樋口:すごいね。

楊:この平手さんは家老の中でもかなり有力な人で。財務担当してた。

深井:16歳のころにはすでにお父さんの信秀と共に弾正の忠家の運営に参与してるみたいなんです。

樋口:高一とか。

深井:この頃がさっき言った信秀が負けて不利になってきて、非常に苦しい状態なんです。なので信長が16歳の時にさっきの政略結婚である斎藤道三の娘との濃姫との結婚がここで行われるわけです。ちょうど苦しくなって和睦結ばなくいけなくなった頃がちょうど思春期がその頃ですよね。当時の大人なんですけど。16から18歳の頃が、うつけと呼ばれてる時代。バカだと言われてる時代。ただ彼は特にこれといった遊びに耽ることもなく。

楊:真面目だよね。

深井:馬術を朝夕稽古していたと言われてます。

楊:あと、鉄砲の稽古もしてました。

樋口:へえ。

深井:春から夏にかけてはずっと水練といって泳ぎの練習をしてたらしいです。ただ出で立ち、服装すごい変わっていて、浴衣を半分袖はずして脱いで、踝まで丈を上げてじゃらじゃらいろんな火打石の袋とかたくさんばんばん腰に付けて朱鞘といわれる鞘で大刀を持って帯刀して、それで髪は茶筅髷といってピンて天井に向かって伸びてる丁髷あるじゃないですか、結んでる。よくドラマだと信長がやってるやつ、茶筅髷ってやってそれをさらに赤い色の糸とかで巻いたりして。当時めちゃくちゃ変わった格好だったみたいです。

楊:シャアアズナブルみたいなね。おれ専用機赤だ。

樋口:でもおしゃれだったんですかね。

深井:どうなんですかね。

樋口:おしゃれか変人かどっちか。

楊:僕はただ単に今時の高校生がタバコ吸ったり腰パンやったりしたやんちゃだっただけだと思います。

深井:町中を歩き回りながら栗や柿、瓜などを齧り食い、立ったまま餅を食ったと書いてあった。当時はしたないと思われるようなことをしたわけです。

楊:立ったまま餅食うのと、後々確か桶狭間の時も立ったまま茶漬け食ってた。

深井:飯食ってた。行儀がちょっと悪い。

楊:割と武士も武士でみんな行儀わるい。

深井:これをうつけと呼ばれるんだけど、このなんでうつけと呼ばれるようなことをしてたかは正直わからない。わからないけどこの時期ってのはちょうどお父さんが病に伏して倒れててしかも織田弾正の忠家が危ない状況に置かれてる時期と一致するのは一致してる。だから色々ストレスはかかってた。

楊:グレてたかもしれない。

樋口:ヤンキー。

深井:グレてもしょうがない、この人の場合。

樋口:まあね。

深井:父が病気じゃないですか。子供といってもまだ若い、なんだかんだ16歳だから。弟と一緒に共同で国家運営するみたいな形になってたみたいです、この時は。弟の信勝とか言われる人、この人と共同運営をしていて、これが後々家督争いにつながっていく、弟とも殺し合いの喧嘩することになる、この人は。お父さんが病気なのでそういうような状況になっていく、弟と共同運営みたいな形になっていく。ついに42歳の時にお父さんが亡くなっちゃって、信長19歳くらいの時です。

楊:42歳にしても当時にしても若い方です。

深井:これはなんですかね、エピソードで残ってるのが葬式の時にめちゃくちゃ態度が悪かったってことでエピソードに残ってる、信長のうつけのエピソードとして残ってるわけです。周りの人も信長は大バカ者だなと言い始めたりして。これで織田家は終わりだみたいな、大変状況だった。

楊:で、後継がこんな感じだから大丈夫なのか。

樋口:そうなるわな。

深井:というふうに言われてたけど彼が一番すごかった。家老の平手政秀さん、この翌年に自害するんです。切腹するんです。

樋口:え。

深井:これ、通説ではうつけである信長を叱責するという、気づいて欲しくて切腹したみたいなことを言われたりするけど、どうやらそういうわけじゃないとも言われてます。これもわからないです。わからないけどそうじゃないだろうと言われていて、信長よりも20歳くらい年長ですごいしっかりした人で初陣の差配もこの平手政秀さんがやってるんですけど、お父さんが死んだ一年後くらいに自殺をしてしまう。どうやらうつけを改めるための自殺という意味ではなくて、政秀の、平手政秀の息子と信長が仲が悪くなったのを解決するために自殺したという説がある。俺が死ぬから仲良くしてくれという意味です。

樋口:すご。

楊:ヤクザ同士の争いを収めるために俺が指つめるからみたいな。俺の顔を立てて収めてくれよ。

樋口:すげえな。

楊:わからないですよ、本当のことは。

深井:馬を巡って足の速い馬を信長が欲しいと言ったみたいで、そしたら息子の平手、あの政秀の息子が五郎右衛門という、この五郎右衛門さんがにべもなくはねつけたらしい、嫌だって。

楊:その馬が五郎右衛門の馬だったってこと。

深井:そう、五郎右衛門の馬を信長が欲しいって。五郎右衛門が、五郎右衛門もすごい強情な性格らしくて、これを平手政秀が見て、やべ、このまま信長に嫌われたら相当やばいとなって自殺したんじゃないかって言われてる。

樋口:すごいな、自分の命よりもそっちを選んだ。

深井:家が大事なんです、やっぱ。

楊:息子を助けるためでもあったと思います。

樋口:すげ。なるほど。

深井:はい。

樋口:うん。

深井:という状態になります。状態になりますというか、そういうことも起こったりするけどうつけと言われてる。このうつけと言われた信長が見直されるという事件が起こります。これは斎藤道三、マムシの斎藤道三と呼ばれる美濃一国を治めている人がいる、この娘と結婚してるわけなんですけど、娘と結婚してるとはいえ別に会ったことがあるわけじゃなかったんです。けど、20歳の頃に会おうという話になった。斎藤道三から会見したいという要請があった。戦国大名同士が直接対面するというのはかなり珍しいこと。

楊:そう。国の首相と大統領が会うみたいな感じ。

深井:普通しない、この当時は普通それをしないんです。なんで、なかなかすごいことなんですけど、会いたいと、一応同盟関係にあるし会いたいと言った。これは斎藤道三が信長がどんな、家督を相続した信長がどんな人間かをちゃんと理解しようとしたと言われてるけど、本当のことはわからないです。

樋口:はいはい。

深井:対面当日のエピソードが残ってるんですけど、斎藤道三の計画では信長は実直ではないという噂があるから、驚かせて笑ってやろうと思った。7-800人くらいのすごい身ぎれいに身支度させた人たちを会見場所に並べて信長が通るように準備をした。信長はたぶんうつけの格好で来るからお前はちゃんとしてないなあ。

楊:恥かかせてやろう。

深井:恥かかせてやろうと。

樋口:はい。

深井:思ってた。それで身ぎれいな人たちを並べている場所と違う場所でそこに行く前の信長を観察するために斎藤道三が小屋に隠れて信長の行列を覗いたんだって。そしたら案の定信長がすげえ変な格好してる。さっき言ったよな変な格好をしてる。お供のものを7〜800人くらい信長の方も並べて歩いてるわけです。けれども実際に会見場所に着いて、出てきた信長ってのはめちゃくちゃ整然として正装で出てきた。

樋口:着替えた。

深井:着替えたらしい。

樋口:へえ。

深井:しかもその時の最新兵器であった鉄砲を500丁も持って武装した状態で出てきて。行進とかもめっちゃ整然とした状態で出てきたらしい。

樋口:へえ。

深井:だから予想と全然違うくらいちょうしっかりした状態で出てきちゃって、それで斎藤道三が思ったのは、あ、こんなに整然と軍隊を並べたりとか行進させることができる信長の軍事指揮官としての能力ってのはかなり高いであろうと判断したらしいです。

樋口:へえ。

楊:だからちゃんと武士してるんです。

樋口:これはなんか気持ちいエピソードですね。

深井:けれどもこの時期ってのはめちゃくちゃさっき言ったように織田家ってのは不安定な状況でしたよね。その不安定な状況の中で斎藤道三と会見をして、一応信頼関係が芽生える。実際どれくらい信頼をお互いしてたかは正直わからないけど、この後のアクションを見てるとお互い絶対に裏切ってないし、助けに行ったりしてるから、お互い。すごくいい関係を築けた。この時お互い一国を治めるものとして認めあったってことだと思う、この会見を通じて。そういう関係性を築くことができる。これってのは信長にとってすごく大事なことで彼は後ろ盾がいない状態だった、当時。周りが敵だらけで家の存続が危ぶまれるような不安定な状態の中で同盟としては斎藤道三がいるだけである。その斎藤道三もどちらかというと信頼できるタイプじゃない。

楊:ずっと人を裏切ってるし。

深井:ただその斎藤道三とある意味その会見の中で信頼関係を、わからないですよ、本当のところはわからないけど信頼関係を結ぶことができて、その後ろ盾があるよということは自分の家臣の人たちに謀反を起こさせないためにも実はすごい機能したんだって。

樋口:ふうん。なるほど。

深井:信長の後ろには斎藤道三がいるから、もし信長を倒して自分が入れ替わったりして追放したりしたとしても斎藤道三が出てきちゃうぞとうことはみんな意識しちゃう。それは他の大名もそう。それはすごくいい抑えとして効いていたんですが、この斎藤道三が信長が22歳の時に斎藤道三の息子に殺されるんです。

樋口:ええ、息子に。

深井:はい。

樋口:ええ。

深井:これによって信長は斎藤道三からの支援も失うことになった。

樋口:あら。

深井:上に斎藤道三の息子とは対立をするので完全に孤立状態になっていく。

樋口:ありゃ。

深井:その孤立した状態の中信長は弟の信勝との対立して行くんです。

樋口:もうずっと対立だ。

楊:そうですね。当時の武士の権力構造ていうと説明した方がいいかなと思ってて。織田信長って一応織田家のトップじゃないですか。でも別に中国の皇帝とかヨーロッパの絶対君主みたいな権力はないんです。基本日本の中世の武家社会の武家の家の構造ていうのは家臣とか家中の下の者たちの合意形成の上にやっと君主があるという状態なんです。なので、上の当主というのは一人でなにか物事を決めて動くのは絶対に許されないんです。もちろんそういうふうに強行する人もいるけどそれがあまりにも家臣たちの意向に反してしまうならば家臣たちは謀反を起こすこともあれば逆に押し込めといって強制的に当主を隠居させる、監禁するということが普通に認められてるんです。

樋口:はいはいはい。

楊:価値観としてはそういう緊張感のある状態なんです。家臣だからといってなんでもお前これやれあれやれって絶対できない。全部ちゃんと合意形成した上でうちの家はこういう政策をとりましょうとかああいう政策をとりましょうかということじゃないといけないんです。そこが普通の中国とかの君主と日本のような武家の社会の君主の違いです。基本的に合意形成が絶対不可欠。

深井:その中で信長は実は合意形成をしなくてもいい家臣団を作って行く、この後。それが彼の強みの一つ。という感じでこの時点まででは信長ってのはお父さんも亡くなっちゃって自分の家老も自害しちゃって、自分の後ろ盾だった斎藤道三も息子に殺されちゃって孤立して弟と家督争いみたいなのが発展しちゃう。なんで弟と家督争いが発展するかといったらお父さんが病気の時に弟と共同統治みたいなことしてた。あれもあって弟を擁立したほうがいいんじゃないかという勢力もいたし、信長はうつけな行動をとるのでまだ信頼されてなかった。彼の実力は何も証明されてない状態だったんです。それもあってすっごい孤立した状態になった。

樋口:ふうん。

楊:なので今の状況深井くんが説明した状況もわかる通りまだそんな全国にうって出て戦国大名になってやるぜっていうレベルでは全然ないです。

深井:全くない。

楊:そもそも地元でさへ、自分の家さへ固まってない状態。

樋口:そうですよね。

深井:次回はこの状態からどんどんライジングしていく様を伝えたいと思います。

樋口:だって、この時点でまだ年齢でいうとハタチそこそこですよね。

楊:そうですね。

深井:22くらい。

楊:いつ失脚して殺されてもおかしくない状態です。

樋口:すげえな、だって11でいきなり城任されて、なんやかんやあって。

楊:ある意味織田信長だけじゃない、このシチュエーションに陥ったのは。

深井:まあ、この時代はみんな早い。

樋口:そうか。

楊:みんな若い時からこういう自分が生きるための行動をとらないといけない状況だったと思います、武士は。

樋口:義務教育も受けてない状態でいきなり城をやれっていわれて。すごい。

楊:自分よりも年上の家臣を統率してやらないといけない。

深井:そうだよね。

樋口:全員敵ですよ。

楊:そうそうそう。

深井:全員敵。

楊:まだなんにも実績ないし若いから舐められる。

樋口:ううん。でもちゃんとその状態で軍隊をばんと整列させてということもやったりとかして。でも優秀なイメージがありますよね、そのエピソードだけでも。

深井:まだ何もしてない。この後です、優秀になっていくというか、優秀エピソードというか。やばいのは。

樋口:ということで信長がどうなっていくのか。続きは次回ですね。

楊:はい。

深井:はい。

樋口:ありがとうございました。

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