#187 「武士の武士による武士の為の政治を!」日本初の武家政権 鎌倉幕府

【今回の内容】
前九年、後三年の役/源頼義登場!御恩と奉公/主君への忠義、封建制度/源平合戦!東西武士の大激突/朝廷に認められる源家/守護と地頭/武士と朝廷が大ゲンカ、承久の乱/お家の役割がお国の役割に/武家政権、鎌倉幕府誕生!/全土に広がる支配範囲

樋口:はい、前回までは武士についてお聞きしたんですけども、続きでございます。

深井:はい。鎌倉幕府誕生までの流れみたいなのも今日伝えていきたいんです。在地領主と呼ばれる、在地って存在の在に土地の地に領主で在地領主なんです、今さらですけど。各国でキングダムみたいな王国を作っていったんだよという話をしました。今度のステップはこの在地領主同士が上下関係を築き始めていく、この次のステップとして。そこで封建関係と呼ばれるご恩と奉公の世界を作っていく。具体的にいうときっかけとしては前九年後三年の役というのが1051年から起きるんです。鎌倉幕府の前ですよね。これが東北で簡単にいうと東北の在地領主同士が争うわけです。これを仲裁するために朝廷から一人の将軍が派遣されます。この人の名前が源頼義。

樋口:出た、源。

深井:はい。これ頼朝の鎌倉幕府を作った源頼朝の5代前の人ですね。この人が仲裁に行くんだけど、仲裁がうまくいかないので全員倒すことにする。

樋口:すげえ、めちゃくちゃ。裁判官がもういいっていって裁判官が。

深井:おらっていって。それも武士ぽいですよね。坂東って関東のことです、ほぼニヤリイコール関東、この坂東の在地領主というのをその時に集めて連れていったんです。これなんでかというと、東北に連れていった、なんでかっていうと足りなかった、武力が、端的にいうと。足りなかったので源頼義は将軍的な立ち位置に任命されて中央から派遣されたものの心もとなかったので自分の私的関係性、自分の個人的な関係性を生かしながら中央勢力プラスアルファの兵力を持って行くことにする。

樋口:武力を強化した。

深井:強化するんです。この時に誰をつれていったかとうと、この坂東とか板東と呼ばれるところの在地領主の人たち、いわゆる武士の人たちを連れて行って、インセンティブ、報酬としてその代わりに官位をあげましょう、役職を朝廷からの役職をあげるんで君たち働きなさいという話をする。これは結構画期的なことなんです。役職をあげるから働きなさいということを言うというのがまさに封建関係の成立なんです。

樋口:気づいた、ナチュラルに。

深井:ナチュラルにお前にこれをあげるから私のために働きなさい、そしてこの土地を保証しますということを言い始めることになる、ここで。もともとは私的関係なんです、これは公的なパブリックな関係性とか表立っての関係性ではなくてとりあえず俺に着いてきたらいいことあるぜって連れていたわけです。これが源氏というのが武家の頭領になる前例になっていくわけ、前提条件になっていくわけです。

楊:今まで朝廷と何にも関係がない普通の在地領主が朝廷とパイプができた、朝廷の中にある意味食い込むまでは言わないけど繋がりができたってこと。

樋口:なるほど、はいはいはい。

深井:いろんなことがこれは言えるんですけど、例えば墾田永年私財の法以降に私営田を拡大して行った人たちが力はつけていたものの公的に認められてる力ではないわけです、その人たちってのは。ただ実力がありますという状態なんだけどこの人たちが認められていくみたいなことも生まれていくんですけど。いわゆる私的関係で互いにウインウイン状態を作るということがここで成功しちゃうわけです。

樋口:うええ、なるほど。

深井:ここで、これも日本史の教科書によく出てくる御恩と奉公という形がここで芽生え始めるわけです。ご恩というのはいわゆる領土を保証してあげるということです。在地領主に対してあなたが治めている土地はここだよということをちゃんと保証したりする。その代わりに奉公というのは命をかけて将軍のために働きますということを言ってるわけです。

楊:これは鎌倉幕府が成立する前からそういった流れが出てきてる。

樋口:なるほど。

深井:部下からは板東の頭領としての捉えられ方をしていくわけです。私的関係が出来上がるということがここでポイントなんです。ようは権力構造、中央権力構造から外れた新しい御恩と奉公の関係ができてきちゃってるのが幕府の萌芽なんだよね、これが。この後武士の頭領的な立ち位置としての源氏です、源氏というのと、あと、もう一人いる、平氏がいる。この人たちは経済力がすごかった。どっちかというと平氏というのは中央政権に近づいていって朝廷にめちゃくちゃ接近していく、この人たちは。武士上がりから朝廷に近づいて行くって感じ。源氏ってのはどっちかというと武士のまま。

楊:在野からライジングしてきた。

樋口:はいはい。

深井:ざっくり言うとずっと武士している。この人たちは中央政治に近づくというよりは中央政治から分離していくみたいな感じなんですけど。この人たちが戦いますよね、こういうところのディテール話し始めると本気で終わらないので、このへんはばんばん飛ばしますけど、源平合戦というのをします。

樋口:出た出た。

深井:すっごいざっくり言うと西日本対東日本みたいな感じで武士同士で戦う、ざっくりいうと。本当は平氏でも東日本の人もいれば源氏でも西日本の人もいるんですけど。そういうふうに戦っていきます。繰り返しますけど、この時に平氏とか源氏とかの武家の頭領みたいな、武家の頭領は源氏なんだけどね、どういう存在なのかというと、これが後々の幕府の役割とほぼイコールになっていくんだけど、先ずは第一義的には本領安堵と呼ばれるこの土地はあながた治めていてもいいよということを言ってくれる人です。

楊:おれの名前でこの土地はお前のものだと保証してやるよ。

樋口:はいはいはい。

深井:これが板東武者にとって何故大事だったかっていうと、もともと墾田永年私財の法は一応中央から認められてるはず。だけれども中央勢力ってのがどんどん弱くなって行くとやっぱりそれを無視する人が出てくるわけです。

楊:結局自分で自分の財産を守らないといけない。

深井:守らないといけなくなって行くわけです。それを改めて実力のある人に安堵してもらうというか、ここはあなたの土地だよね、もしそれを侵す奴が出てきたらみんなで倒してあげるよと言う人が出てくるってのはめちゃくちゃ大切なことなんです。これが一番大切。もう一つはトラブルが武士同士で起こった時に仲介をしてくれるんです。だからボスなんだよね、本当に、単純にボスなんです。

楊:トラブルを仲裁するってことは仲裁する人がそもそも力が強くないとできない行為なんです。仲裁って。

深井:そうそう。もともとこれは国家にやってほしい、朝廷がやってくれたらベストなんだけど、その力がないわけです、朝廷に。特に板東は辺境の地だからどうにもならない、朝廷からしても。西日本が日本だからね、この時期。基本的に。そういうことをやってくれます、ボスとしては。そのかわりに家来である武士たちってのは頭領のために死ぬ気で戦います。ある意味すごくシンプルな奴なんです。

樋口:わかりやすい、ここは。

深井:この頭領の傘下の武士のことを御家人と呼ぶわけです。

樋口:はい。

深井:はい。

樋口:はい。

深井:御家人という言葉は時代劇とかでもよく出てくると思いますけど。

樋口:聞きますね。

深井:この源平合戦の中で源氏が勝ちます、源の方が。源頼朝が実質的な権力を握っていきます。これがどういう権力握って行ったかが大事。これが幕府とは何かということを説明するキーポイントになるんです。端的に言うと軍事権と警察権の任命をやってもいいよという許可を得るのが始まりなんです。それだけなんです、逆に言ったら。

樋口:ほお。

深井:今の日本国憲法とかでなくても日本国の権力の中だとすごく一部、警察権と軍事権を司ってる防衛省は。ああいうのってごく一部じゃないですか。なんで、意外と幕府が持ってる権限はすごく一部だったり実際はする。

樋口:これ認めたのは朝廷。

深井:もちろんです。朝廷しかそういうの認めたり渡したりとかできないので、朝廷が武家の頭領である源頼朝の将軍家ってのは軍事とか警察権の任命をやってもいいよって許可するってことが起こるんです。

楊:権力の分配というか、が起こる。

樋口:なるほど。

深井:そうそうそう。この軍事警察権の任命をやってもいいよということを将軍に言ったってのはもう少し具体的な役職名でいくと守護と地頭ってある。守護って本当に守に護と書いて守護です。地頭ってのは地面の地に頭と書いて地頭。この守護と地頭を任命する権利をあげるよということを朝廷が源頼朝に与えることになります。それの全国の警察権ですね、これは。守護ってのは警察みたいなものなんです。全国の警察を任命してもいいよ。例えば謀反を起こしたときに謀反人の発生を予防したりとか発生したら討伐したり、凶悪犯を捕まえたりとか。

楊:治安維持だね。

深井:そうだね、治安を維持したりだとか、警察ですよね。というのをやる。守護と地頭の違いが何かってのは細かく説明するとかなり複雑だったんだけれども、一旦シンプルに誤解を恐れずに伝えると、本当は誤謬があるんですけど、守護がエリアが広い、管轄地域が結構広いです、だから県知事みたいな感じ。

樋口:今で言うところの。

深井:今で言うところの。さっき警察権といったから本当は違うんだけど、県知事みたいなのを一回想像してください。地頭ってのは市長みたいな感じ。こんな感じでまずエリアが全然違います。守護ってのは原則的に各国に当時の国なんで今の都道府県みたいに考えてください。だから県知事って言ってるんですけど。一人ずつ置かれて謀反がおきた時に在地領主の人たちを集めて、将軍の家来の御家人であり在地領主を集めて事態を収拾していいよということを権力として認められてる人です。この収拾していいよという権力が実はめちゃめちゃ強いってことです。つまりこれは軍事権を持ってるってことですね。

樋口:そういうことだね。人を動かせる。

深井:その土地にいる軍事権を動かすことができるということになります。これが守護です。これが後々に戦国大名になって行く人たちの中で守護から大名になった人たちってのがいます。地頭、さっきいった市長みたいな人が管轄領域が守護よりは狭いんだけども税金の徴収権があったりする。あとは守護と同じく謀反とか凶悪犯罪者とかを防ぐというのが役割であったりします。後は大きい違いでいくと軍事動員権はない。

楊:地頭にはない。

深井:地頭には守護のような御家人を糾合して集めて戦うみたいなことはできない。この後戦国の話しをだいぶ後にする、した時にみんなが守護を倒して自分がなり変わろうとするんです。なんでそれをしないといけなかったのかの行動原理がここで説明できる。守護というのは正式に軍隊を集める権利を持ってるんです。だからこの権利に自分を置き換えて戦うというのが正式に認められた状態になるのでその権力を奪いにいくってのが下剋上の中で起こって行くわけです。

樋口:はあ、なるほど。

深井:これを知らないと、だから守護と地頭が何なのかわからないとなんでこの人がこの人を殺したのかがよく分からない。なんか殺したんだなということはわかるけど、何故リスクを侵して殺しにいくのかがわからないけど、軍事動員権の正式な権利を獲得するためですね。ということです。こういう守護とか地頭の権利ってのを任命する権利ってのを幕府というか源頼朝が獲得することができます。これは段階的にどんどんどんどん獲得していった。

樋口:ちょっと源平合戦の時の源氏の平氏って日本の中でどういう立ち位置だったんですか。二巨頭みたいな感じだった。

深井:そうですね、実質の権力を握った二巨頭みたいになっていて、朝廷ていうのはどんどん力、天皇側ってのはそこそこ力を失っていって全部に言うことを聞かせられるわけではない状態になってる。実質の権力を握ってるのが平氏だったり源氏だったりする。平氏はかなり朝廷権力に近づいていて、源氏は離れた状態だったけど地方で権勢を誇っているというか武士団を保持しているという状態、武家の頭領として。

樋口:完全に勝った方が実質的権力を握るという構造だったってこと。

深井:それがこの説明の難しいところですけど、そんなに権力はないんです。今僕が強調して警察権を任命する権利を持ってたという話しをしましたよね、そこしかなくて、基本的には。ただそこには軍事力が付帯するのでそういう意味では強いけど意外と朝廷はまだ権力を持ってるんです。ちなみになんですけど、この後軍事力ではない、軍事権でない行政権、行政権の方も段階的に実は朝廷から奪い取って行くことになります、幕府がちょっとずつ。一部を奪い取ることに成功するわけです。この奪い取ってからはイメージでいうと日本に新しい国が関東にできちゃったって感じです。奪い取ってからはというか奪い取る前からそういう状況になってる感じですね。そうなったので朝廷としては税金さえ納めてくれてればよかったんだけど、意外と税金とかを納めなくなってきたので朝廷がきれるんです、その次に。

樋口:管理できなくなってきた。

深井:そうそうそう。幕府潰そうとするんです。この幕府潰そうとしたのが、これも聞いたことある人多いと思うけど、承久の乱という奴です。

樋口:承久の乱。

深井:この承久の乱で天皇側が負けるんです。今の島根県の隠岐の島に流されるわけです、後鳥羽上皇が。これ実質の死刑ですね。死ななかったけどね、死刑みたいなもの、当時の人からすると。

楊:島流しは何もないから、食いもん確保でも苦労するし、そもそもそこで餓死してしまうかもしれないし、島流しの島に至るまでの途中で殺されてしまうことが結構あるんです。だからほぼ死刑に近い。

深井:この戦いに勝った幕府は行政権もさらに正式に保持していくという状態になって行く。ポイントとしては何度もいうけどもともとそういう警察権とかみたいなところから発生していったんだけど徐々に徐々に実質的な権力を奪っていった。元々は武士の頭領である私的関係から生まれてる権力である。それとは別に公的な権力はずっと存在している状態。幕府の中に御家人がいるっていう御家人という言葉自体がまさにそれを表しているんですけど、いわゆる源頼朝の家の家が大きくなってる状態なんです。

楊:任意団体が大きくなってる。

深井:そう、政府じゃないんです。これは明確に政府ぽくない。執権とかナンバー2の職を執権という、鎌倉幕府はこれチップスだけど途中で執権に奪われるんだけどね、それも前いった権力と権威の文化が進むんですけど、執権に奪われてるという執権という言葉ももともと家の中の自分の家の中の役職の名前なんです。これ本来国家を奪ってたら幕府の中の役職が家の中の役職じゃないはずなんです。国家の役割の名前になるはずだけどそうじゃないんです。ここが幕府の特徴であり他国との違うところなんです。

樋口:ロスチャイルド家みたいな。

深井:そう、ロスチャイルド家の中の役職名をそのまんま国家運営に使っちゃってる状態。例えば江戸時代の老中とかもあれも家康の家の中の役職名なんです。それを国家に使ってる。国家は国家で別に役職名を持ってる、関白とか太政大臣とか右大臣左大臣みたいなやつ。だからあれと別であるというのもすごく特徴的なところなんです。だから政府ぽいんだけど政府じゃない、まず、幕府というのは。これはみんな知ってる周知の事実だと思うけど政府が二つあるみたいな感じになってる状態になってるわけです。

楊:ある種鎌倉幕府さっき深井くんが言ったように新しく国を一から立ち上げるという感覚に近いのでスタートアップなんです。スタートアップ当初てすごく団結をしないと立ち上がらない、実際に朝廷という公的権力、既存の権力がすでにあるので彼らに対して交渉力を持っていかないといけないのですごく団結しないといけない。なので源頼朝は主従関係をもちろんご恩と奉公と設定するんですけどこれまでの主従関係よりももっと強い主従関係を設定してこれを作り込まないといけない状況だったんです。だからそれまでの例えば普通の貴族同士でも一応御恩と奉公に似たような関係はあった。でもそれは別に命のやり取りは伴わない。源頼朝が必要としてた御恩と奉公はどんな関係かというと俺のために死ねという関係なんです。

樋口:極道。

楊:じゃないと力を新しく立ち上げて行くので力は組織として発揮しない。でもそれを破ったのが源義経。そういうふうに自分の兄貴が組織を確固たるスタートアップを作ろうとしてる時に源義経は後白河上皇という天皇のもう一個上の人から官位をもらって、お前を警察長官にエリートに任命してやる。もらってしまったからもう殺すしかない。お前は反逆者だ。

深井:そこ、せっかく話し出たんでいうと、義経、頼朝の弟、義経に勝手に朝廷が官位を渡したことを頼朝は朝廷に対してすごく怒る。怒って償いとして行政権を獲得したりする。

樋口:うまく使っていく。

深井:うまく使っていくんです。行政権を獲得していくってのも言い方を変えると元々幕府という言葉自体が陣を意味する、軍団が陣を張っていることを幕府と呼ぶわけです。だから実は彼らは例えば征夷大将軍という名前自体がそうなんですけど、東にいる蛮族を討つための非常事態の権限委譲された将軍なんです。非常事態だから彼らは大きい権力を持ってるわけです。

楊:ディクタトールみたいな。

樋口:そうか、征夷ってそういうことか。

深井:そうです。それを非常事態であるということをどんどん実力で拡大解釈させてしまって政治権を奪って行くというのが幕府の誕生に繋がって行くっていう。今まで言ったことと僕今同じことを言ってるんですけど、言い換えるとそういうこととも言えます。

樋口:なるほどね、はいはい。

深井:元々征夷大将軍というのは奥州藤原氏という東北にいる日本じゃないといわれてた人を討つために征夷大将軍というのに任命してもらう、頼朝は。征夷大将軍よりも高い位の官職って普通に朝廷に何個かある。

樋口:ほお。

深井:あるんだけど、なんで征夷大将軍なのかって話、彼らは元々板東武者だから征夷という東に攻めて行くってのももちろんあるけど、征夷大将軍というのが京都にいなくてもいい一番高い位なんです。これも平氏と大きい違い。平氏は京都に居たかったし居た人たちなんですけど、源氏ってのは居たくないんです。

樋口:居たくないんですね。

深井:関係ない。板東武者からすると自分たち一旦この土地で実力持ってるし、京都の権力に屈する必要もないので自分たちでやらせてくれやという話しなんです。頼朝からしたら京都にいていろいろやりたいという思いはあったのかもしれないんだけれども、その家臣団は別にどうだっていいという状態だったんだと思います。

楊:違う国に引っ越すようなもんだし。京都って当時最大の都会なんですけど、実は色々実態を調べてみると結構ぼろぼろになってる。平安時代に作った平安京の中が鎌倉時代の京都になってる。半分くらいすでにゴーストタウン化してる。都がそれくらい長く経ってるし。今の僕らの生きてる生活してる都市みたいにインフラがない。都市がずっとサスティナブルに運営していくためにはインフラが絶対必要、当時は上下水道もないし、だからみんな道端でウンチするし死体とかも鴨川にばんばん捨ててました。だから都としてのある種立ち位置、力ってのも実は僕らがイメージしてるほどはなかったと思われます。

樋口:そうなんだ。

深井:だから統一国家ってイメージで日本の歴史みると全くイメージがわかない。とにかく統一国家は基本的にない、中央権力はだいぶ弱い。だいぶ弱い中で実力者たちがそれぞれ好きなようにやってたってのが実態にかなり近い。

樋口:なるほどね。

深井:だから頼朝も朝廷権力から離れてたりする。ただ、とは言え、天皇を倒してるわけじゃないから建前上は武士ってのが正式に朝廷に組み込まれたという状態になるわけです、これで。幕府が誕生するということは、ですね。これによって結果的には東日本も日本になる。

樋口:そうなりましたね。

深井:もともと西日本が今でいう日本、朝廷の権力が及ぶ先ってのは西日本くらいだったんだけど、これによって東日本、関東の方まで日本の権力が及ぶようになって、元々律令国家作った時の日本はそれがやりたかった、8世紀とかに日本の国家がやりたかったのは東日本とかの蝦夷とかがいる土地も自分たちの入れて朝廷権力を及ぼしたいなと思ってたわけです。それがいろんな変遷を経て結果的には12世紀、鎌倉幕府の誕生によって本当に日本になった。日本になったけど貴族が思ってたのとは違う方法でそうなったってことです。

樋口:そうなってました。

深井:この違いわかるかね。

楊:貴族たちも日本の貴族たちも本当の律令制はだれも知らないからね。

深井:そうだね。

楊:行った人は、唐とかに行ったひとは視察してある程度は理解できてると思うけど、実際見たこともないシステムをマニュアルだけもらってやっても多分なかなか難しかったとおもう。

樋口:そうですね。

深井:難しい。単純に概念を理解するだけでも難しかったと思う。ティール組織完全に理解して導入しろっていってもちょっとむずい。そんな感じのもっと難しいバージョンです。

樋口:なるほどな。だから全然管理が行き届いてない中で統一みたいなことになった。

深井:正式に朝廷権力に幕府が組み込まれたし、それは言い方を変えると武士たちが自分たちの実力を正当に朝廷から評価されてる状態になるってのが鎌倉幕府の誕生なわけです。幕府が誕生したことによって、正式に幕府が誕生しましたとは言ってない。守護と地頭の任命権をあなたに渡しますということを言ったわけです。それによって結果的に権力がかなり頼朝の方に委譲されてしまって、それで幕府の誕生となる。今、僕たちが子供のころはいい国作ろう鎌倉幕府って1192年で習ったのが1185年かなんかに今移ってる。

樋口:ずれた。

深井:これ1185年が守護と地頭の任命権を朝廷が幕府に渡した時なんです。だから実質ここが権力の転換点だったよねという意味でそういうふうに言われてるってことです。

樋口:なるほど。

深井:これ、もう一つ意味があって。いろんな側面から同じことを言ってるけど、武士が武士による武士のための政治をし始めることになる、これで。だって頼朝ってのは武士の頭領なわけだから自分たちで自分たちの土地のことを決めて、行政も自分たちの権利である程度決めていって、自分たちのための国家運営をその土地でやっていこうねってことがこれで実現するんですけど、前から言ったみたいに実質最初からそうなってる。それが国家に正式に認められた形になります、これで。

楊:制度としてなりたつってこと、オフィシャルな。

深井:そう、ここまでは地方でキングダム化してて自分たちで実力でそういう状態を作ってた人たちが正式にオフィシャルにそうだよと言われた。これもでっかいことですよね。

樋口:なるほど。

深井:そうですね。もう一回言い換えていい、違う言い方してみていいですか。複合的に理解して欲しいので。これはこういう違いとも言えるんですけど、正式に認められる前であるとか実力で奪う前というのは都市にいる貴族、公家、公家に対して服従というのがある。なんだかんだ、朝廷に対しての服従という感覚がある。で、地方で力をつけてたという状態です。でも表立っては服従しないといけない。ていう状態から源平合戦ていう内乱を通じて自分たちがその内乱の中で活躍したことによって自分たちのボスである頼朝が位が上がっていって、その人に認められた自分てのは一旦全体から認められてる状態になるという意味です。

樋口:なるほど。

深井:伝わりますかね。

樋口:はいはい、国家のトップと連結ができた。

深井:連結ができたってことです。

樋口:今の自分は。はあ。なるほど、今までは国ではないところのただの役割としていた源家の一人としていたのが国の源さんとこの自分になったってこと。

深井:みたいな、そういうことです。

楊:なんでしょうね、任意団体がそのまま、おまえら強いからそのまま警察やってくれない、という感じ。そのままおたくら警察署なのっていいよ。

樋口:ライセンスもらった。

深井:そうだね。だれも文句言えなくなったってことと、源氏の、とは言えこれをまたイメージとして持って欲しいのが、幕府ってのはさっき言ったように源頼朝の源氏の家を拡大したものだって話しをした。源頼朝ってやっぱり板東武者の頭領なんです、要は関東の頭領なんです。関東の頭領なので彼の家来である御家人というのは関東にいるわけ、基本的に。

樋口:それはそうだ。

深井:西日本にあんまりいない、いるんだけどあんまりいない。源平合戦を通じて起こったのはこの関東の御家人が西日本に派遣されて、そこにいる御家人ではない人たちを治めるということもここで起こって行く、伝わりますでしょうか。

樋口:はいはい。

深井:同じ武士なんだけど、正式に認められたやつと認められてないやつがいる、この時点で。正式に認められた奴は関東にほとんどいて、その人たちが西日本に行ってこの正式に認められてない非御家人とかを治めることが起こってる。だからこの時点でなにが起こったかというと、日本全体が東国の武士団によって支配されるみたいな。

楊:東のね。

樋口:ほお。

深井:エリアマネージャーを送ってるって感じ、西国に、西日本に東国から、みたいな感じが起こって行く。

樋口:へんな形ですね。元々西日本が国だったのに、東日本が権力を持ってここが統治権を持ったらそこから西日本に送られてその下を治めるっていう。

楊:うちらの方が本場だから、うちらの方がオフィシャルだから。

深井:そう。

樋口:すげえな。

深井:そうなんです。

樋口:へんな構図になってる。いい国作れてるんですかね。

深井:うんとね、そんなにいい国じゃない、これ。

楊:基本的にサポータ特典でも言いましたけど、武士あんな感じなんで治安悪いし、基本的に当時の日本てどこの国でも似たりよったりだと思うけど、デフォルトに飢餓状態です。さらに日本て天災も多いし災害も多いし飢饉も起こるし。今の僕らがタイムトラベルしても帰ったら僕は1日で切られて終わり。

樋口:そんなね。

楊:お前、俺に通じる言葉喋れよと言われて喋れないからそのまま切られるかもしれない。

樋口:なるほどね。

楊:お前蛮族だ。

樋口:そういう世界だったんですね。

深井:次回は鎌倉幕府が誕生したところのどういう権力構造で何してたのかという話し。今日の話しと普通に被るところも出てくるけど、お浚いになってちょうどいいかな、複雑だからちょうどいいかなと思って被るところも喋りますね。喋りながらじゃあ幕府が滅亡するよね、なんで滅亡するのかというところまでを次回はやっていけたらなと思ってます。

樋口:はい。なるほどですね。これだけ聞きたいんですけど、源氏と平氏がなんでそんなに勢力をつけて行ったのかというと、結局領土をとりまくっていったから。

深井:簡単にいうと平氏は貿易で儲けたから。

樋口:商売というかお金。

深井:源氏は在地領主で田畑経営で実力ついてたから。

樋口:なるほど。そうかそうか、そこのライジングの仕方が違う。

深井:違う。だから平清盛とかはめちゃくちゃ経済重視でしょ。

楊:日宋貿易。

深井:そう、日宋貿易してたでしょ。だけど鎌倉武士のような質実剛健のような感じじゃない。だから文化も違う。商人的な感じと。

楊:貴族的な感じ。

深井:貴族的な感じでかつ商人的な感じとあとは農民的な感じなんです、在地領主の方は質実剛健なんです鎌倉幕府は。

楊:鎌倉幕府の武士の方がめちゃくちゃ土地にこだわりがある。執着してる。

深井:自分の土地にね、執着してる。

樋口:そうか。それもありますよね、結局京都にいかなかったというか、今日とか、西の方にいかなかったのも土地にこだわりがあるから。

楊:それもあるでしょうね。

深井:今のことを理解するポイントはやっぱり律令国家が権力を失ったことによってそうやって商売で儲けて実力をつけていく人と、地方でしかも遠いよね、坂東武者は中央から遠いから実力をつけてる。そういう人たちが出てきて、そいつらが今度戦って勝った方が実権を握ってしまった。そういう流れなわけです、日本史って。

樋口:いやあ、面白い。ていう感じですかね。

深井:はい。

楊:はい。

樋口:鎌倉幕府誕生の話しでございました。

楊:ありがとうございます。

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