【今回の内容】
ドイツの戦略!シュリーフェン・プラン/ドイツにとっては短期決戦が肝/マルヌの戦いとシュリーフェン・プランの失敗/なぜ失敗したのか?/デフォルトおそまつ/参謀総長ファルケンハイン/前例のない戦線の膠着/750kmの塹壕/有刺鉄線の発明/泥沼の戦い/塹壕の衛生問題/次回・東部戦線
樋口:はい、ええ、前回まではサラエヴォ事件をきっかけに世界大戦勃発のお話をお聞きしたんですけども、続きでございます。
深井:これからいよいよ戦争の経緯についていきたいと思うんですけど、煩雑なんでドイツを中心としてどういう動きをしていったかという話をするとわかりやすいかなと思うのでそっちの切り口からやっていきたいと思います。
樋口:はい。
深井:ドイツのときに主戦略としておいたのは、これ有名なんですけど、シュリーフェン・プランという戦略がありまして。世界大戦の10年前くらいにシュリーフェンという人が実際に作ったやつですね。それを使います。これはフランスとロシア、ドイツの両側にある、西がフランス東がロシアです。これに挟撃されたときにどうやって対処するかという話。これはシンプルで両側に兵を分散させると死ぬよね。
樋口:そうですね。
深井:両側で一国で二国の大国と戦わないといけないからリソース分散して大変だと。だけどもロシアというのは国も広いし軍が実際に戦線に来るまでに時間がかかる国であろうと。であれば西のフランスは短期決戦で屈服させ、その短期決戦で終わってる間にロシアが攻めて来るから、やってる間にロシアが攻める前に短期決戦で終わらせて、その軍を全部東に回らせてあとロシアと対峙するっていう順番に、フランス、ロシアという順に叩いていこうぜ。そういう戦略なんです、ドイツが。これすごい重要な戦略。
楊:たいへんだよね、それでも。普通に考えたら。
樋口:うん。
深井:ちょう大変だけど、それで行くしかないと思ってる、ドイツとしては。両側から攻められてる場合は。いろんな懸念点があるんです、これには。まずフランスに短期決戦で攻めていく場合に中立国であるベルギーとルクセンブルクを通過しないといけない、近道だから。だけどベルギーを中立なんだけど、そこを侵犯してしまうと、もちろんベルギーも軍事的に抵抗する可能性もあるし、イギリスの参戦を招く恐れがあるんです、これは。イギリスがそれを口実に参戦してくるってことが考えうる。それはドイツにとってよけいしんどいじゃないですか。ドイツ対オーストリア対イギリス、フランス、ロシア、みたいになって。たいへんなわけだよね。ちなみにこのときにイタリア、三国同盟のイタリアも本来であればドイツ、オーストリア、イタリア軍として参戦するべきであり、はずなんですけども。イタリアはオーストリアといろいろ揉めてることがあるので、未回収のイタリア問題といわれてた。オーストリアとコンフリクトするところが実はイタリアというのはあって、むしろそこの未回収のイタリア問題をちらつかされてイギリス、ロシアの方についちゃう、イギリス、ロシア、フランスの方についちゃう、イタリアって。
樋口:ええ。
深井:うらぎるんです、
樋口:あら。
深井:ドイツ、オーストリアを。
樋口:へえ。
深井:イタリアってのはそっち側についちゃう。そのかわりオスマンとかを味方につける、ドイツとかは。それは置いといて、今は本筋ではないので置いといて、ベルギーの中立侵犯をすることによってイギリスの参戦の危険性があるんだけども、やはりその危険性よりもやはり早期決戦でフランスを屈服させることの方が優先だというふうにドイツ軍指導者は考えるんです。だからドイツの戦略は繰り返すけど短期決戦であるべきなんです。これができるかできないかで、ドイツってのは戦い方が全く変わってくる。一方でフランスはどういう風に考えていたかというと、ドイツってのはかあり緻密な計画でシュリーフェン・プランというのを考えてるんですけど、フランスの計画は17号計画っていうんです。第17号計画というのを立案して、これはどういう内容かというと、普仏戦争のときにアルザス、ロレーヌ地方というのを取られてる、ドイツに。これを頑張ってとる、取り返すという計画。
樋口:へえ。
深井:何もそれ以上のロジックはあまりないです。
樋口:はあ、真っ向勝負というか、どストレートだ。
深井:どストレートです。
樋口:攻め込んで土地とる。
深井:土地とるっていう。
樋口:なるほど。
深井:ドイツはフランスに速攻をしかけますよね。フランスはそれに対して対峙します。これが9月にでっかい戦いになるんですけど、マルヌの会戦とか戦いと呼ばれる、フランスにマルヌ川っていうね川があるんです。その近辺で戦われた戦いです。これはけっこう最初ドイツが押すんですけど、
樋口:やる。
深井:英仏軍が、イギリス、フランス軍が踏みとどまることによって、結論からいうけど速攻戦略が失敗するんです、ここで。ようはドイツの勝ち筋は一つしかなくて、ここを一気に陥落、陥落というか通って行ってパリまで行って陥落させるみたいな感じなんですけど。それがもうこのマルヌの戦いの時点で戦線膠着するんです。戦線膠着したらもうシュリーフェン・プラン終わりなんです。それで。
楊:短期決戦にならない。
深井:そう、その間にロシアがくるから。実際きたしね。
樋口:はい。
深井:失敗するんです、シュリーフェン・プラン自体は、これで。というのがマルヌの会戦でまず起こるんです。
樋口:あちゃちゃ。
深井:めちゃくちゃこれ考察されてる、これなんで失敗したかってのは。軍事史みたいなやつとかそういういろんな側面からかなり考察をされているんですけれども、根本的な問題が何個かそもそもあって。シュリーフェン・プラン自体は計画が練られてから長い間参謀本部以外の人たちは知らなかった、この存在を。
樋口:ええ、ええ、ええ。
深井:シュリーフェン・プランにも根本的に何個か問題があるというふうに言われていて、計画が練られてから実際に政府中枢にこの計画が知らされるまでがめちゃくちゃ長くて、実際の計画実施から政府中枢がこれを知ってからの間は2年しかないんです。2年しか計画準備に費やせる時間がなかったんですけども、この作戦てそもそもかなりの規模の軍隊を必要としていたんです。
楊:ああ、じゃあ前提条件が違うのか、今の。
深井:そもそも会戦の時点で前提条件がこのプランと違うというのがあります。あともう一つはこの時の参謀総長が、作戦指揮系統のトップの人が小モルトケという人で、これは前、モルトケっていう将軍がプロイセンにいてその人はすごい優秀だったよという話をしたと思うけど、この時の参謀総長もモルトケという人なんです。
樋口:おお、同じ名前。
深井:同じ名前なんで、大モルトケと小モルトケと分けて言われてて。この時の人は小モルトケの方。
樋口:絶対小になりたくない、自分だったら。
深井:しょぼい。後の時代の人が小モルトケって、しょぼいってい意味じゃないんですけど。この小モルトケの人、小モルトケの人というか小モルトケてのは大モルトケとは親戚だけど全然実力が違うと言われてて、全然ダメだったと言われてます。実際にこの人の作戦実施面に関しての失敗もたくさんあったと言われてる。
楊:そうだよね、読んだ。
深井:それにそもそもこの人戦争の途中で脳卒中で亡くなるんです。その直前には戦争のプレッシャーに耐えきれなくて精神的にも肉体的にもボロボロになる。そりゃそうだよね。こんな戦争の命運をかけられても、相当な精神力がないと。東郷平八郎くらいの精神力がないと難しいですよ。
樋口:まあね。
楊:これは例えわかるけどね。
深井:本当難しいと思う。
楊:そうだと思う。
深井:精神やられちゃう。
樋口:はいはい。
深井:ちなみにこの後のドイツの首脳部のほとんどの人が精神やられていきます、この後。
楊:まあ、初めて経験するような戦争の規模だしね。
深井:そう。こういう信じられないことなんだけど、こういう国家の命運を左右するような壮大な計画が参謀本部っていう小さいところだけで作られて、それが政府中枢でそんなに検討されずに準備期間も用意されずに実施されるという。
楊:ちょっとお粗末な。
深井:事態があったんです。でも歴史を見て行くと、脱線するけど、お粗末じゃないやつの方が少ない、圧倒的に。お粗末じゃないやつはちょう成功するから、デフォルトお粗末だと思う。
楊:確かに。
樋口:なるほどなるほど。
深井:この時は結構頑張った方だと思いますけど
楊:そうだね。
深井:そういう結果に終わったわけです。フランスなんてもっとお粗末だからね、ちなみに。こっちのほうが、ドイツの方がちゃんと考えてちゃんと進めてる感じあるんですけど。
楊:ちなみに俺、シュリーフェン・プランの自分の読んだ文献の中で紹介されてあった説があって。どうやら最近のある研究によると、このシュリーフェン・プランていうのは、戦争をやる前提のプランじゃなくて、予算を獲得するために作ったプランにすぎないという説もある。
樋口:はあ、へえ、面白い。
楊:計画を作った人は別に戦争を前提で作ってない、やる前提で。ただこういう作戦案をつくいましたのでこれは、これを元にもっと軍の方に予算をおろしてくれという提案書。実施されない提案の提案書というふうな説もある。
樋口:ベンチャー企業がVCに出すPLみたいな感じですね。なるほど。
深井:それ、よくないよ。それよくない。
樋口:僕は出してないですけどね。
楊:出してないですか。
深井:今の例え笑ってしまう。
樋口:いやいや、僕らはしてないですよ。ただアホなベンチャーが。
楊:どっちかというと国の補助金をもらうようなやつの方が近いかもしれないですね。
深井:そう、確かにそっちの方がスマートな例えかもしれない。
樋口:そっちの方がいろいろいい。
深井:どっちの方がスマートなのかわからないですけど。
樋口:はいはいはい。
深井:そういうシュリーフェン・プランもお粗末なところがあったわけです。当然の帰結として戦局は膠着して短期決戦としては失敗する。それに対して小モルトケはこの短期決戦が失敗したら後がない。この時点で後がない。だってそのために、それしかないといって、この計画してる。両側から攻められたら終わりだってじゃあ短期決戦するって短期決戦失敗したから、精神やられる、これで。
樋口:やばいね。
深井:精神やられるし失敗するしで、この小モルトケをたった数ヶ月で交代になります、この人。ヴィルヘルム2世、ドイツ皇帝が交代させて、この人の次に参謀総長になったのがファルケンハインていう人。
楊:かっこいい名前だね。
樋口:かっこいいね。
深井:ドイツ人て基本的に名前かっこいいから。
樋口:はいはいはい、かっこいいですね。
深井:日本人からしたら名前かっこいいドイツ人、ファルケンハインていう人。
楊:絶対強そうな名前。
深井:もうみんなスト2のガイルみたいな感じの。あれ、アメリカ人だけど、ガイル。理由は一応このモルトケが病気になったからみたいな感じでやったんですけど。このマルヌの戦いで敗北を認めることになっちゃうから、モルトケをすぐに交代させたらね。それをやりたくないんで、実際の指揮権は交代させてるんだけど、参謀総長としての実質的にはファルケンハインに移してるんだけど、実際の参謀総長交代ってことを発表するまではかなり時間をとったらしい。そういうことが起こる。でもファルケンハインに交代したところで、別に戦線の膠着は続いてしまう。この戦線の膠着ってのがいままでに戦争で起こらなかったことなんですけど。
樋口:ああ、けっこう前に話しましたね。
深井:はい。
樋口:列車とか。
深井:みんなびっくりした。この前の戦争の時点で機銃てのは使われてるんだけど、機銃掃射ってのをやられてる、日露戦争でも機銃掃射をやられてて。めちゃくちゃ人が死んだ、日露戦争とか。奉天会戦とか。
楊:そうね。203高地とかね。
深井:そうそう、203高地とかでね。で、機銃使ったらめっちゃ人が死んだってことはもうみんなわかってるわけ。わかってるからこそ膠着する。ここで何が起こったかというと塹壕戦と呼ばれる穴を掘って地下に通路を作って、地下じゃないね、なんていうんですか、塹壕ってわかりますか。
樋口:ああ。
楊:半地下。
深井:半地下ですね。
樋口:半地下というか。
深井:溝、堀だね、堀を掘って、そこを通路として使って、その堀、まず砲弾をばんばん撃ちまくって大砲を、向こうの戦線をぐちゃぐちゃにしてから塹壕から出て行って突入するっていう戦い方がここで出てくる。この塹壕って掘ったらまわり込もうとする、まわり込もうとしてくるから、敵が、もっと掘る、周り込めないくらいの距離を。そうすると何が起こるかというと、塹壕がどんどんどんどん長くなって行く。結果的にどうなったかといったら、スイス国境からイギリスの海峡まで全長750km以上で塹壕が掘られることになる。
樋口:は、750km。
深井:キロなんです。だからこれって東京駅から函館駅の鉄道の長さとかと一緒、ちなみに。
樋口:ええ。
深井:あとは東京から山口駅までの鉄道の長さと一緒。それくらいずっと掘掘ってみんなそこの中に入って戦うっていう戦い方で出てくる、ここで。
樋口:長すぎでしょ。
深井:長いよ。これが今までの戦争にはなかったんですけど、まあこれが悲惨なわけです。この戦いがね。塹壕戦て聞いただけじゃ想像できないと思うけど、これちょっと今回詳しくもう少し喋るとどれだけ悲惨かというのがわかるんで。それ喋る。
樋口:はい。
深井:さっきも言いましたけど、フランスは正面突破しようとしてたけど、正面突破できないというのがわかったから、北から戦線の迂回というのを企てる。上に回って迂回しようとするけど、ドイツはそれを防ぐためにずっと北に戦線が延び続けて750kmに達する。これはもはや国境線を全部塹壕でなぞってるのと同じような状況になっていくわけじゃないですか。さっき塹壕戦が第一次世界大戦で出てきたと話ししましたけど、もうちょっと前、日露戦争とかでも出てきてるんだけど、これだけの長さと規模が初めてなわけです。戦線が端から端まで伸びた、北と南が。これでなにがおこるかというと、誰も迂回できない。
樋口:そうですよね。
深井:誰も迂回できないというのどういうことかというと、全員正面突破するしかないんです。これで人が死ぬ、まず。
楊:なるほど。
樋口:なるほど。
深井:敵と戦おうとしたら正面から敵に突っ込む以外の戦略がとれない、もう。750km続いちゃってるから。機関銃とか機銃掃射と言われるけど、機関銃をばばばばって撃つですよね、お互い撃つんだけど、守る側は撃ちながらかつ有刺鉄線ていうのが発明されてて、その時。鉄条網っていって網を作って正面突破できないようにそういう鉄条網をぐわあって作るわけです。守りながら敵が攻めてきたら鉄条網で守りながら機銃掃射する。一気に千人とか死ぬんです、それで。今までそういうことはなかった、やっぱり。大量の犠牲者を出しながら陣地ってのを奪取してもすぐその後方に新しい陣地が構築されてしまう。だからその状況を打開しようとすると連続して攻撃目標てのを設定しないといけない。連続して攻めて行くってことが必要になってくる。最初にまずは砲兵でそこに砲撃をしてから陣地を奪取するっていう戦略をとる、第一次世界大戦では。これは日露戦争の学びを生かしてるんだけど。だけど、砲弾にも限りがある。
楊:そうだよね。
深井:砲弾にも限りがあるし、機銃掃射のための弾にも限りがある。ここで軍部がどういう戦略を考えてしまうかというと、人間の方が機銃の弾の数より多い。だから、全員で攻めたらどっかのタイミングで上回るわけ、攻めてる方が。
樋口:はあ。
楊:人海戦術で突っ込むということ。
深井:だから人海戦術になっていく、これが。
樋口:うわあ、怖い、悲惨そう。
深井:なんで、機関銃の能力を兵士投入量で上回ろうとするんです。当時の機関銃て冷却期間とかも必要、今でも必要なのかどうか知らないですけど、ぼく。熱くなっちゃって撃てなくなっちゃうんで冷やさないといけない、小便かけて冷やしたりしてたらしいけど。もう究極だよね、極限なんだけど。
樋口:うわうわ。
深井:無線が発達してない、まだこの時って有線なんだよ、まだ。電信なんだけど、無線あるんだけどまだ未発達。だから参謀本部に戦線の状況を伝えてるとはいえ、そもそも前線の状況が今ほどリアルタイムで伝わってない。それでなにが起こるかというと前線でめちゃくちゃ人が撃ち殺されてるのに、また送っちゃう、人を。それわからないから。ずっと送り続けるみたいなことが各国で起こるんです。だから、一次世界大戦と二次世界大戦てのは大量の無能な指揮官が登場したみたいな感じで語られること多いけど。そういう技術的な側面もあるわけです。
楊:そうだよね。最後の最後どうなるかってのも誰もわからないから、事例がないから。
樋口:なるほど。
深井:そうです。だから正面突破しかできないし、機銃掃射に対して人量で上回るってとこもあるし、前線の状況もわからないから今撃たれてどうなってるかわからないけどまあ撃たれながら死にながらいくみたいなことしかできないという状態になる。こういう塹壕戦の中でめちゃくちゃ人が死んでいくんだけども、ここでもう一つ、じゃあどうしたらいいかっていうことをこの戦争してた人たちが考えたかというと、なるべく自分たちはコストをかけずに、人的な被害とか損耗てのをせずに相手に損耗させるってことを狙うていうのが一つの大戦略、どれでもそうだと思うけど、それをやろうとする。あらかじめ1点に集中して攻撃して、そこに一気に敵を消耗させて行って、自分たちはあんまりリソース使ってないけど向こうはたくさん死んだっていう状況をどれだけ作れるかってことが大切になっていくわけじゃないですか。
樋口:そりゃそうだ。
深井:だけど実際に起こったのは相手もたくさん死ぬんだけど自分もたくさん死ぬってことが全部の国で起こる。
樋口:まあね。
深井:その戦略とろうとするんだけど塹壕戦においては今までいった理由でどっちの両陣営とも多大なる死者を出すわけです。どっちが少なくすんでどっちがが大量に死ぬってことが起こらなかったんです。だから、2000万人まで行った。
樋口:なるほどね。
深井:どっちかがね、思いっきり勝ってたらそんなことにならないんだけど。
楊:そうだよね。
樋口:そうかそうか。
楊:終わるしね、戦争が。
深井:塹壕戦て泥沼なんだよね、泥沼戦争なんですよ。
楊:ずっと殺し合いを続ける。
樋口:うんうん。
深井:塹壕戦の兵士の状態ってどういう状態かというと、まずは最前線に歩兵が配置されますね。あと、これは防御したりだとか、攻めてくる人を機関銃で撃ったりとか、逆に自分たちが攻めていったりします。ちなみに攻めるときに時間をみんなで合わせて一気に攻めるために腕時計が使われるようになりました。腕時計はそこからきてます。
樋口:なるほど。
深井:こういう戦力にわかれる、歩兵がそういう戦力に別れて、後方には砲兵っていう砲撃を行う人が配置されてます。突撃の前に相手の最前線に大量の砲撃を行うわけです。大量の砲撃を行って死んだかなっと思ったところに歩兵を突撃させるというやり方をします。防御側は砲撃を受けてるあいだ何もできないわけ。実は。本当にもう運で死ぬか死なないかってのを耐え続けるしかない、砲弾がぼんぼんぼんぼん降ってくる、雨みたいに。それに関しては本当になにもできない。防ぎようがないんです、これは、前線にいる人は。これで必ず何人か死ぬ、必ず。死にながらそれが終わったら今度は突撃したりとかされたりとかするってことだよね。
樋口:うわあ。
深井:けっこう砲撃で死ぬ人がすごく多かったみたいですね。一応交代制なんです、これ。だから意外と知られてないんですけど、後方の陣地に帰るってこともできて、何日間とか何週間前線に行ってて、生き残ったら帰る、そういう交代制でやってるわけです。
楊:これ、なかなかね、ブラックな出勤だよね。
樋口:まじでやばいですね。
深井:これの悲惨さはこれ以上の工夫のしようのないことです。つまり人が死ぬこともわかってる、消耗することもわかってる、けどこれ以上どっちも戦略これ以上何も取れないわけ。だからわかってて死ぬしかない、全員。
樋口:はあ。やばいな。
深井:しかも戦争のやめどころがみんなわからないからやめれないという、スーパー泥沼化状態になって4年間これが続く。
樋口:デスマーチだ。
深井:そうなんです、デスマーチなんです。
樋口:本当のリアルなデスマーチだな、これ。
深井:やっぱりそのこの環境下で寝てる間も前線て何週間も何日間も続くから寝てる間に砲撃とかくる、やっぱ。夜中とかに。精神的におかしくなっていく人がいて、これ映像で残ってますけど、気が狂って震えてる人とかいます。なるよね。
樋口:なるなる。
楊:あと、PTSDとかね。
深井:そうそうPTSDもいっぱいいたし。あと、体の一部が吹っ飛ぶ人とかもたくさんいますしね。正規兵の補充てのが効かなくなって行く、もう人が死にすぎて。そうすると前もいったけど10代の若い兵士が訓練も受けずに送り出されるようになる。これは年齢偽って戦争にいかせてる。この人たちはほとんどの人が初日で死ぬ。だんでかといったら銃弾があったら遮蔽物に身を隠すみたいな基本的な訓練さえうけてないから。突撃して死ぬだけみたいになってる。けど突撃してマジで死んでしまう、みたいなことが起こりますね。これが塹壕戦で、もっと悲惨なのがね、この状況下でさらに衛生環境が劣悪なわけ、めちゃくちゃ。
楊:塹壕の中ね。
深井:だって、風呂も入れないしトイレだってまともなトイレ作れるわけない。だから穴の中にトイレするしかない。そうするとチフスとか細菌感染とか赤痢とか流行るわけ。これは4年間続いてたってことは4シーズン全部経験してるってこと、春夏秋冬、冬とかそうとう悲惨。冬に塹壕で掘掘ってるところに寝泊まりしてる時に雨が降って水が溜まったらどうなるか想像してほしいんだけど。
樋口:うわあ。
深井:足が腐るんです、それで、凍傷とかになったりとか。この塹壕足って呼ばれる、トレンチフットっていって足が壊死する人が大量に発生するんです、これで。シラミが湧く、病気にかかる、塹壕足になって足が壊死して切断するしかなくなる、砲弾にさらされる、突撃して殺されるという凄まじい状況です。
樋口:くはあ。
楊:あと、おれどっかで読んだか忘れたけど、水もあまり取れないからもう小便をずっと飲んでた。
深井:そうそう、小便を飲んだりとか泥水飲んで、だから赤痢になる。泥水飲んで、そこに死体とかが浮かんでる泥水飲むしかない、もう。
樋口:ちょっときつ。
深井:ネズミとかの死体と人間の死体が腐って浮いてる水たまりの泥水とかをすすって戦うみたいになって、食事もろくに配給されない、十分には。という状況の中で戦うっていう本当に凄まじい状況になります。だから、とんでもないよね。
樋口:いや、これでも戦ってたんですね、みんな。
深井:この中で国のためにみんな戦ってた、最初は。
樋口:そこやな。
深井:後半はね、みんな本当にうんざりして嫌になっちゃう。けど、前半は本当ちゃんとそれでも戦ってた。もっというと、ナショナリズムが勃興してるから日本の第二次世界大戦の時もそうだったんだけど、若い男性が戦争にいってなかったりすると女性からなんで行ってないのみたいな感じで怒られてたりする。
樋口:なるほどね。
楊:そうね。
深井:それくらい戦争に行くことはいいことでありやるべきことだった。この当時の若者にとっては。
楊:逆に戦争に行かないとか、いや戦争はやめたほうがいいよっていう人はもう売国奴とか言われてたんです。社会の雰囲気として、お前それ裏切り者の発言じゃないの、戦争やらないといかんだろう、みたいなそういう時代的な空気。
樋口:はあ。
深井:あと情報統制してたから塹壕戦がここまで悲惨であることはみんな知らなかったまだ。
樋口:そうかそうか。
深井:死体とか映像で残したらだめってしてたんで、なんか今まで騎馬兵で戦ってた昔の貴族戦とかを想定してる人たちはこの戦争を全く想像できない。想像しないままいって、絶望するんです、初日とか二日目とかで、みんな。ていうのが、しかも毒ガスとか使われるから、この上。すごい状況になって行く。
樋口:えげつないな。行っても地獄、いかなくても地獄。兵士側目線というか男側目線からするともう逃げ場がないですね、完全に。
深井:女性も大変だったと思う。若い男性すごく大変だった。
楊:生まれる時代、今でよかったですね。
樋口:いやあ、本当に思うな、これ。
楊:本当に。僕は多分初日で死んでると思います。絶対死んでる。
深井:僕も赤痢とチフスで死んでる。
樋口:身体弱いですからね。
楊:たしかにね。
深井:まじで。
樋口:おれ方向音痴で迷って死にそうだな。
深井:でもなんかその、死ぬのが怖いていうのはあんまりなかったみたい。もちろん怖い人もいたと思うけど、怪我する方が怖かったりしたらしい。痛いから。速攻で死ねたりするほうが楽、もう。戦争に行ってる時点で生きて帰れるかどうかわからないから、そういう心持ちの人もいたらしい、もちろん人によりますけどね。そういうインタビューも何人か読みました。
樋口:死に対する感覚もちょっと今のとは違うんでしょうね。これははかれないからわからないですけど。なるほど。
深井:そうですね。ということで、ちょっとこの回二つに分けようかなと思う。次はこの後時を同じくしてなんですけど、西部戦線が膠着した、フランスと。その間にロシアがくる。このロシアとドイツがどうやって戦ったかってのを次にします。
樋口:そうかまだ、ロシアきてないのか。
深井:まあ、同時期に来てるんだけど。
樋口:うわあ。
深井:分けて話さないと意味わからないので。
樋口:うん。
深井:西部戦線と東部戦線というんです。これはね。
樋口:はい。ちょっとあれですね、戦争始まったらいきなりえぐいですね。
深井:えぐいよ。だっておれえぐいのを伝えるつもりでえぐいところわざと言ってる。
樋口:まあまあ、悲惨さも含めて知っとかないといけないですからね。
深井:そうそう。
樋口:いやあ、結構まあまあメンタルにくる話もありつつもでもこれが現実ということで知らないといけないですね。
深井:こういうところはそうですね。これヒトラーの時もそうでしたけど。精神にきますけど知ってないと理解できてないよね。
楊:そう。別に僕らは少なくとも僕は別に平和主義者みたいなそういうふうには自分では言わないけども、こういうのを知ってなおかつ戦争は絶対やったほうがいいよみたいなことは言えなくなりますよね。
樋口:まあね。
深井:やっていいとは言えないよね。これを経験した人全員やっていいとは思わないと思う。やっぱり。
楊:その、簡単に戦争やっちゃえって、それは言えないよ。これ勉強すると。
樋口:そうだね、ということで。はい。
深井:ですかね。今日は一旦こんな感じで、ありがとうございました。
楊:ありがとうございます。