#154 世俗の権力?魂の救済?どっちの論理ショー 〜カトリック教会のジレンマ〜

【今回の内容】教皇の言うことは全て正しい/救いを司る教会/一般的な権力とローマ教皇の権力の違いは?/世俗権力掌握に対して募る不信感/なぜルターとカルヴァンが出てきたのか?/主権国家の台頭と邪魔なローマカトリック教会/王権神授説の確立と各国の動き

樋口:はい、ええ、ということでございまして。今回は教皇至上権についてもっと詳しくお話をお聞きしていきたいと思います。お願いします。

深井:はい、ええとですね。かぶりますけど、前回の話と。大元としてはヨーロッパてのが信仰というものを元に社会を作っていっている。その信仰を元に社会を作って行くと、これも当然の帰結としてその頂点にいる人誰なんだという話をしたときにローマ教皇になるよね。信仰の頂点が 

樋口:そりゃそうだ。

深井:信仰を元にしてるからローマ教皇の権力はものすごい高いことに理論上なるよね。

樋口:そりゃそうだ。

深井:実質どうか別として理論上まずそうなる。ここが強くてですね、冒頭に言ったみたいなお金みたいな感覚で信仰というのがぐるぐるぐるぐる世界を回してる状態のレベルで信仰がすごく大切だし、前回も言ったようにもし仮に破門でもされてみたらですね、その社会関係全部解体されるんで、自分の、人権なくなる状態なので、

樋口:ありましたね

深井:そもそも具体的に言うと、親近者とか自分の使用人とかを除いて一切会話することもできないし、ものの売り買いとかもできない。

樋口:そんなレベルなんだ。へえ。

深井:なんでもう生活が成り立たないですね。だから信仰というものは今の僕たちの世界だと内面の問題がでかい。

楊:確かにね。

深井:じゃなくて社会生活に直接に関わるものなんです。これを前提とした社会において、教皇てのはどういう立ち位置に立っていたかというと、まず神によってローマ教皇権というのは樹立されている。その神によって樹立されているこのローマ教会というものは、これ以外には存在しない。つまり、言って見たら代弁者になる、神の。で、カトリック教会というものがそれなんだ。だから教皇が言っていることってのはこういう言い方するとあれですけど全部正しいんだということ。

樋口:世界の基盤を作っているといっても過言ではないですね。

深井:はい。信仰の面からみても、社会的面からみても全部教皇が言ってることってのは正しい。

楊:なるほど。神が言ってることとほぼイコールだからね。

樋口:うんうん。

深井:そうです。まあ、そうよね。神とイコールというと語弊がある。

楊:なるほど。

深井:ここら辺がキリスト教とか宗教を語るときにたぶんすごく難しいところで。僕もかなり言葉を選んで喋ってますけど、たぶん実際の信者の人からしたらムカつくことたぶんたくさん言ってると思う。すごい言葉を選んで言うとそんな感じです、まず。で、もう一つはですね、これもちょっと感覚として僕たちが持ってない感覚なんですけど、世俗の行為ってのは教会がやっている教会的行為に比べるとレベルが低いんです。

樋口:ん、レベルが低い。

深井:レベルが低いんです。

樋口:はい。

深井:これはどういうことかというと、信仰を元にして全て考えているという話をしましたよね。人間ていうのはそもそも堕落と罪の産物なんです。キリスト教的にいうと。で、その堕落と罪の世界なんです、ここがもはや。そこの権力って権力があったとしても権威がめっちゃ低いんです。権威の高さってのは純粋なる信仰から生まれていくので、なんていうのかな、聖職者であるとか聖職者がやっていることってことがとても聖なる、すごく言い方難しいけど、高潔なものであって。世俗の支配であるとか世俗で何かやってるってことはとても罪深い、ここでいう罪ってのは法律上の罪のことじゃない。

楊:原罪だよね。

深井:原罪のことね。

樋口:ええ。キリスト教の中の罪という言葉のこと。

深井:そうです。だからそもそもなんですけど、王様がどんだけ頑張っても権威的なものとして、あと高潔か高潔じゃないかという意味ではローマ教皇に勝てない。

樋口:なるほど、

深井:で、これはそもそも救いという概念に繋がっているので、みんな救いを求めてるという話をした。死が身近にあるから。権力者だろうが権力がない人であろうが救いは求めてるわけです。この救いをできるかどうかを誰が決めてるかという話なんですけど、これ、ローマ教会が決めてる。

樋口:そうなるわ。そりゃ。

深井:そう、彼らが全て司っているのである意味天国への扉の鍵はこの人たちが持ってることになる。天国への扉の鍵を持ってるこの人たちが、いやお前は救われないよと言ってしまうとその人は救われないということになってしまう。

樋口:やばいやばい。

楊:判断できるんです、救うか救われないか。

樋口:やばいやばいやばい。

深井:そうなんです。たぶん正確な言い方というとローマ教会を通してしか神の判断を伺えないと言うことなんだと思います。そうなると、困るわけです、救われないと。だから破門ということがとても権力を持つということは前回しました。天国への扉の鍵も聖職者たちが持っていて、彼らに対してサクラメントと言って告解ですね、懺悔告解をすることによって自分の今犯してきた罪を許してもらって。それでいわゆる天国に行く。という流れというのは中世ヨーロッパの人にとってはものすごく大切だったわけです。そこ握っているので、高潔な部分を握ってるというのを僕はいま言いたかった。すごく大切なとこを握っている。

樋口:やっとわかりました。

深井:あと、ローマ教皇ってのは法律の上にあって、これ世俗の法律のことね。誰の裁判にも服さないという状態なんです。で、ローマ教皇てのは世俗の支配者よりも高い地位というのを持ってますという話を今しました。これがいわゆる僕たちが一般的に想像する権力と全く質が違うよということです。

樋口:なるほどね。

深井:意味わかりますかね。一般的な権力者って例えば軍事力持ってます、それによってゆうことを聞かせることができます。それは攻められたら殺されるからです。たとえば政治的権力を持ってます。それは領地を没収することができるからです。とかなわけじゃないですか。ローマ教皇が持ってる権力はなにかといったら、大元にお前は天国に行けないんだということを言える権力を持ってる。

樋口:めちゃくちゃ強いな、これ。

深井:そうなんです。もちろん軍隊を動かしたりとかもしてる。十字軍で。軍隊も動かしてるし、ローマ教皇自体がローマ教皇領という領地を持ってるから収入もあるし、世俗の権力も持ってるんです。けど、世俗の権力じゃなくて彼が持ってる権力は聖なる権力なんです。

楊:魂の領域まで踏み込める。

深井:そう、そうなんです。人の魂の領域を管轄してる人がローマ教皇だから、ローマ教皇の権力をそういう風に理解しないと全く意味がわからない。なんで彼らがあんなにぶいぶいいわせてるのかわからないです。

楊:そうなんです。本当にこれも前の回で深井くんが言った通り、今の僕たちの持ってる宗教観で考えたらなかなか理解できないと思う。今って、中国人である僕もお二人もそうだと思うけど、宗教はたまにお寺とかたまに神社とか、お葬式のときにちょっと関わるくらいの話じゃないですか。でも極端にいうとなくても別にすごく精神的にやばいとかそう言う感じにはならない。

樋口:ならない。

楊:でも当時の時代、ヨーロッパはそうじゃない。完全に今生きてる世界と同じくらいに死後の世界も同じ、おそらくそれ以上にすごく重要なテーマだったんです。その重要な魂、死後の世界、魂というところに対しても制御できるというか、権力を及ぼすことができるローマ教会と教皇という存在があって。それが精神世界に権力を及ぼされるので実際に今ある世俗的な、実際に目に見えるような世界に対してもそれが繋がって影響を及ぼせるという形です。だから全然深さが違う。

樋口:深さが違うんですね、なるほど。しかも最強だな。

深井:だから、教皇至上権てのは魂も握ってるし世俗の権力も握ってる。両面でがっつりとってるという状態を教皇至上権というふうに表現する。どっちも至上ですよね。すごい状態ですよね。

樋口:なるほど。ちょっと言ってた質感の違いってのがやっとちょっとわかりました。

深井:今までもこのローマ教会に対して以前も異議を唱えた人がいたという話をしましたよね。ここで初めて彼らが何やってるかがわかります。相当やばいことやってるわけです。

楊:そうなんです。

樋口:なるほど。

深井:今までも、ルター以前にも異端と呼ばれるローマ教会に対抗する人たちがでてきたという話をしました。この人たちが何を言ってるかで行くと、すごく面白くて、これルターもそうだったんだけども。カトリック教会てのは世俗の権力も握ってるし、魂の救済も担ってるっていう話をどっちもした。これものすごい絶妙なバランス関係があって。世俗の権力ってのはレベルが低いんだという話をした。これ、一言で言うと本当関わらない方がいい。聖なることをしてる人たちはこっちに。魂の救済の側に集中して、だから修道院とかまさにそう、世俗からある意味いい感じで隔離された状態で救いになるようなことをずっとやる。自分とか人の救いになるようなことをやったりとか。教育もするんですけど、カトリック教会の人材育成とかもするんだけど、ここすごく絶妙で、教会が世俗のことにも関わってて、魂の救済にも関わってる。この状態をやっていると、魂の救済に関わっている人たちは世俗の権力を握っているということに対してなんで握ってるのと思う。これ意味わかりますか。

樋口:やってる側がですか。

深井:やってる側が思う。

樋口:なるほど。

深井:ここがすごくキモなんです。

樋口:はいはいはい。

深井:けっこう本当純粋に魂の救済とかについて考えてる。修道院とかに考えてる人がいるし、ルターもそもそもちょう純粋でそう言うこと考えてる人。そもそもカトリック教会の人です、彼は。そう言う人たちが普通に出てくる。ちょう純粋に考える、魂の救済について。そしたら魂の救済という文脈で説明できないことが世俗の中にある。絶対でてくる。

樋口:そりゃそう。

深井:でもそれを世俗の世界でやってるから、カトリック教会は。現実世界で組織を作ってお金を使ってご飯を食べながらやってるわけだから。権力と対抗しながらやってるわけだから。世俗っぽいことする、絶対。実際してきた。

楊:そうだよね、それにあわせてね。

深井:理論としては全部信仰が元なんだけど、行為としてでてくる。お金集めないといけないとか、税金徴収しないといけないとか。そういう純粋なる救いのための信仰とちょっと違うことする。そうすると内部から言われるんです。それ信仰と関係なくないみたいな。

樋口:たしかにそれがくる。

楊:そう。

深井:カトリック教会が一番怖いのは、内部の人から信仰に対する論理を崩されるのが一番怖いんです。全部瓦解するからです。だから殺すんです。

樋口:はあ。

深井:だから異端として殺さないと成り立たない、自分たちが。

樋口:はあ、面白い。

深井:外の人から言われてもそんなに痛くも痒くもない、キリスト教徒じゃない人から信仰の論理と関係ないところからカトリックなんて異端だとかいわれてもどうだっていい。困るのは同じカトリックのなんならめちゃめちゃ神学を勉強した、神の学問の神学ね、ちょうそういう学問をした人がいや、ちょっと待て、カトリック教会がやってることは聖書から考えたらおかしいんじゃないと言われるのが一番怖いんです。

樋口:うわうわうわ。やばい。

深井:それが一番困るので殺すんです。

樋口:うわああ。

楊:もう現実に合わせていろいろ妥協したりとか、ちょっと自分たちで若干こういう言い方はあれですけど、ちょと解釈を拡大解釈をしたりしていろいろやってるんだけど、深井くんが言ったように純粋にキリスト教を突き詰めた人からするとこれっておかしいよねというものがどうしても出てくる。だって全然信仰と、世俗というのは、二つのOSですから、二つのOSをなんとか合体させて走ろうとするけどズレが出てくる。そのズレをとりあえず後回しにしてなんとなくなあなあで進めようとしてたところに、なあなあでは納得できない人が少しずつ出てくるということなんでしょうね。

深井:出てくるたびに潰してたけど、潰せなくなっていくんです。権力が教皇が至上権をとったあと落ちて行く、そのあと、実は。落ちていった時の下降曲線と純粋なこと言う人たちとローマカトリック教会を持ってることに対して対抗したい王権ですよね。王様たち。この人たちの下降曲線とこの王様たちと純粋なこと言ってる人たちの折衷、ここが、ここがとか言ってもわからない、手で。

樋口:クロスしたね。ちょうど真ん中、Xの真ん中。

深井:クロスした真ん中のとこが宗教改革なんです。

樋口:はあ。面白い。

深井:で、これだから、カトリック教会が腐敗してとかじゃないんだよね。やっぱり。やっぱり世俗のことを推し進めていくと、官僚制すごくうまく機能してたと思う、ローマ教会の。で、その官僚制を維持するためにはお金も必要だし色んなことしないとけないわけ。もちろん腐敗して私腹を肥やしてる人とかとんでもない人、キリスト者として完全にカウントできなそうな人いました。いましたけど、全体としてめちゃくちゃ腐敗してる組織にあまり見えなかった。

樋口:ううん。それ深井さんが読んでからってことですか。

深井:だって、これ僕の主観ですよ。でも仮にカトリック教会ががちで腐敗してたら僕ルターでてこないと思う。

樋口:なるほど。

深井:まず。外から出てくるとおもう、腐敗した組織。

楊:ルター中の人だもんね。

深井:そう、中の人。ええと、ルターもカルバンも。カトリック教会の人なんです。彼らが自分で改革しようとして純粋なこと考えて喋っていて、それを議論するシステムもあったし、当時、土壌もあったし。あとは考えたこと貼り出すということやった、彼は。それは史実ではないと言われてる、貼り出した行為。

楊:手紙は出した。

深井:そう。そういう議論をするという文化もあったし、修道院も教育もしてた。信仰をつきつめるという意味のちゃんとした教育をしてた。だからこそそういう人が育っていく。実際ルターも修道院出身だし。だから、彼みたいな人が生まれるという本当に腐敗してる組織ではおこらないことが起こってるなということを純粋に思います。だって、本当に腐敗した企業があって、その中から新しいベンチャー企業作る人出てこないでしょ。

樋口:確かに、それはわかりやすい。

深井:出てこれないよ。

樋口:なるほど。

深井:それがやっぱり毎回出てきてて、殺されてるけどね、殺されてるけど出てきてて、でも殺されるけど毎回出てくるということはやっぱり信仰についても真剣に考えてる人たちがずっといて、カトリック教会の中で。一方で世俗権力に塗れたりとか、それを管理しないといけないというジレンマもあって。あと、そっちにおもいっきり振り切ってる人もいて。すごく当たり前に人間社会に起こってることがカトリック教会でも起こっていて。

楊:確かにね。

樋口:うん。

深井:ていう状態だと思う。

樋口:なるほどね

深井:けっこうその捉え方が僕の中で面白かった。

楊:面白い。

樋口:面白い。

深井:ちょっとまだルター出てきてもないけど。エンディングみたいになったけど。ちょっと早足でいく、この後。教皇が至上権ていってめちゃくちゃ権力が高まっていきます。だけどこの後いろんな理由で今度は権力が下降していきます。一つは前も言いましたけどペストとかが流行ったときに無力だった、教会が。死後の世界の話をしてるから、死んだ後どうなるって話はできるけど、いくらなんでも救えてなさすぎて、現在世界も。

楊:そう、人死にすぎて

深井:人死にすぎて、いやいやいやってなったのが一つ。

楊:そうね。神の罰って言われてるけど、でも結局教会であんだけ祈りを捧げたのに、教会に通ったのに全然おれら救われてない。そういった話もでてきたり。

樋口:うん

深井:あと、十字軍が失敗した。1回目の十字軍でエルサレムを奪還したんだけど、その後取り返されちゃったりして。その後けっこうぐっだぐだなんです、十字軍が。本当に純粋な気持ちもなくなっちゃってて、信仰のための純粋な気持ちもなくなった、もう利害関係だけで動いてるぐっだぐだなやつやってそれが失敗する。それを集めてるってローマ教皇が集めてるから。言い出しっぺとしてのローマ教皇の評判が下がった。ていうのがあります。で、もう一つ、これが一番大事なんですけど。もう一つは実はローマ教皇の権力が上がっていったのと同時に主権国家と呼ばれるいわゆる例えばイングランドであるとか、フランスであるとかですね、あとは神聖ローマ帝国の中では領邦とよばれる一つ一つの国、ザクセンとか、そういう一つ一つの国が少しずつ実は力をつけていってたんです。で、さっきも言ったけど、ローマ教皇が力をつけた、でも下降して行く、下降していく時でも主権国家の人たちは力をつけていった。でも主権国家の人たちが力をつけていったときに各土地を支配してる君主みたいな人たちが力をつけていったってことね。

樋口:うんうん

深井:それまではローマ帝国があったからローマていう首都をもったローマ帝国が一括管理してた時代あったけど、それがぶっ壊れた時に権力が強かった人がいなかったってこと。

樋口:戦国時代だ。

深井:それを権力が強い人があまりいなかったから権威を借りてた。ていう話を何回もしました。権威を借りてた人たちの力が強くなってきた。権威を借りてた人たちが力をつけたときに一番邪魔なのはローマ教会なんです。ローマ・カトリック教会なんです。だからローマ・カトリック教会を邪魔になった、主権国家が。

樋口:皮肉というかなんというか、変な構図だな。

深井:ルターをだれが応援したか。この主権国家の人たちが応援してる。

楊:そうなんです。

樋口:面白い、利害が一致したのか。

楊:そうです。

深井:この人たちとルターが利害が一致して、カトリックを攻める。カトリックはどんどんどんどん力を失っている時期で、それに対抗できなくなってしまう。ていう構図なんです。

楊:そうなんですよね。

樋口:なるほどね。

楊:だからルターたちが自分たちの理想とロジックでもってカトリック教会に対していろいろものを言った。ちょうどこれにのっかる形で、エネルギーにのっかって俺らもこの際教会からの影響力を脱したい。そういった領邦君主たちの思いがあって、ルターたちを応援した。そういう力があってルターたちの改革も潰されずにすんだという側面もあります。

深井:ルターの教説、いってる内容にみんな興味があったかっていったら、その主権国家の君主たちが、そんなない。そこは利害なんです。

樋口:なるほど。メリットがあるから。

深井:ローマカトリックを倒すための大義名分が大事なんです、彼らは。

樋口:はあなるほど。

深井:で、ルターとかはもちろん純粋に救われることについてちょう純粋に考えてる。で、カトリックが言ってることのロジックは救われるということに対しておかしいだろという話をしてる。この二重の戦いがおこるんです。でも、カトリック教会は世俗権力も聖なる方もどっちも幅を利かせてたからどっちもからくるんです。

樋口:うわあ。なるほど、そこ力を合わせられてしまった、別の世界の人たちが。

深井:そういうことなんですよね。

樋口:はあはあ、なるほど。

深井:で、この主権国家がローマ・カトリックの権力をどんどんどんどん押し出していって、そのあとに例えばイングランドはイギリス、イングランドはイギリス国教会という新しい教会を作って。それはイギリス国王の傘下にある教会。全然構図が違います。

樋口:全然違う。

深井:ローマ教皇が全部をみてる状態から自分の傘下に教会がある状態てのを作り直して、イギリスってのは国王権力を強めていきます。

樋口:はいはい。

楊:独立したかたち、カトリックから。

深井:王権神授説ってのがここに出てきますね。王権神授説すでに説明しましたけど、もう一回いうと、今までは神様の代理人として教皇が魂の救いについて全部管轄してたのを、そうじゃなくて王様に移してるんだよってこと、その聖なる権利の方も。

樋口:うん

楊:そう、王様が聖なる権利を自分でセルフで自分で自分を認めることができるのを獲得できた。

深井:そう、ローマ教皇を介さなくても救いに対して直接アプローチができるようになったよということなんです、あれは。だから王権があるよという。まだだから信仰を元にした考え方ですよね、この段階では。フランスもそう。王権神授説というのを元にして、フランスは実はカトリックが勝つんだけど、戦争して。プロテスタントとカトリックが戦争してカトリックが優勢になるんだけど、けれどもローマ教会からは独立していくんです。同じカトリックでも。で、フランスで絶対王政が確立して、ルイ16世の時に行き過ぎてフランス革命が起こって国王が処刑されます。そこで初めて人権の概念が生まれる。そして。

樋口:あったあった。

深井:あったよね。じゃあ神聖ローマ帝国、今で言うドイツとかスイスとかね、ベルギーとかも入るかなたしか。ここがどうなっていくかというと、ここは皇帝の権力は下がるんです。神聖ローマ皇帝てのは事実上いないのも同然レベルになる。各領邦と呼ばれる小さい国単位の人たちが強くなって行くんです。神聖ローマ帝国て呼ばれているいまのドイツとかスイスとかがあるようなところの地域に関しては、その全体を統括する王権という意味での皇帝は下がるんです。実は権力が下がるんです、逆に。各領邦と呼ばれる小さい国単位の人たちが力をつけていってあるいみばらばらになる。この王権を強めたフランスとかイギリスとバラバラになったドイツがこのあともっと先の時間軸でいくと、ナポレオン戦争のときにばらばらだからナポレオンに思いっきり負けちゃって、やっぱバラバラだとだめだねといって、くっついて、そこから第一次世界大戦に突入するというちょう大きい流れがあるんですけど。

樋口:そう繋がって行くんだ。

深井:普仏戦争ってのやって、そのあと第一次世界大戦に行く。今のドイツとかスイスがある神聖ローマ帝国という国はもともとから実は皇帝権力ってのは弱めなんです。それがフランスとかイングランドみたいに上に上がったんじゃなくて、実は最終的にあるいみ消滅する形で帰結する。

樋口:消滅。

深井:名前は、神聖ローマ皇帝ていう名前は残るんだけど、ほぼ機能してない状態になるところまで権力がなくなっていくんですね。ちょっとだけ神聖ローマ帝国の紹介しとくね。どんな国か全然わからんでしょう。

樋口:正直。

楊:ローマ帝国と全然違います。

深井:全然違う。ゲルマン民族の国で。ゲルマン民族ってカエサルのときに一瞬出てきたけど部族社会だって話した。ウエルキンゲトリクスがまとめたからまとまったけど、それまでまとまってなかったって話した。比較的実はまとまりにくくて。まとまってるゲルマン民族もいるんだけど、実際まとまってないんです。神聖ローマ帝国ていう帝国って名前つけて、頑張ってつけてるんですけど、ローマの後継者ですって言ってるんだけど、この地域の王様が。それでもちゃんとまとまってないんです、やっぱり。まとまってないってどういうことかっていうと、例えばなんだけど、皇帝の政府ですよね、皇帝直属の政府が諸侯から、諸侯というのは、江戸幕府でいう大名みたいな感じです。この大名の人たちから税金を一応徴収するんだけど、その徴収額が諸侯のさじ加減でめちゃくちゃ変わるみたいな状態。

樋口:基準がない。

深井:あるんだけど、うまく変えれちゃうみたいな。

樋口:好き勝手できるってことですね。

深井:だけど、例えばだけど、そうね、江戸幕府と比較するとちょっとわかりやすいかもしれない。江戸幕府は将軍がいて、将軍以外にも大名がいます。将軍は大名の中の大名みたいな立ち位置で存在していて、三代の家光のときに参勤交代というのを確立してむりやり中央に集めることもできるし、人質とることもできてたし、税金の徴収権ていうのは各大名が持ってるけど、そこに対しての管轄というか干渉する権力も強かったし。そもそも徳川幕府自体が直轄地をたくさんもっていて、4分の1くらいの石高は徳川家の土地だったし。あとすごい大事な貨幣鋳造権てのを持ってる。いわゆる国王が持ってるべき権利って国王大権ていうのがあるんだけど、それを持ってる状態、比較的もってる状態だった、徳川幕府。神聖ローマ帝国ってのはそういうのあんまりない、あんまりというかない。貨幣の鋳造権利ももってないし、直轄地もそんなにたくさんもってない。だからそもそも財政的に逼迫してる。

樋口:なるほど、税金取れないし。

深井:デフォルトでお金持ってない、あんまり。みたいな感じでちょっと弱い国だったんです。この弱い国にルターが出てきて、最終的にこの弱い皇帝ほぼ有名無実でいなくなっちゃうくらい追い込まれて行く。複雑ですけどね。ちょっと複雑だね。単位が違う。ドイツだけ主権国家の単位が違う。主権国家がイングランドはイングランドで主権国家。フランスはフランスで主権国家なんだけど、ドイツは神聖ローマ皇帝で主権国家じゃなくて、各地方の人たち、アメリカで言ったらウイスコンシン州みたいな。その人たちがアメリカ政府を有名無実までぶっ壊して主権国家として成り立ったってはなし。そこにルターと利害が一致したんだよって話をしてます。

樋口:はいはい。だから本当にばらばらの小さい権力の部分がいっぱいあったってイメージですかね。

深井:そうです。今日はこんな感じでやっと次回でマルティンルターが出てきます。

樋口:さっき江戸幕府と比べてなんとか頑張って理解しようとしましたけど。それでもたぶんはいはいってぴんとくるほど実感として理解するのが難しいですね。

深井:ちょっと難しい。中世ヨーロッパ。一番の特徴は今日何回も言った信仰を元にした社会であるということと、ローマ帝国がなくなったあと王権が弱かったんだけど、それがどんどんどんどん上がっていってる過程であるということを理解してくれれば、このあとのルターの話は意味がわかると思います。

樋口:ですね。だから今まで全部そうですよね。モンゴルもそうだしオスマンもそう。ええと、ローマもそうなんですけど。今の現代日本社会と全然違うと言う前提をつい忘れがちなんです。それを忘れないようにずっとここに置いとかないといけない、横に。

深井:そこですよね。面白いなと思うのが、全部違うじゃないですか。

樋口:全部違うますよね

深井:全部違うじゃないですか、だから、いかにやっぱ人間が作る社会が多様なのかがよくわかります。

樋口:そうですね。だからその今までの培ってきた常識をいかに横においといて話を聞くかと言う練習にもなってて、僕はけっこう楽しいです。

楊:いやあ本当です。今生きてる社会の仕組みとかもずっと僕らはこの中で生きてるので当たり前だなあっていつの間にか思ってますけど。やっぱ歴史を勉強すると本当にわかります。全然ぼくらと世界観、社会の仕組みが違うというのが見せつけられてそれは勉強になります。

深井:こんな仕組みの社会あるんだみたいな。

樋口:ですね。

深井:そう言う発見が僕は一番好きなんです。

樋口:まじで、本当に違う惑星の話聞いてるみたいですからね。ということで。ちょっとごめんなさい。まだルター出てこないんですか。

深井:次やっと出てくる。

樋口:やっと。おっけおっけ。

深井:次出てきますんで。

樋口:次回はルター登場ということで一旦今日はここまでですかね。

深井:はい。

樋口:ありがとうございます。

深井:ありがとうございました。

楊:ありがとうございます。

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