#113 ヘレンがまさかの劇場デビュー!お金を求めてドサ回り!?

【今回の内容】
・講演家、デビュー!
・集客力25万人
・サリヴァン先生が離婚!?
・無駄に美化すんなって
・勝手に期待すんなって
・ヘレンの限界と自信喪失
・アンチに叩かれるヘレン
・お金が貯まらず大ピンチ
・芸人、デビュー!
・チームヘレンの新メンバー

樋口 前回までは大学を卒業したヘレン・ケラーが仕事を始めたというところまでお聞きしたんですけれども、今回はその続きからお願いします。

深井 発音の練習をしていたじゃないですか。一応、だからみんなの前でしゃべるという行為をすることはできる。できると言ったら語弊があるんですけど、不可能ではないということで講演活動とかをやっていく人生になっていくわけです。執筆と講演活動の人生にこの後突入するんですけど。

樋口 すごいな。

深井 ヘレンが50歳になるぐらいまでに123の都市で250回ぐらい講演をして、25万人ぐらいの聴衆を集めているんですけど。

樋口 すご。

深井 これ、250回の講演って、何だろうね。目と耳が聞こえてないのに250回するのはすごいよ。

樋口 だってリアクションもないわけですよね。

深井 まあ、あっても分からないわけですよね。あったことが分からないですよね。

樋口 だって、いくらおもろいことを言ってぼけても、まったく笑い声が聞こえないわけですからね(笑)。

深井 そうそう。

楊 でも会場の空気の振動とかも結構感じることができたみたいですよ。

深井 そうだね。空気の振動でいろいろ分かったらしい。喜んでいるかどうかとか分かっていたらしい、実はね。

樋口 なるほど。

深井 やっぱり障害者なので、普段の生活も普通の人より時間がかかるわけ。だから仕事と家事でめちゃくちゃ忙しくなったらしくて、本当に多忙な毎日になるんですよ。サリヴァン先生とヘレンって。多忙な毎日を過ごしていくんですね。執筆活動、講演活動、家事。それでサリヴァン先生、体を壊していくんですよね。

樋口 サリヴァン先生、そういえば結婚していますもんね。

深井 結婚しているんですけど、サリヴァン先生のだんなさんとヘレンと3人で暮らしているんですよ。

樋口 じゃあ、もうそういう感じか。

深井 そう。ちなみにサリヴァン先生のだんなさん、すごくいい方だったみたいなんですけど、この人もヘレンとサリヴァンが有名になっていくにつれて心の距離を感じていって、別居しちゃいます、サリヴァン先生。離婚こそしなかったんですけど、最終的に最後何十年間はもう別居状態で、事実上の離婚状態。

樋口 あちゃちゃ。

楊 2人は講演活動が忙しくて家にいないことも結構多かったみたいですからね。

樋口 そうだね。なるほど。

深井 ということで各地を移動しながら仕事をしていっている状態ですね。アンチも生まれてくるわけですね。有名になってくるにつれてアンチも生まれてきたりとか。ちなみにヘレンが一番困るといった人たちがどんなタイプだったかというと、自分たちをむだに美化する人。だから1回しか会ったことがありません。自分もそんな話もしたこともないのに、何かこんなにすごい人だみたいな話をいろいろなところで言いふらす人(笑)。事実じゃないすごいことをしたとかいうことを言いふらす人たちが一番嫌いだったみたい、ヘレン。自伝の中で結構ぼろくそ書いている。こういう人がいるからめちゃくちゃ自分が困ったみたいなことを書いて。

樋口 それはでも現実世界にもいそうな気がするな。僕らの周りにも。

深井 いますよね。

樋口 いますね。

深井 だいたいそういう人は勝手にお願いしてきて、勝手に失望して、勝手にキレてくると言っていました。なるほどなという感じ。

樋口 なるほどなという感じですね。

深井 変な期待して。さらっと仕事したとか言いましたけど、ずっと不安感と戦っていたみたいですね。僕たちから見たりとか、歴史の結果、講演した回数とかいう結果を最初に言いましたけど、結果から見るとヘレン・ケラーだからそんなことができたなとか、ヘレン・ケラーってそれだけ立派な人だなと思うじゃないですか。だけど散々、「COTEN RADIO」の中では偉人を見るときにこういう伝え方をしてきたと思うんですけど、ヘレン自体はずっと不安感を抱えながらそれをやっているわけ。余裕だなと思いながらやっているわけじゃないんですよね。

 自分みたいな障害を持っていて、ろくに議論もできないと。要は5〜6人で、そういう同じ活動をしている人たちが5〜6人集まって議論して、どうやって自分たちの活動をよくしていこうかみたいな議論をしているときに即反応できないじゃん、相手の言葉に。

楊 そうだよね。

深井 あと、相手の顔を触っていたら何言っているかって分かるようになっていたんだけど、その顔も同時に議論していたら分からないじゃん。

樋口 そうか。

深井 議論もできないような自分がこういう世界に入っていったい何ができるんだろうということで、やっぱり自信喪失との戦いだったんですよね。あと、講演もうまくいったと思ったことはほとんどなかったみたい。毎回、全然だめだなと思って終わっているみたいなんですよ、どうやら。だからそこの自己との戦いはずっとあったみたいですね。

樋口 そうか、リアルタイムで生きていたらそうか。僕らとかは本当に伝記とかが世界中で有名になってヘレン・ケラーという名前を知っているから、すごい人だという結果を知っているからですけど、リアルタイムで生きていたらそれは不安でしょうね。

深井 自分自身は分からないから。

楊 さっき委員会に入った委員会でも、やっぱりさっき深井君が言ったように、議論がまともに参加できないから結局辞めてしまったんですよね。

深井 そう。それに最初ら辺の講演でめちゃくちゃ失敗したらしくて、相当練習していったんだって。やっぱり当たり前だよね。相当練習していったらしいんですけど、いざ講演となったときに言葉が出てこなかったらしいんですよ。ガンディーみたいに。しゃべれたんだけど、めっちゃ声、小さかったらしくて、全然みんな聞き取れなかったんだって。大失敗したことだけずっと分かっていて、しゃべりながら(笑)。本当、それがしんどかったみたいですね。そのときになんて自分はこんな、三重苦から始まった自分が講演するみたいなばかみたいなことを始めちゃったんだろうと思っていたみたい、そのときは。

樋口 当然思うわな。

深井 すげえばかみたいなチャレンジしてしまったなと思ったと。

楊 自分からいばらの道に行こうとしたんだね(笑)。

深井 そう。調子に乗り過ぎたと思ったみたい。だからこんな難しすぎることを何でやっちゃったんだ。無理だったのに何でこんなことを始めてしまったんだろうと、彼女はこのときは思ってしまったみたいなんですよ。けど、この後、立派だなと思うのは、丸3年間かけて発音の練習をする、また。これ、30代ぐらいのときだったらしいんだけど、丸3年間ぐらいかけてまた新しい先生を呼んできて、そこで自分が音声をコントロールできるようになるというところを目指して、また発音の練習をする。

 発音の練習もやっぱり想像を絶するぐらい大変なんですよ。僕たちは簡単に声が出せるんだけど、ヘレンは簡単ではないので、声を出す仕組みを3つに分けているんですよね。◇動力◇と◇振動器◇と◇共鳴器◇って、この3つがどういうふうに作用しているかというのを意識しながら音を出す。やっぱり音のリズムとかも分からなかったらしいので、リズムであるとか、あとは音の高い、低いみたいなものをどういうふうに把握していくかとか、把握はできないんだけど、コントロールするかということをここで3年間かけて学んだことによって、だいぶ聞き取りやすく、だいぶ講演してもおかしくはないみたいな状況になるまでなったし、それでもやっぱり自分がいきなりしゃべるというのは結構しんどかったらしくて、ヘレンが。サリヴァン先生と一緒に講演に回ると。一番最初はサリヴァンが話す。途中で自分が出ていって、サリヴァン先生の口を触って、自分が口を触るだけで相手が言っていることが何かが分かることを示す。その後に自分がしゃべるという、このステップでしゃべるようになったら緊張もそんなしなくてしゃべれるということが分かってきて、このステップで講演をするというので勝ちパターンを見つけて、それでやっていったみたいです。

樋口 じゃあ、自分なりのフォームをここでつくったんですね、発明した。

深井 そうです。やっぱりずっと自分がしゃべるというのはいろいろしんどいみたいで、しゃべるパートをなるべく減らして、相手に質問してもらって質問に答えるみたいにしたりとかね。

楊 そうだよね。ヘレン・ケラーがしゃべる動画、「YouTube」とかにも上がっていますので。

深井 実際、本人も最後までやっぱりうまくならなかったと言っていますね。ここら辺から同時期に社会活動が障害者教育だけじゃなくて、社会課題をどうするかとかもそうだし、あとは戦争とかの反戦活動とか、あとはちなみにヘレン・ケラーって社会主義者なんですよ。社会主義。だから社会主義の話をしたり、またさらなるアンチとかをここでつくっていくんだよね。

楊 政治的な発言をすごくするようになっていて、だから黒人の奴隷解放、あと反戦活動、あとは労働者の処遇改善だったりとか、女性の参政権とかね。全然正しい発言ではあるんだけれども、やっぱり当時のアメリカからしてそういう人が政治的な発言をすることはまだ少数だったし、しかもスーパースターですよ。女性のスーパースターがすげえ政治的な発言をしだしたみたいな、何だこいつはみたいな。というふうにたたかれ始めたんですよ。

樋口 何か最近も。

楊 ありますね。

樋口 最近「Twitter」でよくありますからね、そういうの。

深井 芸能人の政治的発言をたたくみたいなこととまったく同じことがこのときも起こって。メディアもヘレンが時事問題を扱った記事を掲載するのは拒否したりして、執筆の仕事が減ってしまったりとか、そういうことも起こってくると。サリヴァン先生、働き過ぎて倒れちゃうんですよね、そして。

樋口 あら、まずいじゃないですか。

深井 そうなんです。働かないと正直生きていけない状況になっていたんだけれども、一応スポンサーというか、いろいろ経済的支援をくれる大金持ちとかもいたんだけど、いなくなったりしている時期もあったりして、支援がなくなった時期とかがあって。自分たちで稼いだお金だけで生きていけるんだけど、めちゃくちゃ忙しいんですよ。忙しいからサリヴァン先生、体を壊しちゃうと。体を壊すとさすがに働かせられないから貧乏になっていくんですよね。経済的困窮時代というのがここで来ちゃうんですよね。30代前半ぐらいから結構長い間。

楊 あと、自分たちで稼いだ金を何か寄付とかしちゃうんですよね、障害者に。

深井 それはね。だから本当に最低限の生きる金の本当、最低限も維持できなくなったら、何とかちょっと講演とかに出るしみたいな感じで、静養している時期とかもあったりしてね。サリヴァン先生がいないと執筆もやっぱり難しいんですよね。資料を集めるというのができないので、ヘレン1人だと。アウトプットは最悪1人でできるけど、インプットができないと。本を書くときっていろいろインプットもしないといけないから難しいということで、ついに家を売ります。

樋口 ワオ。

深井 ニューヨークのクイーンズというところに移り住みますね。そうやって貧乏になるんだけど、当時、鉄道王でカーネギーという人、この人が年金をくれると言うんですよ。要は経済的援助を申し出てくれる。最初はかたくなに断っていたんですけど、ついにマジで生活できませんとなってしまって、本当にサリヴァンが体を壊しまくって完全に働けません、本当に経済活動、停止したみたいになって、手紙でカーネーギに、本当に正直どうしようもなくて援助をいただけると助かりますというので援助してもらって、それで何とか生きていくことができるぐらいまで困窮していく。

楊 そうだよね。

樋口 もらっていいよ(笑)。いい。

楊 あとサリヴァン先生も視力が結構落ちてきたもんな。

深井 そう。サリヴァン先生、また目が見えなくなっていくんです、ちなみに。晩年にかけて。いろいろな理由で。働き過ぎもあるだろうし、そうやって目を使い過ぎたというのもあるだろうし、また調子が悪くなっていって、最後、ほぼというか失明するんですけど、また。

楊 2つの眼球を全部摘出してしまうんですよ。

深井 最後、サリヴァン先生、ちなみに点字本を読むことになるんですけど、点字本を読むときに、もう点字、忘れちゃっていたんですよ、サリヴァン先生。ヘレンに自分が教えたんだけど、長らく使ってなかったから。ヘレンがサリヴァンにそのとき点字を教えたんだって。

樋口 ちょっとやばいね。

深井 すごいよね。そういうのもありながら、40歳ぐらいのときにマジでお金に困ったときに劇場に出始めたんですね。見せ物みたいな感じで、ちょっと。

樋口 劇場?

深井 そう。だからマジでお金に困って、やることがなくなって、劇場に出て大道芸人みたいな人たちの芸と一緒の同列で出て、そこで要は目が見えない、耳が聞こえないのにしゃべれるやつみたいな、珍しがってくださいみたいな感じで出るようになるんですよ。

樋口 芸人という立場でですか。

深井 芸人です。芸人の立ち位置で出るようになって。

楊 寄席みたいな感じだよね。

深井 4〜5年間ぐらいこれで生きていく感じ。

樋口 ちょっとさっきも言ったけど、でもおもろいことを言っても受けているかどうか耳で聞こえないんですよね。

深井 でも、人の体温とかリアクションはちょっと分かっていたらしくて、笑うとかは分かっていたみたい。

樋口 そうなんだ。それがすごいけどな。

深井 ヘレンはすごい楽しんでいたんですけど、サリヴァン先生はすげえ嫌だったらしいです(笑)。

楊 性格が分かれるよね、面白い。

深井 そう、性格が分かれるよね。

楊 ヘレン・ケラーにとってそういう堅苦しいところで講演するよりも、こっちの方、めっちゃ楽しい、みんなちゃんと素直にリアクションしてくれるみたいな。結構楽しんでやれたみたいですよ。

深井 このときもやっぱりアンチがたくさんいて、障害を見せ物にしやがってみたいな人たちがたくさんいましたね。

樋口 でも本人が楽しかったらね。

深井 そうそう。僕も本人が楽しければ別に誰にも迷惑を掛けてないし、いいかなと思いますし、本当に生活できなかったからしょうがないですよね。いいことだと思います。同時期にサリヴァンが体が弱りすぎてあんまり働かせられないので、新しいお手伝いさんを雇うとなって、最終的にサリヴァン先生の代わりになる人、代わりとしてヘレンをずっとサポートすることになるポリー・トムソンさんという人がいるんですけど、タムソンとも読むんですけど。この方を雇って、この人がジョインします。

樋口 ポリー。

深井 そう、ポリーさんというんですけど、この人は全然盲人の教育とかにも携わったことがないし、スコットランド人なんですけど、別に何の経験も持ってない人だったんだけど、何かすごい献身的で筋のいい人だったみたいで、この人がいたからサリヴァン先生が亡くなった後もヘレンは結構長生きするんです。サリヴァン先生が亡くなってから30年間ぐらい生きているんだけど、ヘレンって。

 すごいいろいろな活動ができたのは、やっぱりこのポリーさんのおかげですね。ポリーさんがいたから仕事を続けることができたんです。サリヴァン先生、体がどんどん弱っていくんだけど。

楊 いい出会いだよね。この人も立派な人だもんな。

深井 いい出会い。そうそう。

楊 本当立派な人。

深井 あとは、この劇場に出ている時期にお母さんが亡くなっちゃいますね。

樋口 あらら。

深井 本当愛情を注いでくれた。

樋口 このときヘレンが?

深井 42歳のときです。

樋口 42歳か。

深井 42歳ぐらいのときにお母さんが亡くなってしまって。すごい愛情を注いでくれたお母さんだったんですけれども。

楊 相当ショックだったろうね。

深井 相当ショックだったでしょうね。

楊 何かこの訃報は、芸人、舞台に立つ直前に知らされて、めっちゃ泣くのを我慢しながらみんなをすごく笑わせていたという。

深井 言っていたね。僕も見たな、それ。

楊 その日は。

樋口 それ、でも出るのが芸人なんですよね。俺の同期の友達にまったく同じ経験をしたやつがいて、そいつもライブ、やっていましたね。

深井 マジ、すごいね。

樋口 やっていました。親の不幸があったんですけど、これ、出ると会社に言って出ていましたね。

深井 すごいね。

樋口 一番きついですよね。不幸のときに人を笑わせなきゃいけない状態というのは。

深井 そうですよね。この状態から、劇場とか出ていて、反戦運動とかも同時にしていて、世間からも結構たたかれることも多くなりながら、でも偉業が認められて大学の博士号とかをもらったりするね。博士号って必ずしも大学に通って取らなくてもよくて、社会人博士号みたいな感じで、サリヴァン先生とヘレンのどっちとも博士号が出て表彰されたりとかして、すごいいいこともたくさん起こるみたいな感じでありますね。 

 次の回でついにサリヴァン先生が亡くなってしまって、じゃあ、その後、どういうふうに生きていったのかという話と、あとは結構今までの話の中で話してないこともあるので、時間があればそういうところも話していければなと思います。

樋口 そうか。ついにサリヴァン先生がいなくなっちゃうんですね、次で。

深井 サリヴァン先生、いなくなっちゃうんですよね、結構早い段階で。

樋口 だからちょっと想像がつかないぐらいたぶん支えられてきた人ということですからね。

深井 そうです。

樋口 いなくなったらどうなるのかというのが、続きは次回ですかね。

深井 はい。

樋口 ありがとうございました。

楊 ありがとうございます。

(録音終了)

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