#112 盲人よ、自尊心を抱け!ヘレン・ケラーの社会福祉活動

【今回の内容】
・入学先はサリヴァン先生の母校
・ヘレン、初めての友だち
・話せるようになりたいヘレン
・吐きまくるサリヴァン
・数学、苦手!
・サリヴァン、先生辞める事件
・カントとデカルト、読んだことある?
・ヘレンの罪悪感
・結婚???
・世のため人のため障がい者のため

樋口 前回までは、ヘレン・ケラーが文章だったりいろいろなことを学んで、僕、心に残ったのはやっぱりクリスマスの話。クリスマスを一緒に喜んだみたいな話まで、お聞きしたんですけれども、次からは大学ですね、いよいよ。

深井 そうですね。大学に行く前から始めますけど。サリヴァン先生が行っていた学校と同じパーキンス学院に7歳で入学します。家庭教師になっていたところから学校に通うようになって、もちろんサリヴァン先生はずっと先生をしている。付きっきりの先生をしている。いろいろな教育を、いろいろな角度から教育を受けるためにその学校に行くようになるんですけれども、ここでたくさん友達ができます。ほら、パーキンス学院にいる子たちって、みんな目が見えなかったりするわけで、その人たちはみんな指文字を使うことができたりするので。

 そこで一緒に課外授業に行って、史跡に行ったりとか海に行ったりとかいろいろなことをして、ここで実は健やかに育っていくんですけれども。

樋口 ああ、いいですね。

深井 言葉の発音を学ぶ機会があるんですよね、10歳ぐらいのときに。これね、本当にターニングポイントの1つだなと思っていまして。ヘレン・ケラーが言葉をしゃべれるようになるのって、ちょっと想像しづらいでしょう。

樋口 分からないですね。

深井 だって、発音を聞いたことない人が、その発音をどうやってやるのかという話じゃないですか。

楊 模倣できないもんね。

樋口 そうか。

深井 そう。模倣できないからさ、それは難しいだろうと思うと思うんですけれども、実際めちゃくちゃ難しいんですけど、これに10歳からトライするんですよ。

樋口 どうやってやるんや。

深井 やっぱり指だけでコミュニケーションを取っているとか、ないしは文字で伝えるというのは、彼女からしたらすごくもどかしいという感覚がやっぱりあった。もう10歳ぐらいになったら指文字もめちゃくちゃ速くなっているんですけど、とはいえ、発音ができるようになる、言葉で、自分の口を使って言葉を伝えられるようになるというのは、彼女にとって非常に重要なことだったんですね。すごくやりたいことだったんです。ほかの人間、自分以外の人間が口でしゃべって、口同士でコミュニケーションをしているということは、ちょっと前から分かっていたわけ。逆に言ったら、ちょっと前までそれも分からなかった。けど、10歳よりも前の段階で、もうそういうことは分かっていたんだけれども、自分はそれができないということも分かっていたんだけれども、そういうことをやりたいと周りに言っても、できるわけないじゃんと言われているわけです、ずっと。

 だけど、ここでもある人の存在がその可能性を示していくんだけれども。やっぱり存在を知るって大事だなと僕は思いますけどね、これでも。目と耳の不自由なノルウェーのある子供が、唇をこうやって指で触って発音方法を学んで、しゃべることができるようになったという話を小耳に挟むんですよ。それを聞いてから、もうその思いが抑えられなくなって、それを勉強したい、勉強したいというのを、ヘレンがずっといい続け始めるわけ。

 それで、ついに勉強しようかとなって、ホレース・マンろうあ学校というところがあって、そこにサラ・フラーという先生がいるんですけど、そこの先生がその方法を一応知っているということで、そこに勉強しにいきます。そこで11回授業を受けるんだけれども、先生の口に手を当てて先生が発音すると、その口の形をまねして何か言ってみる。それを正しい発音ができるまで繰り返すということを、やり続けるというのをやる。

樋口 果てしないな。

楊 もう手の感触だよね。確か鼻と唇と喉にそれぞれ指を当てて、それぞれの形と振動を指で感じて、自分の口でまた再現するというのをずっと繰り返す。

深井 実際1カ月ぐらいで結構多くの発音ができるようになるんですけど。できるようになると言っても、発音がきれいかと言うと全然きれいじゃないです。この日から、もう本当に一晩中発音の練習をし始めたりしますね。これに関しては、もう相当苦労したみたいだよね。ヘレンが大人になってもずっと練習しているし、晩年になっても発音ができるようになったという感覚は彼女の中になくて、もう全然だめなんだけど練習し続けるという感覚でやっている。

楊 そうね。しゃべれることは、やっぱり彼女にとっての悲願みたいなものだったもんね。

深井 そうだよね。声でしゃべるということが、ヘレンにとっての本当に、何て言うか、すごく強烈な願いの1つだったんですよね。

樋口 なるほどね。

深井 僕たちは当たり前にできますけどね、そこができないヘレンにとっては、そこが欲しかったというのがあって。授業が終わった後は、ずっとサリヴァン先生と一緒にその練習をして、口の中に手を突っ込んでおえっとさせるというのを何回もやったと書いてあったよね。

楊 そうそう。喉奥の形を指で感知するために、サリヴァン先生の喉奥に指を突っ込んで、サリヴァン先生が何回も吐くというね(笑)。

深井 かわいそうだけど、しょうがないな。

樋口 そうするしかないか。

深井 そうだね。これも大変だよね。

樋口 模倣ができないから、これをやってみて違う、これをやってみて違うというのを、消去法的にやらないといけないわけですよね。

深井 そうそう。消去法的にやらないといけないし、仮に1回正しい発音ができたとしても、それを声で覚えているわけじゃないから。

楊 確かにね。

深井 こういう喉と唇の形と舌の形でしか、彼女はそれを記憶できないので、すごく難しいですよね。再現性を出すのが難しい。だって、自分が今高い声を出しているのか低い声を出しているのかも分からないわけだから。

樋口 しかも記録できないですからね、文字で。

深井 そう。声が裏返っているかどうかさえ分からないらしいんですよ。だから、すごく難しいですよね。ただ、これを勉強したちょっと後に、町の人の前で200語ぐらいのすごく短いスピーチをやったらしいです。

樋口 えー、すごい。

深井 これはまた両親もやっぱり感動したみたいですね、これを見て。

樋口 いや、だってできると思っていないですよ、お母さん。

深井 うん。10歳のときにこうやって発音の練習もし始めてちょっとできるようになったりして。このとき、もう手紙がすごくなっているの(笑)。手紙で成長を感じられるから、ちょっと読んでみます。だいぶ中略しますけど。さっきの手紙を覚えていますかね。さっきというか前回のやつね。今回の手紙はね、じゃあ、読みますよ。

 愛するブックス先生。この美しい朝、お懐かしい先生にお便りするのを大変うれしく思います。ボストンでお友達をお別れするのはつらかったのですが、妹に会うことを考えると、汽車を待つ間ももどかしくてたまりません。妹は大きく丈夫に育っております。世界にこんなかわいらしい子がまたとあるでしょうか。中略しますね。ぜひ神様についてご存じのことを私に教えてください。

 これは、神父さんに向けて送っている手紙ですね。神父じゃなくて牧師さんですね。

 善良で知恵のある神様について伺うのは喜びです。お暇をみて、ぜひ先生の幼い友に、これは自分のことですね、お書きくださいませ。という手紙を書いています。

樋口 すごい。

深井 ここまで上達した。

樋口 ぺらぺらやん。

楊 すごいよね。

深井 10歳。

楊 俺が10歳のときも、こんなきれいな文章書けんよ(笑)。

深井 うん、そうなんよ。10歳でも書けないんよ。

樋口 だって、前回ってあれですよね。ジョージはヘレンにリンゴをやりますとか、そんなレベルですよね。

深井 そうそう。そんなやつ。前回のやつ。7歳のときのやつね。

樋口 ああ、7歳か。

深井 もうここまで文章ができるようになっている。

樋口 はあ、やばいやばい。頑張ったね。

深井 そう。14歳ぐらいのときには、また別の学校に行って、そこでさらなる発声の練習をしたりだとか、あとは数学、地理、ドイツ語、フランス語とか、そういうのも勉強したりします。これはニューヨークにある学校なんですけど、ニューヨークに行ったりとか、結構遠くまで行って、サリヴァン先生と一緒に暮らしながら、そういう学校に通うみたいなことをしていたりするわけです。

樋口 へえ。じゃあ、数学とかもちゃんとやっているんですね。

楊 そうだよね。

深井 うん、やっています。

楊 語学センスやばいね。ドイツ語、フランス語。確か後でギリシャ語とかラテン語とかも覚えたもんね。

深井 やっぱり文学のセンスがすごくある方なので、ヘレンがね。

楊 うん、あるある。

深井 だから、言語はあまり苦労せずに勉強できたみたいですね。一方で数学はすごくしんどかったみたいですよ。目も見えないし。数学を目が見えないのにやるのは、実際ムズいじゃん。

樋口 だって、グラフが分からないですからね。

深井 そうだよ。図形問題をどうやって解くんだよという話じゃないですか。

樋口 本当。

深井 どうやって理解するんだよという話じゃないですか、図形の。

樋口 数式を、要は筆算とかできないわけですから、全部暗算か。

深井 うん、できない。どうしたんでしょうね。そこまで書いていなかったんですけど、難しいですよね。

樋口 本当に難しいな。

深井 それで、14歳ぐらいのときにこうやっていろいろな学校へ行ったりして、その後も15〜16歳のときには女学校に通ったりしているんですけれども、それぐらいのときから大学へ行きたいと思い始めているわけです、ヘレンが。大学に通いたいなと。しかも、ハーバード大学が拒否ったらしいよね。

楊 そう。1回ハーバード大学に相談にいって受けたいですと言ったら、いや、うちは障害者を受け入れていないし、いや、おたくはやっぱり難しいんじゃないですかと遠回しに断られて、それにヘレンがキレて、いや、絶対入ってやろうみたいなのはあったみたいです。

樋口 へえ、いいね。

深井 絶対入ってやろうってなったみたいだね。

樋口 ヘレン、いいよ。

楊 そう。すごく性格が分かりますよね。超負けず嫌いなんですよ。

深井 そうそう。この15〜16歳のときに入ったケンブリッジ女学校というところがあるんですが、これはもう既に盲人用の学校じゃないんですよ。普通の学校なんですよ。普通の進学校。ハーバード付属校だから。15〜16歳の時点でもう普通の進学校に入った。サリヴァン先生と一緒に授業に出て。先生は普通に言葉でしゃべっているわけ、授業の普通の先生は。それをサリヴァン先生が指文字で伝え続けて、それをこうやって手で触りながら聞くという、すさまじい勉強をしているわけです。

樋口 すさまじいね。

深井 そして教科書がないんだよね。点字で教科書が存在しません。授業中ノートも取れなわけ。だってずっと指文字を触っているから。こういうディスアドバンテージですよね。ハンディと言ってもいいですけど。こういう状態で、授業が終わった後にタイプライターを打てるので、タイプライターでメモるみたいなね。ここからハーバードへ行くまではすごいなと思った。

樋口 ちょっと想像がつかないですね。できる気がしないですね。

深井 いくら頭がよくても、やっぱりすごいよ。

樋口 ちなみにサリヴァン先生が来てから何年たっているんですか。7歳のときに来たから。

深井 8年とかかな。8年、9年かな、たっていますね。

樋口 8年、9年ずっと横でそれをやって。

深井 やっている、やっている。

樋口 学校に一緒に行って。

楊 そうそう。指文字でね。

樋口 やばいね。

楊 ほかの生徒がみんな寝静まった後も、2人でずっと宿題をやっていたりメモをしたりとかやっていた。時間がかかるんだよね。

深井 そう、時間がかかる。速攻で伝えることができないから、1文字1文字つづらないといけないから、1つを伝えるのにすごく時間がかかるんですよ。それを記録していくことも基本的にできないから、ヘレンも1回聞いたことをちゃんと覚えていないといけないですからね。

楊 そうだよね。教科書とかを読むときも、点字の教科書とかはまだそろっていないから。

深井 少なかったから。

楊 サリヴァン先生が読んで指文字でヘレンに伝えて、ヘレンが、ここをもう1回読んでくださいと言って、またそれを指文字で伝える。その繰り返しだもんね。

深井 そうそう。サリヴァン先生も手が動かなくなったらしいですね。

楊 けんしょう炎になるわ。

樋口 なるな。なるほど。

深井 数学がやっぱり難しいんですよね。たぶんヘレンはすごく文系の人なんですよ。

楊 分かる。

深井 すごく文系チックだよね。自伝を読んでいても思うんですけど、非常に文系チックな感じがするんですね。やっぱり理系教科が苦手なんですよ。特に幾何学という学科がやっぱりすごく苦手。目で見られないから苦手で、図形をどうやって理解するのかみたいになったときに、サリヴァン先生が針金で作って、それを触って理解していったらしいです。

樋口 えー、すごい。針金か。

深井 そう。

樋口 そうか。でも、それしかないもんね。

楊 うんうん。

深井 あと、これは俺が読んだ文献には書いていなかったけど、このころからヘレンの家が貧乏になっていったんだね。

楊 そうそう。お父さんの収入か何かで、だんだんとケラー家、ヘレンの家の家計が傾いていって、サリヴァン先生の給料を払えないときも出てきたんですよ。

樋口 あら。

楊 それでもサリヴァン先生はずっと教えているというか。

樋口 ここまで来たら、もう完全に家族ですね。

楊 うん。

深井 いや、もう完全に家族以上ですよね。サリヴァン先生はこの時点で28歳ぐらいでしょう。本当にお姉さんという感じでしょうね。

楊 だよね、本当に。お互いがお互いをなくてはいけない存在だと思っていたんでしょうね。

深井 そうですね。そうか、お父さんが亡くなったんですよね、このころ。だから、貧乏になっていったのかもしれないですね。

楊 ああ、そうか、そうだね。

深井 お父さんが亡くなっているんですよね、15〜16歳のときにね。そしていよいよ、めちゃくちゃ勉強してヘレンが成績優秀になっていくんです。7歳まで言葉も分からなかったし、一緒に勉強を頑張っているサリヴァン先生は14歳まで自分の名前を書けなかったのに、この2人がハーバード大学で勉強してかなり成績が優秀になってくるんですよ。

樋口 すごい、すごい。

深井 ヘレンも体を壊したりするんですよね。丈夫なんですけど、やっぱり勉強しすぎて体を壊したりして。そうしたら、ちょっとハードすぎるんじゃないかみたいな。障害者なのに、そんなハードに勉強させ続けてみたいなこととか、サリヴァン先生に今度は批判がちょっと行ったりして、学校からね、学校の校長先生とかから、それで女学校をやめます。退学して、家に戻って家で勉強したりするよね。

樋口 え? やめるんですね。

深井 やめます。

楊 進学校をですね。校長先生から見ると、サリヴァン先生はヘレン・ケラーを勉強させすぎだし、しかもお互いが、ヘレンがサリヴァン先生にすごく依存していることを、校長先生はよくないと考えたみたいですね。よくないと考えて、ちゃんとヘレンとサリヴァン先生を引き離して、ヘレンをうちの学校で私が引き受けるみたいな、そういう話が進んだみたいでしたよ。だから、それにサリヴァン先生がすごくがっかりして、一時期、本当にもう家庭教師を辞めようとまで思っていたみたいですよ。そのとき、アメリカとスペインがちょうど戦争していたので、その看護婦に実際もう志願したんですよ。もう転職しようと思って。あまりにもがっかりして。たぶんヘレンの母親も校長先生の味方になって、それに賛成していたというふうな記述もあったんですけど、それもやっぱりサリヴァン先生をがっかりさせた1つの原因だったんだけれども、ヘレンが、私はもう絶対先生以外の人はいないみたいなことを、ずっとこうすごく強い気持ちで主張して、そのままサリヴァン先生はヘレンについていって、学校を辞めた後も家庭教師を継続していったという、ちょっとした波乱があったみたいです。

深井 まあ、波乱はあるよね。

樋口 そうか。だって、ヘレン・ケラーの親もだめだと言ったということは、本当にヘレン以外の全員が。

深井 それは、俺は逆の記述で見たんだよな。ヘレンの母親はサリヴァンをかばったみたいなやつを見た覚えがあるので、本によって違うのかもしれないです。

楊 そうそう。本によって違うみたいね。

深井 けど、そんな感じで一波乱もありながら、家に戻って新たに勉強を教えてくれる家庭教師も雇って、その人から教えてもらうという方法で、大学受験を目指すことになります。模試というかね、プレ受験みたいな、模擬試験みたいなのがあるみたいで。予備試験といって。そこでは、サリヴァン先生が試験会場に入って一緒に解くというのを許してくれたんだけれども、実は本番の試験をとうとうね、二十歳ぐらいまでそれでずっと勉強して。だから、かなり長いよね。だいぶ勉強したことになりますけど。二十歳まで勉強して、二十歳のときに受験するんですけれども、このときに、試験会場にサリヴァン先生は入っちゃだめだっていきなり言われるみたいですね。

樋口 うわ、え? どうするんや。

深井 すごいピンチですよね。実際入れてくれなかったんですよ。学校側で指文字ができる人を呼んできて、それでやったみたいだけど、やっぱり相当やりづらいんじゃないかと思いますけど。

樋口 はあ、そうか。要はカンニングできるからということですね、やろうと思えば。

深井 うん、まあ、しようと思えばね。ただ、そんなことは絶対しないから入れてくださいと言っても、やっぱりだめだったみたいですね。そういう波乱もありながらも、まじで合格します。

樋口 おおー、すごいね(笑)。

深井 すごいよ。

樋口 いや、おめでとう。おめでとう、ヘレン。

深井 合格するんだけど、この後も大変なわけ。だいたいアメリカって、ほら、大学に入った後、結構大変じゃん。

楊 そうだよね。

樋口 そうか。そこは日本と違いますもんね。

深井 そう。だけどね、大学に合格したというこのニュースは、もう全国に流れたみたいですね。そりゃそうだよね。今でもたぶんなるもんね。目と耳が聞こえない人が東大の一般試験に合格しましたとなったら、そりゃたぶんニュースになると思うんですよ。この当時もやっぱりニュースになった。

楊 大スターになったね。

深井 うん。それで自伝を書いてくださいみたいな。実際自伝を書きますけどね。という話が来たりだとか、周りの人が点字本を作ってくれるのをサポートしてくれたりだとかするんだけど、友達は大学であまりできなかったみたいですね。

樋口 へえ、そうなのか。

深井 うん。あまりできなかったって本人が言っていますね。自伝を2回書いているんですけど、2回目の自伝のときに書いていますし。あとは、ヘレンはここで歴史と哲学の授業にすごくのめり込んでいく。面白いなと思ったんだけど、哲学の授業を通じて、自分が不完全な知覚を持っていると本人が言っているんだけど、その不完全な知覚というものが、そんなに問題じゃないんだということが分かってきたらしいんですよ。

樋口 おー、面白い。

深井 例えば唯識論のときにもやったけどさ。今、僕たちが受け取っているやつが本当かどうか分からないみたいな話をしたじゃないですか。

樋口 ええ。

深井 そういうのを読んだんだと思うんですよね、西洋哲学から。デカルトとかも似たようなことを言っているし。そういうのを勉強する中で、何て言うかな、知覚が足りないということの意味をいろいろな角度からとらえ直すことができるようになっていったんですよね、ヘレンが。そして、思索の世界にふけることができるようになっていく。もともと向いていたんでしょうね。だから、カント、デカルトとかをすごく勉強したらしいんですけど。こういうので、かなりインテリ系になっていきます(笑)。

楊 そうだね。

樋口 すごいね。だって俺、耳は聞こえるし目も見えるけど、カント、デカルトは勉強していないですからね。

深井 そうですね。まあ、ほとんどの人がそうですけど。

樋口 いや、だってそれでも難しいじゃないですか。

深井 うん、難しいと思う。

樋口 それでもたぶん理解するのが難しいものを、そのハンディキャップを背負った状態でガンガン突っ込んでいったわけですよね。知の泉みたいなものに。

深井 そうですね。まあね、ハーバード大学の学生ですから、やっぱり頭はいいはずですよね。

樋口 すごすぎるね。

深井 だから、そういう哲学とかも当然ですけどちゃんと合格しているということは、できるということですよね。彼女はそれに合格して、実際それをやって、楽しんで勉強をすごくしたというふうに言っていますね。

 あと、書いてあってすごいなと思ったのが、嗅覚、におい、これを研ぎ澄ませまくったら、視覚、目で見るということがどういうことなのか分からないけど、そういうのを想像できるようになったと言っている。ちょっと意味が分かんなかったんだけど(笑)。

樋口 本当?

深井 さらっと読んだだけだったから、意味が分かっていなかったんだけど、どこに書いてあったかも忘れちゃったんだけど、まじかと思った。それは哲学の勉強とも関係していた。すごいなと思った。

樋口 さっぱり想像できないですけどね。

楊 そうだね。

深井 さっと意味が分かんなかった。においを極めまくって、哲学的なものごとのとらえ方とかをし続けていったときに、視覚でものを見るということがどういうことなのかというのを、視覚を持っていなくても分かるようになってきたみたいなことを言っていたんですよね。

樋口 ここから先は、もう本当に分からないレベルですね。

深井 めちゃくちゃ勉強して、ついに卒業します。大学卒業後なんですけど、どうやって生きていくかという話じゃないですか、卒業した後。

楊 進路。

樋口 そうだ。

深井 まず在学中に自伝の原稿を書いたりだとか、あとは、経済的支援をしてくれる人がやっぱりいたみたいなんですよね、金持ちで。そういう人たちからお金をもらっていたのもあって、小さい家を買っているんですよ。

樋口 じゃあ、住むところは何とかなったんですね。

深井 小さい家をね。その小さい家に住みながら、そこで文章を執筆する仕事をしたいなと、ヘレンは思っていた。あと点字本とかもいっぱい作りたいなみたいな。自分自身はすごく恵まれた環境で育てられたと、ヘレン本人が言っているんですけれども、育てられたから、こうやって大学を卒業するところまで来られたんだけれども、世の中の障害者の中には、そういうふうな境遇にいない障害者が圧倒的多数である。だから、彼らの役に立つことができたらすごくいいなということを、おぼろげにこの時点で考えているわけですね。

樋口 いや、もう聖なる人や。すごいね。

深井 うん。まあ、それだけ愛情を注がれたんだと思いますよ。

樋口 聖人、聖人、もう。

楊 俺がこれを読んだときに結構びっくりしたのは、ヘレンはちゃんと、自分がここまで来られたのは周りの環境がよかったおかげなんだなという自覚があるのは、すごいと思ったもんね。てんぐになっていないもんね。

樋口 ああ、そうだね。

深井 まあ、でもね、サリヴァン先生が付きっきりでやってくれていることに関しては、やっぱり申し訳ないと思っていたみたいだから、やっぱりそこの感覚はそういうふうに芽生えていくんでしょうね。

楊 いや、優しいね。

樋口 そうか。このとき、年齢で言うと?

深井 24歳ぐらいですね。

樋口 だいたいそうですね。4年通ったとして。

深井 入学が二十歳ぐらいなので、24歳ぐらいですかね。このときに、仕事はどうするかとなるんですよ。大学時代までは、入学のときのエピソードにもありましたけど、負けてたまるかみたいなのがすごく強かったらしいんですね、彼女自身が。けど、大学を卒業するぐらいに、だいぶその角が取れていって、どうやったら人の役に立って愛情を注げるかという観点に移っていっているんですよ。

樋口 あら、レベルアップしているじゃないですか。

深井 めっちゃ大人になっているよね。急にさ、大人になっていて、その間に。やっぱりそういう思いで仕事をしたいなと思っていて。ただ、何ができるんだろうと。自分みたいに目が見えず耳も聞こえない者に何ができるんだろう。取りあえず文章は書けるかなぐらいに思っていた。ひょんなご縁で、福祉関係の委員会のメンバーになることになったんですよね。そこから結構社会福祉活動に足を突っ込んでいくことになるんですよ、彼女が。そのきっかけ、ひょんなことからといっても、いずれ絶対そうなる運命にあったと思いますけどね。

樋口 うん、なるほど。

楊 最初は誘われたみたいだけどね。

深井 そうですね。ここらへんでサリヴァン先生も結婚しています。

樋口 あら、よかったね。サリヴァン先生、そう、俺はそれ気になっていたんですよ。恋愛とかしているのかなと思っていたんですけど。

深井 ほとんどしていないですね、サリヴァン先生は。誰と結婚したかといったら、ヘレンの自伝を書くときに、ヘレンの自伝を書くのを手伝ってくれた大学教授がいるんですよ。その大学教授と結婚します。メイシーさんという人なんですけど。

樋口 あら、よかったですね。

深井 はい。名字がメイシーさんですね。このメイシーさんと結婚することに、またヘレンがめちゃくちゃ喜ぶよね、サリヴァンが結婚したといって、先生が結婚できたといって。やっぱり自分で犠牲にされている感覚があったから。

樋口 ああ、そうか。

深井 この時代は女性が結婚するのが当たり前だから。まあ、男性もそうですけど。

樋口 そうだよね。

楊 ヘレン・ケラーも、どこかの手紙か自伝かに書いてあったけど、私の幸せな一生というのは先生の不幸な一生によって完成されたものだみたいな、そういったことも実は書いているんですよね。

深井 犠牲している感じか。

楊 申し訳なさもね、さっき深井君が言ったように感じていたと思うな。

深井 そうですね。その仕事の方向性がちょっとずつ決まっていくんですけど、まずヘレンがやりたかったのは、障害者を自立させたい。特に目が見えない人ね。耳が聞こえない人も兼ねているんだけど、やっぱり目が見えないというところに対しての支援から始めようとしているわけです。そっちの方がいろいろ活動ができるということで、そこから始めるんですけど。盲人に対してまず仕事を与えるということがしたいと。

 当時の盲人のほとんどはすごく悲惨な生活を送っています。仕事がなくて貧乏だと。何よりも、僕はこれがキーポイントだなと思ったんですけど、自尊心がない。その自尊心がない状態というのは、人間にとってとてもつらい状態なんですよね。生きていてもしょうがないと思っているわけです。それを変えたい。それを変えるには、やっぱり彼らが仕事を通じて自己実現していくというのは、自己実現というか社会の役に立てると思うことはとても大切だと思っている。憐憫で生きるのはもう嫌だと。そして、さっき言った委員会に入って、社会整備を訴えていく。就職可能な社会にしていきたいということを訴えていく。

 あとは、盲人がそもそも、何て言うかな、当時は衛生概念がちょっと弱くて、目にばい菌が入って盲人になる人がたくさんいた。そういう防げることは防ぎましょうということを言っていますね。子供が生まれるときにちゃんと消毒しましょうとか。そういうのでばい菌が入って、生まれるときとか出産時のばい菌とかで失明していたりしたのでね。

 あともう1つ、点字が5種類ぐらいあったんだって。それを1つにしたいと。当たり前だよね。

樋口 そりゃあそうよ。

深井 困ると。出版する方も読む方もどっちも困るということで、1つにしたい。この3つの活動ですよね。仕事を与える、盲人が生まれないようにする、あとは点字を1つに統一するということで、いろいろなところに文章を寄稿したりだとか、いろいろな学校を回って。学校というのは盲人学校だけじゃなく普通の学校を回って、講演じゃないですけど、そういう啓蒙活動をしたりだとか、そういうことをし始めるわけです。すごく忙しかったわけですけどね。

樋口 じゃあ、結構仕事のオファーがあったということですね。

楊 ありました。

深井 そうです。もちろんサリヴァン先生と一緒にですよ。

 この次の回は、本格的にこれが仕事として始動していく、そして、社会の中でヘレンが何を行っていくのかという話をしたいと思います。

樋口 いや、何かちょっとこう、社会人としての産声を上げた感じがしますね。

楊 そうですよね。

樋口 ちゃんと働いているというのが、考えられないですね。7歳のときの暴れていたころから想像すると。

楊 想像するとね、本当に。

深井 そうですね。大学を卒業してちゃんと働いて、人のために働きたいとか言って。

楊 社会に参画しているもんな。

深井 そうそう。

樋口 それまでは、自分が自分がというところで、悔しさだけで入ったところから、もう既に目線が変わっていますからね。

深井 そう。ほら、前に言っていたじゃん。怒りのエネルギーで動くのと愛のエネルギーで動くやつの転換点が、この大学時代にヘレンで起こっていることになりますよね。

樋口 なるほどね。ヒトラーのときにね、ちょっと◇……◇。

深井 そうです。怒りのエネルギーで勉強していたけど、今はそれが達成された後、愛情のエネルギーがわいてきたわけです、彼女は。

樋口 いや、これはちょっとうれしいですね。何かもうヘレンがちょっとした家族に思えてきました(笑)。

深井 そんなに?(笑)そんな親近感がわきました?

樋口 ずっと幼少時代からたどっているので。

深井 そうですね。

樋口 ということで、続きは次回ですかね。

深井 はい。

樋口 ありがとうございました。

楊 ありがとうございます。

(録音終了)

 

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