#91 高杉晋作 ― 人生で大切なことは実践で学べ!陽明学に翻弄された男達

【ポイント】
①吉田松陰や高杉晋作ら志士の行動力をドライブさせた思想の一つが「陽明学(当時は心学と呼ばれた)」

②両思想のざっくりした違い
■朱子学:
・真理は人の外部にあり、人はその理を用いて自己修養に努めるべき(性即理)
・まず聖人たちの古典をちゃんと学び、物事を観察し、理(ことわり)を究めるべき(格物致知)
・座学重視(居敬窮理)
■陽明学:
・真理は最初から自分の心の中に宿っている、心が自分の全てを統括する(心即理)
・物事の現実の中で己を磨き、自分の中の理を明らかにしていく(致良知)
・行動重視(知行合一)


樋口:さあさあ、じゃあ今回も、高杉晋作が、あの吉田松陰と出会った頃のお話からお聞きしていきたいと思います。よろしくお願いします。

深井:吉田松陰の話をする前に、陽明学っていうものの話をちょっと。

樋口:陽明学?

深井:はい。吉田松陰も高杉晋作も、ものすごく影響を受けた、現状(?)で言う唯識論みたいなやつがあるんですよ。

樋口:学問というか考え方、思想。

楊:思想ですね。

深井:儒教の一つです。儒教で朱子学と陽明学っていう、大きく二つに分けることができるんだけれども、陽明学っていうのがありまして、陽明学を理解するために、ちょっと朱子学をざっと説明すると、朱子学、儒教の一派なんだけど、すべての原理原則みたいなものは、古典を勉強することによって究極的な知識に到達することができるっていう考え方。なので、例えば素読をしたりだとか、暗記するほど読み込んだりだとかするじゃないですか、四書五経とかを。それはこれがベースにあるよね、考え方として。すべての答えが実はそこにあるんだと。過去の聖人が作った書物の中にあって、それをひたすらひたすら考え続けて、理性でコントロールしていくというか、理性的に理解していくっていうことがとても大切なんだっていうことを、すごく簡単にシンプルに言うと、それに近いことを言ってるのが朱子学。で、これに対してのアンチテーゼが陽明学。陽明学が言ったのは、理解するっていうことは実践するということと一緒なんだと。だから、やって初めてわかるんだと。やって初めてわかるというよりは、やることとわかることは同じことなんだって言ってるんです。なんで、やんないといけないんですよね。これによって、もうこの時点でちょっとわかるかと思いますけど、なぜ吉田松陰が黒船に突っ込んでいったのか、あとは、晋作がこのあといろんなことをしますけど、なぜ、そのいろんなことを突っ込んでいくのか、陽明学がベースにあります。

樋口:じゃあ、わかってやってたっていうよりは、もうやるっていう時点で、あれ、わかりにいってたんですね(笑)。

深井:わかりにいってた(笑)。

樋口:黒船をわかりにいったんですね、吉田松陰は。

深井:そうです。で、儒教というのは、基本的には自分を磨くための学問なんですよ。で、陽明学をもう少し詳しく言うと、陽明学っていうのは、さっき言った、原点に何かがあるというよりも、本当の真理っていうのは自分の心が既に知っているんだみたいな考え方がある。

楊:人間主体なんですよね。

深井:そう。その心を正しくランニングできればみたいな感じ(笑)。正しく、

樋口:ランニング(笑)。

深井:日本語での表現思いつかないんだけど。

楊:例えると、大きく儒教の目的、さっき
深井:くんも言ったんですけれども、自己を磨く、自己をコントロールすることなんですよね。例えば、いいかねPaletteって男子トイレがありますよね。男子トイレのしょんべんの便器に、誰かがうんこしたとするじゃないですか。例えばですよ。

樋口:(笑)

楊:で、この事実に対して、例えば樋口さんがこれを見たときに、多分いろんな感情がわくと思うんですよね。

深井:でしょうね(笑)。

樋口:まあ、まずは多分臭い(笑)。
一同 (笑)

深井:何でそんな汚い例えなの?(笑)。
一同 (笑)

楊:いや、でも樋口さんが一番怒りそうな例えでしょ。

樋口:はい。身近なんで、めちゃめちゃ今、入ってきてますよ。

楊:怒りだったりとか悲しみだったり、いろんな感情がわくと思うんですよ。で、儒教では、こういう激しい感情わくことは、別に否定されてはないんですね。でも大事なのは、この感情をどういうふうにアウトプットしていくかっていうのをすごく大事にするんですよ。だから感情がわいたときに、感情の赴くままにいろいろ暴れたりするのはNGなんですよね、儒教的に。ちゃんとそれを儒教の教えに、規範に沿った中で感情をアウトプットしなさいということで、例えば礼だったりとか義だったりとか、そういったものとして表象されるんですよね。でも、それになるためには、しっかりとこの事実に出会うまでには、朱子学では、ちゃんと勉強しなさいと。ちゃんと古典とか偉人の言葉をしっかりと勉強して、

樋口:過去から学ぶ。

楊:そうそう。ことわりを極め尽くして、この事実と出会いなさい。でも陽明学は違うんですよ。陽明学は、そんなかったるいことは意味ねえと。

樋口:(笑)

深井:意味ないまでは言ってないね。

楊:意味ないまでは言ってない。

深井:大事だけど、

楊:そうそう、極端ですけどね。で、直接この事実と出会って、その現場の中で、自分、己を磨けと。これ、事上練磨(?)っていう、

深井:事上磨練。

楊:事上磨練か。

深井:でも、すごい今の説明はわかりやすいです。そういうもので、習わなくても、教えられなくても、何をすべきかっていうのは、実はみんな知ってるでしょと、自分の良心に聞いてみなと。君がどうすべきかって、実はあなたは本当は知ってるんですよと。その良心をちゃんと発現させる、これを致良知っていうんですけど、

樋口:致良知。

深井:はい。リョウチっていうのは、良い、知るって書いて、良知に致るって書いて致良知。これをまず正しく発現させなさいと。で、その発現させた状態で、あなたが、さっき言った事上磨練であるとか、要は行いながら理解していきなさいっていう考え方なんだけど、知ることと行うことは、もう全く同じ一つのことなんだということを、さっきも、繰り返しますけど、言ってるんですね。これの例え話として僕が読んだ本に書いてあったのが、伝わるかどうかですけど、例え話として紹介します。じゃあ美しい花を見るとしますと。見るっていうことは知ることと一緒らしいです。見るというのは知るっていうものに属すると。で、きれいな花を見て、ああ、きれいだなって思うのは、行うことに属するらしいです。

樋口:はい?

深井:この時点で、ちょっとだから、知ると行うの定義はそもそも何なんだって話になるんだけど、陽明学の中で。感じるっていうのは、もう行うことと一緒だってこと。

樋口:行うんですね。

深井:そう。見るっていうのは知ることと同じこと。で、王陽明っていう、この陽明学を作った人が言ってるのは、見た瞬間にきれいだなって思うでしょと。見て、そのあと改めて、全く別のステップとしてきれいだなって思ってるわけじゃないでしょと。ということは、見ることときれいだなって思うことは別々のものではないと。全く同じ行為であるとか同じものなんだと。

樋口:それはちょっとわかるかも。

深井:それと同じことが、すべてのことに対して起こってると。だから、思ったっていうことはやってるってこと、やってないってことは思ってないってことですよって言ってるんです。

樋口:やるの定義が、多分僕らの感覚とはちょっと違う、

深井:そう。もっと恐らく広いです。

樋口:ですね。

深井:感覚で理解するとかそういうのも、感じるとかも全部入ってるんだと思うんだけど、でも解釈としては、やっぱり行為につながっていくんですよ、これが結局。

楊:もっと極端に、本当もっと乱暴な例えで言うと、朱子学は、しっかりと机の前で勉強して、勉強し尽くしてから行動しなさい。でも陽明学は、もうとりあえず突っ込めと。

樋口:(笑)

楊:めっちゃ極端な例えで言うとね。

深井:でも、そう。そんな感じですね。

楊:少なくとも日本で陽明学が受容されたときは、そういうふうな理解のされ方をしてたんですよ。もっと中国では、本場では、またちょっと若干違いますけどね。

深井:でも、本当はやんないといけないなと思ってるのにやってない状況っていうのは、良知の発現が阻害されてる状況だから、そういうのはよくないって言ってるわけです。これでわかるでしょ。だから、なぜ吉田松陰が、もう繰り返すけど、なぜ彼が思ったやつをやっちゃったのか。

樋口:そうか。陽明学なんですね。

深井:そう。それよくないと思ってないと思ってるんだよ(笑)。

樋口:なるほど。発現させないといけないってことですね。

深井:発現させないといけないし、自らを燃やし切ることが陽明学にとってとても大切なことなんです。良知を発現して自らを燃焼させていくことがとても大切な学問なんで、燃焼させる感覚があるわけ、彼らの中には。俺を燃やしてるっていう感覚があるわけ。で、志を持ちなさいというのも、この学問の中に出てくるんですよ。君が強い志さえ持っていれば、良知は必ず発現される。つまり、君が強い意志を持っていれば、あなたが、自分がいいなと思ってることを実現することができると。で、それが自分を磨くことにもつながるし、磨くためには実践をしないといけないから、結局いいと思ったことを全部やりなさいと言ってることになります。

樋口:めちゃくちゃわかったっす。

深井:そういう学問がありまして、

樋口:花の例えと便器の例えの二つでわかりました(笑)。

楊:(笑)

樋口:きれいなものと、

深井:極端な例えで(笑)。

樋口:(笑)

深井:それによって、それによってというか、この学問が江戸時代では採用されなかったんですよ、幕府には。朱子学が採用されてるんです。だからみんな座学しまくってるんです。だけど、一部の人間に熱狂的なカルト的ファンがいるんですよ、この陽明学には。それが大塩平八郎とかね。

楊:水戸藩とかね(笑)。

深井:そう。革命を起こしたりしている人たち、大体これ勉強してたりする。

樋口:前回ちらっと出てきた大塩平八郎。

深井:とかね、そう。そういう人たちはこれを勉強して、どんどん実践の中に投入していくという。こういうものを理解したうえだと、すごく理解しやすいんでこれを紹介したんですけど。で、ちょっと話戻りますが、松蔭と晋作の出会いは、晋作が19歳のときですね。で、読書が足りてない。松蔭が晋作に会ったときに思ったのが、これはすごい才能があるなと、この子は。すごく才能があるんだけど、勉強が足りてないと思ったんですよ。でも晋作は、多分そのとき勉強する気なんかさらさらなかったんですね。で、ここで彼に読書の大切さを伝えたいと、松蔭としては思ったと。そこでやったといわれているのが、久坂玄瑞ばっかりをほめたらしい。

樋口:(笑)

深井:さらに(?)、晋作は多分承認欲求とかが高いとか、そういうのをわかったんだろうね、松蔭から見てて。

楊:誇り高いしね。

深井:誇り高いし、プライド高いし。で、このプライド高い晋作に直接言っても意味がないって思ったんだろうね、多分彼は。なので、晋作がライバルだと認めている久坂玄瑞を、おまえは本当に書物ちゃんと勉強してて偉いね、みたいな感じでほめ続けるんですよ。そうすると晋作は、それに対抗意識を燃やして勉強し始めるんですよ。

樋口:うまいね。

楊:しかもそれ、恐らくですけど、晋作に最初に会った瞬間からそれ言ってるんですよね。確か玄瑞が晋作を連れてきたんだったっけ、松下村塾に。どっちだったかな。

深井:どっちだったかな。ちょっとディテールは、どっちかでしたね。

樋口:でも、ほぼ同じ時期に行ってってことですよね。

深井:そうです。

楊:で、吉田松陰に会ったときに、自分の書いた詩とかを、うって見せて、で、吉田松陰が見て、まあそこそこうまいけど、久坂玄瑞には及ばんねって、その場で言ったんですよ(笑)。

深井:(笑)

樋口:じゃあ見抜いてたのか。

深井:それか本音で言っちゃる可能性もありますけど(笑)。

楊:かもね(笑)。言いそう。

深井:そうね。で、例えば、あと桂小五郎も松下村塾ちょっと行ったりしてたんだけど、桂小五郎が晋作に対して、晋作に対してというか晋作のことを、こいつは人の意見をあんま聞かないと。すごい頑固なやつだから、

楊:ああ、言ってたね。

深井:注意してほしいって松蔭に言うんですよ。そしたら松蔭が何て言ったかっていったら、晋作のその性質、頑質って彼は表現してるんだけど、頑固な性質っていうのは、よく解釈すると、妥協を許さない一つの個性だと。要は、信念があるともいえると。これをみだりに矯正したら普通の人間になっちゃうと。もう突き抜けさせたいと、彼を。なんで、そこは変えないほうがいいって言うんですよ。そしたら桂小五郎も、彼もすごい賢い人なんで、確かにそうか、みたいな。

樋口:納得して。

深井:そう。なって、さっきみたいに久坂玄瑞をほめながらも、松蔭は晋作に、例えば自分が10年後何かでっかいことを行おうって思ったら、必ず、晋作、おまえに俺は相談する、みたいなことを言ってる。あ、ちょっと待ってね。これは晋作直接じゃなくて桂小五郎に言ったんだ、それをその場で。さっき言ったやつですね。なんで、それぐらい、要はポテンシャルのある人間だと思ってるよっていうことを言った。そういう育て方をした。

楊:すごいいい先生だよね。

樋口:いい先生やな。

楊:もう本当、いつもここで泣いてしまうんだけど(笑)。

深井:そうだね、本当に。そんな育てられ方したら幸せですよね、本当。

楊:こんな出会い、彼にとって最高の出会いだったと思いますよ。

深井:そう。こういう育て方してるから、2年もたたないうちに、本当にみんなが偉人に、偉人というか、すっげえやつになっていくよね。松蔭は、あと言葉遣いもすごい丁寧だったらしいですよ。全部ですます調でしゃべってるし、入学希望の人たちに彼が何て伝えてたかっていうと、僕は君たちに何かを教えるっていうことはできないと、そこまで僕は立派じゃないですと。だけど、君たちと一緒に勉強するっていうことはできるって言ってるんですよ。だから一緒に勉強しようって言ってるんです。ここは、だから僕が教える場じゃなくて、僕と一緒に、君たちと一緒に勉強する場所だよと。で、お互い人間を、さっきの陽明学じゃないですけど、磨いていくことを彼らは目的としてるんで、人間磨いていこうねって言ってるんですよ。で、自分から進んで学生の隣に座って勉強したりとか、みんなの輪の中に入って議論をしたりするんです。君はどう思うの?とか。で、前の吉田松陰の回で言ったけど、それが10歳だろうが8歳だろうが、19歳だろうが27歳だろうが関係ないわけ。

樋口:なめてないんですよね。

深井:なめてない。もう何歳に対しても、その体でいくわけ。すごいよね。

樋口:これ、もう聞けば聞くほど、先生としてめちゃめちゃ優秀じゃないですか。

深井:すごいよね。先生だと思ってないよ、本人は。

楊:そうだね。ただ単に、本当に一緒に勉強したい仲間が欲しいんでしょうね。

深井:そう。一緒に勉強したいんですよ、彼は。

楊:牢屋の中でもそうだったもんね、野山獄でも。

深井:そう。野山獄でも、彼は囚人をよくしようなんて思ってもないし、彼らを感化しようなんて思ってもないし、彼らが悪いから、いいところに持っていこうとさえ思ってない。ただ彼らのいいところを見つけて、それを吸収したいと思いながら一緒に勉強してるだけ。

楊:一緒に語ろうぜっていうスタンスなのね。

深井:そう。すごいよね(笑)。

楊:すごいよね(笑)。

深井:それが人を変えたんだよね。一番人を変えるのがそれなんでしょうね、だから。

樋口:そっか。何かものすごい知識をもとに教えたっていうイメージが強かったんですけど、

楊:いや、全然違います。

深井:違いますね。

樋口:全然違うんですね。

楊:当時、普通の寺子屋だったら、今の学校の授業と同じように、生徒は前に正座して座って、先生は前に立って講義するんですよ。でも全然吉田松陰は、もう机の中にみんな入って、隣に座って、で、時々農作業一緒にやったりとか。

深井:そう。農作業を一緒にしながら勉強したりもしてるんです。

楊:じゃあ今日はちょっと和歌を読もうぜ、みんなとか、そんな感じ。

深井:そう。で、晋作に対して言ったのが、僕が君とこうやって交流しているのは勉強するためじゃないと。一緒に、この国の役に立つために、こうやって一緒に会話してるんだよって言ってる。

樋口:へえ(笑)。

深井:19歳の若者がそれを言われたら、やっぱりちょっとびっくりしますよね、視座が高すぎて。だから晋作も、それまでは多分毛利家のためにとかいろいろ考えてたと思うんだけど、やっぱり、10歳ぐらい年上かな、松蔭が、その人からそういうことを言われる。

楊:これがまた、のちのちくさびになって利いてくるんですよ。

樋口:そうなんですね。

深井:そうなんです。だから、こういう交流があったから、彼は開花していくんです、本当に。一人の人間として開花していって、一番最初の回でも言いましたけど、世界史と日本史に影響を与えていく人物になっていく。けど、ちなみに晋作の親族は、松蔭のことをすごい危険な人間だと思ってるわけ。

楊:まあ普通そうだよね(笑)。

深井:そう。こいつやべえぞって思ってるから、もう学校に行ってほしくなかった。松下村塾に行ってほしくないから禁止してたんですよ。なんで、夜、隠れて行ってんだよね。

楊:そう。深夜ね。

深井:だから、深夜から朝まで勉強したりするの、一緒に。

樋口:19歳と。

深井:そう。だから松蔭は寝てない可能性があるわけ(笑)。

楊:で、ちゃんとご飯とかも出して(笑)。

深井:ご飯も出すし、何時に来てもいいよって言ってるから、来たら、じゃあおいで、おいでっつって一緒に勉強してる。

樋口:すごい。

深井:すごいよね。

楊:確かに、でも普通、松下村塾以外の普通の萩の人たちから見たら、何かもう、ネトウヨ育成機関みたいな感じだよ(笑)。
一同 (笑)

楊:でも、ぶっちゃけそういうふうに思ってたふしあるよね。

深井:うん。そういうふうに思われてはいましたよね。

楊:乱民って言われてたもんね。乱れる民っていって、あいつら、松下村塾のやつら、みんな乱民だっつって周りから言われたりして、こき下ろされたりなんかした。

樋口:でも、周りには理解しがたい概念ではあるんでしょうからね。

深井:まあ白い目で見られてましたよね。

樋口:おまえたちが何をできるんやって思われてるかもしれない。

楊:危険思想をそこで振りまいてるみたいな。

深井:そうなんです。で、そうやって松下村塾でそういう学びをしながら、久坂玄瑞とかに、今度、江戸留学(遊学?)3年していいよという許可が下りるんですよ、藩から。藩がお金出すんで、もう勉強してきなさいと。

樋口:あら、すごい。

深井:これ何でかっつったら、別の、ほかの藩もそれやってますけど、長州藩はやっぱり人材育成に力入れてますんで、そういうのが次々と行くわけ。松下村塾に通ってた子どもたちも、次々と江戸遊学に行くわけ。その江戸の遊学は、当然ですけど黒船が来たあとですので、みんなすごい興味を持ってるわけ。これからの日本について、松下村塾で松蔭と一緒にめちゃくちゃ語ったあとに行ってるんだよ。だから、何かしてやろうと思って行ってるんです、みんなね。次々と行く中で、意外と晋作は、なかなか行かないよね。

楊:そうだよね。

深井:エリートだったからかな。逆にエリートだったからか、ちょっとここ、僕もよくわかんないんですけど、なかなか行けないんですよ。で、友人たちがどんどん行ってるのに自分が行けないから、すごい焦りを感じたり。で、松蔭に頼んで藩政府に申し込んだりはしてもらって、念願かなって行くことができるようになるんです。遅いながらも行くことができると。で、行くことになったときに松蔭が、今度また、晋作に手紙書くんだよね。松蔭の回でちょっとだけ言ったけど、松蔭がどんな手紙を書いたか、晋作に対して。君と私は、これ、松蔭の手紙の中の話ね。晋作と私は今まで活発に議論をしてきたよねと。たくさん意見もあった。いろんな意見が合致するところもありましたねと。で、君が本質を考えるクリティカルシンキングの力っていうのは、僕は到底及びませんと、君のほうがすごいと。で、久坂玄瑞が先に江戸で活動しているんだけれども、彼はすごく優秀だけど、彼のまじめすぎるところであるとかそういうので、僕は彼が失敗するんじゃないかとすごく心配していると。で、晋作と玄瑞は親友だよねと。君たちは、相互に足りない部分と長所がすごくうまく合致してる、信頼し合った、すごいいい友人だと。君たちの才能合わせれば、成せないことなんて一つもないよっていうことを言ってるんですよ。で、いろんな才能あるやつがたくさんいるんだけど、心から信頼できる同志っていうのはすごい大事だと。だから絶対に玄瑞を、玄瑞が死んじゃいそうだからさ、過激に活動しすぎて。

樋口:失敗するかもしれない。

深井:そう。彼を殺させてはならないと、彼を死なせてはいけないよと。で、行け、晋作と。

樋口:わお。

深井:(笑)。あれですよね。これから彼らと合流して、国を動かしていきなさいっていう手紙を書いた。

樋口:これはくるね。

深井:やばいよね。

樋口:燃えるね。

深井:燃えますよね、こんな手紙をもらったら。すごい視座が高いよね(笑)。視座が高いっていうか、自分をすごい人間だと思ってくれてることがひしひしと感じるじゃん、この手紙から。

楊:俺さ、その彼の手紙、ポジショントークしてないところが、俺、すげえいいと思う。

深井:すごいよね、確かに。自分が先生であることが全く感じられないもんね、この中に。

楊:そうそう、本当に。家族っていうか、何だろうね、何かもう、

深井:同志だよね、本当。

楊:そう。人間同士のありのままの言葉を吐いてるわけですよ。別に、自分が先生だから、自分が武士だから何だから、したがってこうやってるわけじゃなくて、ありのままの言葉をそのまま素直に手紙に落とし込んで渡してるわけだから、こりゃあねえ。

深井:すごいね。本当に、こんな手紙もらったら、やる気出るっつうか、仲よくしようと思うし(笑)、玄瑞助けてやろうって思うし、玄瑞と一緒に何かでっかいことやろうって、やっぱ思うよね。

楊:思わせてくれるもんね。俺、何かできるかもしれないみたいな。

深井:そう。それが一番でかい。俺にも何かできるかもしれないって思わせてくれるよね、これをもらったらさ。

樋口:あと、うそをついてない感じがこれだけで伝わってくるんですよね。本当に思ってるんだろうなっていう。

楊:説教でもないしね。説教臭くもないしね。

樋口:お願いというか、思ったこと言ってるだけですからね。

深井:そうなんですよ。で、これをもらって晋作が行った江戸っていうのは、もう本当に、攘夷の熱がもうめちゃくちゃ激しているときの、もうてんやわんやの直前の時期なんですよ。

樋口:盛り上がってたんですね、追い出せ、

深井:盛り上がる、この直前の時期に、ついに役者が江戸でそろっていくみたいな。

樋口:かーっ。

深井:だけど松蔭は、繰り返しますけど、逮捕されてるんで行けないんです、江戸には。彼は蟄居中なんで、ずっと。

楊:一応罪人なんですよ(笑)。

深井:罪人扱いなんで(笑)。

樋口:そういえばそうやった。

深井:彼は行けないんだけど、その弟子というか同志たちが江戸に集結していくっていう、こういう時期。

樋口:何か物語始まった感がすごいですね。

深井:そう。徐々に始まってきますよね。

樋口:くーっ。

深井:このあと、晋作が江戸に行ってから、じゃあどうなっていくかっていう話をしていきたいと思う。

樋口:その続きは、また次回ですかね。

深井:はい。

樋口:じゃあ今回もありがとうございました。

深井:ありがとうございます。

楊:ありがとうございます。

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