#37 宗教王に、俺はなる!

【ポイント】
①「宗教」は近代にできた概念
②人間は特定の宗教を信仰した方がエネルギーを出しやすいが、一つの信仰に身を投げ入れることができない人もいる
③もし教祖になるのなら「半歩踏み出せ教」「生きていればいい教」「髪の毛みんな剃ったらいい教」を創りたい!

 

樋口:前回までは、「世界三大宗教」について語っていただいたんですけども、ここからはわれわれ人間が、どうしてここまで宗教を必要とするのか、また「こんなにも科学が発展してるのに、なぜ神様を信じているのか」と、そんな感じで迫ってきたいなと思ってるんですけども。

深井:いいですね〜。

樋口:これ結構深いテーマ。

深井:そうっすね。これはホントに深くて、実はその、対義語として科学を出したりとか、あとは宗教っていう言葉を出していますけど、この概念自体が近代ですからね。

要は「宗教なんていう概念はない」。中世にもない。「宗教」っていう言葉を使ってないし、概念がない。だから、キリスト教とか、イエスとかもちろんあるんですよ、イスラム教とか。

そういうものを総称して「宗教」と呼ぶっていう概念がない。

樋口:は〜。

深井:その対義語としての「科学」も当然ない。科学と対比され始めたのも、ホントに最近なんで、最近というか、僕からしたら対義語じゃないですね、科学と宗教ってそもそも。対義語として使われてたのが18世紀と19世紀くらい。主に20世紀もそうだし、21世紀も使われているけど、だいぶ薄れてきましたよね。

樋口:どういうことなんですか。(笑)なんでレッテルを貼るようになったんですか宗教っていう…

深井:宗教のレッテルって「錬金術」くらいの流れからじゃない?ルネッサンス以降の「錬金術」が出てきた時に、「全部、神様が作りました」っていう説明をしてしまうと「原子がどうなってるとか、進化がどうなってるのか」っていう話がしづらいですよね。

樋口:しづらい。

深井:しづらいですよね。だから、一度宗教ではそう(=神様が作った)と言ってるけど、それは置いといて。ほんとはどうなってんのっていう思考に突入しないと。

樋口:なるほど。

深井:進まない領域があるわけですよ。

ヤンヤン:そうだろうね。

樋口:じゃあ、「置いといての箱」に集客のラベルを貼ったんすね。

深井:それの対象が主にキリストですよ。キリスト教とイスラム教。たぶん、キリスト教だよね。イスラムはちゃんと進んでたから、科学と対比されてるのはキリスト教。

樋口:なるほど、なるほど。めちゃくちゃ分かりやすいです。だから、それが進化論とかと対比されたってことですね。「誰が作ったのか」で完璧に争ったっていう。

深井:そうです、そうです。今や全然コンフリクトしてないと思う、僕から見たら。

樋口:なるほどっすね。「神様が作った」って言い方で言うのと、「ビックバンができた」って言い方でいうのと、本質的な差が死ぬほどあるけど、「どういう風な説明」を「誰の文化」と「誰のロジック」で説明するのかという話なんだろうなって思ってます。

だから、逆に全部が宗教とも言えるし。

深井:ビックバンが神様って言えば、それはそれで宗教でしょ。

樋口:ですよね。

ヤンヤン:誰もビックバンを見てないですからね。

樋口:そうですよね。

深井:見てないし、別に「ビックバンは神だ」とも言ってないからね。科学っていうのは目に見えるものとかデータっていうものを信じる宗教っていう考え方。

深井:検証が可能なこと。ロジカルで積み立てるのが科学ですよね。

樋口:なるほどな。僕が思うに、宗教ってなんなのかって僕なりに考えたんですよ、素人なりに。例えば、あれがあるじゃないですか。「夜中に口笛が吹いたら蛇が出る」ってあるじゃないですか。

深井・ヤンヤン:うんうん。

樋口:あれって「蛇が怖いから子どもたちが口笛を吹かない」ってことですよね。でもホントは「大人が迷惑だから口笛を吹かせたくない」と思うんですよね。騒がせたら迷惑だから。

「おなかを出して寝たら雷様に(おへそ)取られるよ」っていうのも「腹を出して寝たら寒いから」だと思うんすね。「寒いからあんたのためよ」っていうよりも、ビビらせた方が得だから。早いからシンプルだし、分かりやすいし。今だと「健康に悪い」とか「迷惑だから」ってわかりやすいんですけど、もっともっと複雑なことだったらどうする。

例えば「人に良い行いをしたら絶対に返ってくる」ってけっこうロジカルに説明できると思うんですよ。良い行いをしたら「人間の返報性の原理」っていう心理学的なあれが働いて「自分にとって恩を感じたら、やらざるを得ない」っていう、人間の心理学的な物があるから「いいことをしたら返ってくるんだよ」っていう。ロジカルに説明できることを理解できる人ばっかりじゃないから、なんか神様がそう言ったっていうとみんなが強制的にガンとなりやすい。

深井:僕もその感覚で説明の仕方。

樋口:そうですよね。

深井:特定の宗教に寄ってないから、そう言えるだけかもしれないけど、そんな感覚だし。

樋口:僕が目的がずっと遠くにあって、こうこうこうって道筋の途中くらいにすりガラス的に神様とか仏様とか神話の世界とかで、偶像を置くことによって、そこをみんなが見てるようで

、実はその遠くに届かそうとしてるみたいな。説明がうまくできているかどうか分かんないですけど。

深井:すごい最初の質問が面白いなと思ってて、最初の質問に戻るけど、「そもそも宗教ってなんだろう」って話があるじゃないですか。その時に例えば「儒教」これは宗教なのかどうかってのは、未だの論争で分かれてるわけです。

樋口:えっ!

深井:だって神様がいないですからね。

樋口:そっか。

深井:孔子が始めた儒教って、孔子の言行録。

樋口::教育論みたいなもん。

深井:言ってしまえば「ビジョナリーカンパニー」とそんなに変わらないわけ。それを宗教と呼んでいいんだっけっていう議論もあるくらいだから。宗教っていう概念はホントに近代の概念なんです。個別ケースでしか考えてなかったわけ。儒教国の人が宗教について考えることはなかった。「儒教」って考えることがあっても。

樋口:だから最近でいうとスピリチュアルとかも、これが宗教なのかどうかっていうのも…

深井:微妙ですね。

ヤンヤン:言い分けてる時点で宗教じゃないって風に思われてますよね。

深井:もっと言うとですよ。宗教っていう概念ができたのは、一神教が広まったあとなので、ほぼ「一神教」のことを指してることの方が多いですよね。僕たちが宗教といってイメージする宗教自体が、いわゆる「一神教」の宗教をイメージすることの方が多いわけですよ。キリスト教とイスラム教とユダヤ教とか。想像することが多いですよね。

だけど、僕は冒頭に言ったけど、もともと人間の宗教っていうのは多神教の方が多いんです。

今、宗教と呼ばれてるメインで僕たちが想像する物が、もともとマイノリティで、中世以降すっげえ広まってますけど、中世以降ガッツリ広まった物を、その一派を宗教っていう概念で呼んでるっていう感覚が自分の中にあります。もちろん多神教も宗教ですけどね。

樋口:なるほどな。

深井:一般的に神様がいて、彼らが作ってみたいな概念をやるって、一神教っぽい概念の方が強いんですよね。

樋口:は〜なるほど。だから宗教って、ただの言葉の定義だと思うんですけど、じゃあなんで「宗教って必要なのか」っていうのを考えたんですよね。

深井:そうですよね。今の話は、この質問のためにしてたんだけど、「宗教が必要」っていう概念自体が、さっきも言ったけど、「宗教って概念がない人たちが持ってた概念」だから、生活なんですよ宗教じゃなくて。彼らにとって。

ヤンヤン:当たり前の文化だったんでしょうね。

深井:今の僕たちの生活の一部になってるものをいきなり無理やり取り出して「なんで、それが必要なんですか?」って言ってんのと一緒ってことです。そんなことはできないでしょ。

樋口:はいはい。

深井:なんでもいいですよ。僕たちが椅子に座る所作とか、「なんでそれをしてるんですか?」とか言われても困るじゃないですか。

樋口:宗教という言葉というか、もっと言うと僕生活のより所っていうのを明確にイメージできてることって、必要性があるような気がしてるんですよね。

深井:ありますね。

樋口:例えば、迷った時に宗教というものがもしなくて、それが科学とか教育とかかもしれないですけど、それすらも曖昧なんですね、僕の中で。「何が正しいか」っていう。だから、結構「自分で決めること」って、あえて宗教っていいますけど。例えば、熱心な宗教に対する信者に比べると、信じて突き進む力は弱い気がしてるんですね。

深井:めっちゃわかる。

ヤンヤン:確かに宗教って「全部自分を信じることに投げ出す」っていう行為なので、

深井:エネルギーが出しやすいですよね。特定の宗教に入って信奉してる状態の方がエネルギーが出しやすいし、持続させやすいと思う。

樋口:そうなんすよ。自分を100%信頼してないんすよ、僕。自分の判断って。なぜなら、もっとすごい人をいっぱい知ってるし、経験もたった三十何年しかしていない自分って大したことはないと。

それに対して、例えば仏陀が言ったこと、イエスが言ったこと、ムハンマドが言ったことって、検証実験されていいと思って。評価されてるから残ってるものじゃないですか。そっちの方が「お墨付きのパワー」としてはめっちゃ強いんですよ。樋口聖典よりも仏陀の方が強いんですよ。ホントは、それを完全に信じることができる方が、信じてドーンて突き進めるなと思ってるんですね。それがない場合、例えば自殺が増える原因とかっていうのに直結してる気がしてて…でもむずいじゃないですか、信じ切るって。

深井:これ、タイプが結構あると思ってて、当然、社会環境があると思うんですけど、僕が150年くらい前に生まれてたら、普通に仏教めっちゃ信心深くなってたかもしんない。だけど、いろんな人に会ってみて、ハマりやすい人と、ハマりづらい人を見てきた結果、僕はとてもハマりづらいっていうタイプだなていうのがよくわかって。

なんなら、その特定の宗教を信奉しないっていう宗教くらいの感じ。

ヤンヤン:そういう人は結構いますよね。

樋口:僕もそっちのタイプなんですけど、そっちのタイプってブレやすい気がしてて、よっぽど自分でガッと決めなきゃならないので。

深井:分かります。

樋口:樋口教の考え方なのかもしれないですけど、僕って今の世の中ってホントにカオスだと思ってて、どっちにいっても何が正しいか分かんないし「やってみて初めてわかるような状況」の中で大事なことを一回は決めて突き進むことってめちゃくちゃ大事だと思ってるんですよ。迷ってる暇があったら信じて突き進む。

それが、正しいかどうかって、後からついてくるっていう考え方が、今の世の中にマッチすると思ってるんですね。その中で信じる物がないと、かなりめんどいっすね。そういう意味では熱心な人を見ると羨ましいなと思います。迷いがない。

ヤンヤン:なるほどですね。逆にリスクと感じることはないですか?バーっていってる人たちを見て。

樋口:あー。

ヤンヤン:オレはもっとバランスよく生きてーっていう風な思いはないですか?

樋口:うわー微妙なとこですね。

深井:半々くらいってことですか?

樋口:半々っす。僕はそれは、宗教に対する物を勝手にメンターとか俗人的なところでなんとか保ってる。

深井:なるほど。

樋口:〇〇だったらなんて言うだろうとか。

深井:そうですね。自分もそうだなぁ。やっぱできないですもんね。各宗教の信者の皆さんとかの話を聞いたりして、最終的に「なんで信じてんのか」っていうところが信仰なんですよね。確信として、信仰があるわけですよ。コアとしての。ないもんそれが。

樋口:オレもなんすよ。(笑)

深井:それって、「ない」状態から「ある」に持ってきたかったとしても、持ってはいけないから、変わんないですよね、気持ち。だから宗教体験もないし。

樋口:僕一番バランスがいいなと思ってるのは、モジュールとして考えて一個一個の言葉を、

例えば仏教でいうと、「ここはうーん」と思うけど、「ここめっちゃええからここだけ」とか。教科書くらいで思うのが一番いい。

深井:僕もそんな感覚だけど、それが、それこそイスラム教とかキリスト教からすると違うだろうとなるやつなんじゃないかと思うけど。

樋口:だから「Apple」に近いかもしれないですね。ハードからソフトまで一貫されたルールがある方が分かりやすいって思ってる。僕らモジュール型なんで。

ヤンヤン:宗教をいじっても、宗教自体も、例えば「ユダヤ教」で考えてると、キリスト教とイスラム教っていうある種、一部だけを持ってきて、反対していった物もあれば、それはあとの宗教とかも、仏教だと「日蓮宗」とかもそうじゃないですか。「この言葉だけ唱えてれば救われる」っていう一部だけを持ってきて、それを宗教化、モジュール化してる人を見てると、モジュール化は宗教の中でもずっと起きてることなんで。

樋口:なるほど、なるほど。

深井:そうね。

樋口:僕は、なんか、カスタマイズが自由だと思って、いいとこ取りでいいかもしれないですね。

深井:結果、そうしちゃいますよね。

樋口:ですね。最後にこんな企画を準備してきたんですけど、ざっくばらんにいきますよ。

「宗教王にオレはなる〜!」

ヤンヤン:なんだ宗教王って(笑)

樋口:今まで結構真剣に話してきましたけど、疲れたんで。

深井:そうですね。

樋口:ホントにざっくばらんに、ゲームくらいの感じで、某ジャンプ漫画みたいな感じで始まりましたけど「もしも、われわれが宗教を作るとしたら、どんな宗教を作るか?」っていうのを好き勝手言うっていう。

深井:そうですね。

樋口:3分くらいでパパっと決めちゃおうって感じですね。

深井:面白いな。樋口さんから。

樋口:僕っすか!?いや〜僕はやっぱり、宗教を言ってるようなもんなんですよ僕。

普段から僕ずっと言ってるのは「半歩踏み出せ教」っていう(笑)。

ヤンヤン:かっこいいですね~。

深井:半歩踏み出せ教。

樋口:くしくもさっきのあれと同じなんですけど、僕、会社の理念自体が「自由」っていうのをテーマにしてるんですよ。なんでもできる、どこでもできる、誰でもできる、を3つテーマにしてて。これってある意味「執着」から「執着」っていうものから自由になろうっていう。

例えば、「東京に住まなくても田川でなんでもできる」とか、「過去に今までやったことがないっていう過去から分断して、今からやれば絶対できる」とか、あと、「どこでも誰でも何でもできる」。

深井:いい宗教。

樋口:だから「自由教」っす(笑)。

深井:なるほど。

ヤンヤン:ノマドを宗教化していますね。

樋口:ノマドっすノマドっす。僕、今からの時代一番大事だって思ってるのが、あれなんですよ、「自由に移動できる」こと。移動なんですよ。移動がすごいテーマで、場所的な移動もそうですし、会社も移動できるし。

あとはさっきも言った一神教だけじゃなくて、モジュール化なんだから、ポンポンポンポン考え方も移動していいしっていう。だから僕はニュートラル。

深井:ニュートラル教。

樋口:オレだから結局、仏陀っすね。

深井:結局、仏教。(笑)

深井:そのままでいい。浄土真宗でいい。

樋口:「いいですね。」っていうのを僕は作りたいですね。自由教っす。

深井:自由教か。

ヤンヤン:それはもう、ムハンマドさんから怒られるやつですね。(笑)

深井:僕もちょっと近いかもしれない。僕がやるとしたら、これ絶対怒られるけど「生きてればいい教」。

樋口:いや、怒られないですよ、それは。

深井:いろいろと「〜すべき」思考の人たくさんいるんで、世界に。

僕も「〜すべき」思考だった時がありましたけど、今の時点での結論は、33年生きてきて、人間って生きてるだけで99%価値を出し切ってると思ってるんですよ。

樋口:この話出ましたね、一回。

深井:「ラスト1%好きなことをすりゃいいな」と思ってて。

樋口:なるほど。

深井:「生きてればいい教」。超、楽。心が。

樋口:オレ、だから、深井さん言ってたので結構印象的だったのが、例えば、超絶ダメ人間で、何もしなくて死んでいったとしても「何もしなかったぞあいつ」っていうのが逆に価値を生む。

深井:その価値は人間には測れないと思ってる。なので、そんなことは測らないし、測りようもないと思っている状態で、「生きてればいいや」みたいな思考でもいいし、何でもいい。

樋口:ですよね。

ヤンヤン:行為じゃなくて存在だもんね。

深井:「生きてればいい教」は広まるのかな?わからないですけど、教祖になるんだったら僕は、「生きてればいい教」。

ヤンヤン:勇気を与えると思うよ。

樋口:働きアリの原理も一緒で、2:8とかあるじゃないですか。絶対に働かないアリが出てくるとか。あれとかも考えると、働かないアリも意味があるというか。

深井:そうですよね。

樋口:そういうことですね。全体からして意味があるし、「そもそも意味って何や?」っていうところにもなってくるし。僕らは勝手に人間をもっとアップデートして、幸せにして、人類を生存させようと勝手に思ってしまってるんですけど、それすらもなんかもっと、メタ視点からいうと、人間を生存させる意味って何や?ってなってくる。

ヤンヤン:人間はいずれ滅びますよ。

樋口:滅びた方がいいって話も。

深井:終末思想。

樋口:終末思想ですね。

ヤンヤン:恐竜だって死にましたからね。

深井:いつかはね。いつかは滅びますよそりゃ。そうですね。

樋口:僕が人間をアップデートして、もっと人類とか言ってるのも、もしかしたら一個上の宇宙意思っすか?からすると悪いことをしてるかもしれないですからね。人類を。

深井:僕もそういうことを考えたことがあります。でも、最後の最後で、自分がエネルギーが沸くことって大事だと思ってて、99%達してるから、最後1%自分のエネルギーが沸くということに集中して。だから諸葛亮と一緒。

エネルギーが湧くことに最集中して発散さえさせれば、僕はその人はすごい生きてた価値があるし、価値は測れないんだけど、結果的に「測れない中でも、それ以上のことができないかな」と思ってるっていう宗教にしたいです。

樋口:でも、結構、僕は近いかもしれないです、自由になるっていうのは。

深井:ヤンヤンは?

樋口:国が違いますからね。

ヤンヤン:そうっすよね。僕はもう何でしょうね。みんな、髪の毛を剃ったらいい。(笑)

深井:ポッドキャストで見てる皆さん、YouTubeで見て欲しいね、今ね。ヤンヤンの髪型を。

樋口:たぶんですけど、今、光り輝いてますよ。パァァン!!

深井:後光が見えてきちゃう。

樋口:後光が。

深井:「全員頭を剃ればいい教」。

ヤンヤン:頭を剃ればいいですよ。

樋口:ただの出家じゃないですか。頭を剃るって。

ヤンヤン:「飾る」とか、防御とかに執着していますよね。

樋口:髪の毛は防御だと。

ヤンヤン:防御ですよ。

樋口:髪の毛は防御。

ヤンヤン:防御ですよ。

深井:オレら髪の毛に執着してるんだ。

ヤンヤン:髪の毛は一つの例というだけで、今までの既存の目に見える価値観だったりとか、見た目だったりとか。あーいうのって別によくない?

深井:そりゃそう。

ヤンヤン:というところですよね。だから、僕も今回改めて宗教者のことを勉強してきて、彼らの既存の価値観に対して、それは「人をあまり幸せにしないのでは?」とか、「本質じゃなのでは?」と思っていただけで。もうちょっとゼロベースで「何なのかを考えよう」って姿勢には、かなり共感は覚えましたよね。自分が信じてないにしろですよ。

髪の毛にしたって、なくても別にいいじゃないですか。「髪の毛はなくても別にいいですし、逆に『ない』ことによって、ホントに生まれることもたくさん『ある』」っていうことを僕も経験して。

深井:髪の毛がないことによってね。それはそれで聞きたいな。(笑)

深井:このあと聞きましょう。

樋口:だから美学っていうのも時代によって作られるものでしかないってありますよね。いわゆる「平安美人と今の美人が違う」みたいな。だから、それすらも過去の常識からの、今はただ脈々と続いていった概念でしかない。

ヤンヤン:過去から続いてきた価値観とかは、もちろん自分が納得して、それが自分の幸せだったりとか、生きるエネルギーにつながるんだったら、取り込んでもいいとは思うんですけども、でも、それとは同時に、そういったものを取っ払って「自分のベースから、自分にとって何が大事なんだろう」っていう思考も持った方がいいかな、という風に思ってて、そうじゃないとずっと固まってしまいますからね。「縮小再生産」かな、と。価値観の縮小再生産になるので。

樋口:だからヤンヤンさんにとっては、ハゲっていうのは断捨離の…

ヤンヤン:「断捨離」そうですね。新たなアップデートの一歩だと思いますよ。

深井:あとで詳しく聞きたい。

樋口:わかりました。えーと、じゃあ「ハゲ教」ということで(笑)法華経みたい(笑)。

樋口:ということでございまして、今回は以上です。ありがとうございました。

深井・ヤンヤン:ありがとうございます。

次回へつづく…

関連エピソード