#57 プロセスエコノミー 〜デジタル社会を生き続けるボクらの物語〜 ゲスト:尾原和啓(IT評論家)(後編)

【今回の内容】
尾原さんの幼少期/医者の家系/子どもの頃から学ぶ経営感覚/上には上がいる、勉強法の研究/京都大学進学、人工知能の勉強/3歳で出会った絵本「やっぱりおおかみ」/「翻訳者」として関わるiモード/インターネットと中古車売買/ゲームのルール作りを楽しむ/阪神淡路大震災でのボランティア/震災とプラットフォーム/分析を活かしてマッキンゼーに就職/iモードの立ち上げへ/転職と困らないということ/そしてGoogleへ/現在は資産運用の会社へ/機会提供のループ/いずれは火星へ!?/尾原さんからのメッセージ

樋口:はい、ということで今日の番外編は引き続きIT評論家尾原和啓さんをゲストにお招きして話を聞いていきたいと思います。お願いします。

深井:よろしくお願いします。

尾原:はい、よろしくお願いします。

樋口:さあさ、まずはコテンラジオやコテンの魅力について前半お話しまして、中編に関してはプロセスエコノミー今一番熱いについてお話したんですけども。そんな尾原さんてどんな人生歩んでたのというのを今日聞いていきたい。

深井:気になります。全然わからないんです、まだ聞いたことなくて。

樋口:だから、尾原和啓の作り方ですね。

深井:でき方。

楊:でき方。

尾原:ここに需要があるかわからないですけど、語りましょう。

深井:再現性があるかどうかわからない。

尾原:全く。

樋口:まじで幼少時代から聞いていきたいんです。まずどんな子供でどんなお家だったのか。

深井:全然想像ができないです、尾原さんの子供の頃。

樋口:全くできないです。どんなお家だったんですか、まず。

尾原:うちはまず医者家系で、おじいちゃん医者、おじいちゃんが子沢山で7人子供がいるんですけど、男性は全部医者になる。女性は医者に嫁ぐというので叔父貴全員医者なんです。

樋口:ちょっと待ってください、むちゃくちゃ金持ちの家系なんじゃないですか。

尾原:金はね、あとで説明するんですけど親父は割と面白い人だったんでマイナスで終わるんですけど。

樋口:ちょっと楽しみ。

深井:すごいですね。

尾原:かつ、従兄弟もほとんど男性が医者になってる。だから従兄弟で男性で医者じゃないのって僕だけですね。

樋口:ええ。すご。

深井:へえ。

楊:めっちゃ異端児。

深井:みんなすごい頑張ったし異端児ですよね、その中で完全に。

尾原:でもありがたいのは医者家系ってやっぱ人のために何かをするみたいなことだったりとか人が困ってる時にさっと助けを差し伸べるみたいなのは当たり前のようにやる、だから僕とか子供の頃とか親父も本当に診療が終わったらすぐに外に往診に行くんで、ほぼほぼ一緒に飯くったことなかった。おにぎりをおかんが作ってくれたおにぎりばばっと担いで往診にいってみたいな感じで。そういうのが好きな、ありつつただ言っても町医者なんでやっぱロマンとそろばんのバランスめっちゃ大事で。うちの親父から学んだことはうちの親父ってすごくて、院長室というか親父の部屋があるんですけど、地図が貼ってある。3ヶ月以内に来た患者さんの住所に青い画鋲が打ってあって、半年来てないと赤い画鋲になるんです。それ以上来ないと画鋲はずすんです。何やってたかと言うと商圏人口という自分の病院にどこのエリアからどのくらいの人が来てるかということを視覚化してたんです。減ってくるとちょっと和啓お前あの辺見てこい、近所の人に聞いてこいと言われて。行くと尾原んところのアホ坊ややないかと言われながら商店街で最近うち来てくれへんけどなんなん、浮気してんのみたいなことを子供ながらに喋ると、いやあ最近なあそこに病院できて看護婦さんめっちゃ綺麗ねんでと言われる。そうすると親父やばいで。あそこの人取られてるで。親父が見とけといって、そこの近所のめっちゃおしゃべりのおばちゃんとかにめっちゃよくするんです。そうするとそこから口コミ広がってまた患者さん戻ってくる。

樋口:はあ。

深井:めちゃくちゃ戦略的なんですね。

楊:医者らしくない。すごい。

尾原:だから、きっととは言え晩飯もゆっくり食わんくらい人を助けるみたいなことが好きなくせにやっぱり人間食って行くうえで銭勘定大事ですから、ロマンとそろばんが両方あった。

樋口:ちょっと待ってください。それ何歳の時に尾原さんやってたんですか、聞き込み。

尾原:聞き込み調査とかそんなん幼稚園の前とかからです。

深井:え、幼稚園の前って。え、幼稚園の前って何歳。

尾原:だから、5歳とか6歳とかですね。僕幼稚園の時から西宮に引っ越すんで。

深井:西宮ですね。

樋口:めちゃくちゃ頭よかったんですか、尾原さん。

尾原:頭いいというよりかは、そういうことを呼吸のようにする。だから例えば同じように5歳6歳の頃からやってたのが当時空き瓶って売ってくれたお店に持って行くと10円で買い取ってくれたんです。ガラスを洗って再利用するから。なんでそういうことを知らないもっと年少のやつらを集めて今からゲームしよう。たくさん空き瓶を集めた奴にお菓子をおごってあげるっていってみんなで集まれといって集めさせて。

楊:すげえ経営者。

尾原:半額分くらいを奢ってあげて、半額は僕がせしめるということを年少のころから。

樋口:元締め。

深井:元締め。

楊:バリバリの経営者じゃないですか。

樋口:普通に興味なんですけど、周りの人と会話が合うんですか、そんなことやってる。

深井:同世代の人とですよね。

楊:確かに。

尾原:あんま友達同世代にいなかったですからね。でもなんだろう、ありがたいことに下町、大阪の下町って近所のおじちゃんおばちゃんがかまってくれるから楽しいですよね。

樋口:なるほど、だからそうか。けっこう年上の方と話す機会が幼少時代からあったってことですね。

尾原:そうですね。

樋口:そこに刺激をうけながら。

深井:でも灘だから灘とかいったらそう言う人ばっかりじゃないですか。

尾原:中学が僕と深井さんの共通の友人に北川拓也というのがいるんですけども。彼とかは灘中灘高ハーバードというすごい人なんですけど、僕とか灘中灘高京大なんで人生3周くらい差をつけられてるんですけど。それでも灘中灘高ハーバードみたいなことを当たり前に言えるやつがごろごろ周りにいるわけです。そうするとなんというか自分もそれなりに天才と言い続けながら暮らしてきましたけどまあ衝撃です、中学入ると。

楊:上には上がいる。

深井:まあそうでしょうね。

尾原:こんなにすごいアホみたいなやつおるのって、まったく勉強してなくてもできるやつらがいて、なんで、僕勝てないと思って。で、その時に始めたのがだったらこいつらどういう勉強の仕方してるんだろうと調査した。

深井:確かに気になる、それは。

尾原:成績上位20人のやつらのノートの取り方と家での勉強の仕方ってことをリサーチしたんです。そしたら誰も勉強の仕方の勉強をしてないということに気づいて。ここでおれは楽に勝てると気づいた。

樋口:勉強の仕方の勉強ですよね。

深井:そこ誰も研究してないってこと。突き詰めてないということですね。

尾原:他人のノートの取り方を見たことあるといったら見てないというし。自分で家で勉強する時間配分とかどう考えてるのと聞いても、尾原に初めて聞かれたとそんなこと言われるし。だから教科書これ使った方がいいとか参考書はこれやったほうがいいじゃない、whatはいろいろ言ってるんですけど勉強の学び方みたいなhowを学んでるやついないから。

楊:意外ですね。みんなすごい合理的に考えてそうというイメージがあるけどそうでもない。

尾原:上手にノートまとめてるやつとかのまとめ方とか学び、でもこいつがノート書いてくれてるとおれ授業中ほかのことやってもいいやと思って聞いてるわけです。みたいな生き方をずっとしてる。

樋口:それが高校生くらいですか。

尾原:そうです。中高ですね。

樋口:ひゃあ。で、もちろんですけどそれで成績あがりますよね。

尾原:でもいったかてさっき言ったように周りが天才ですから。普通に現役の頃はこんなんで受かるわけないから共通一次試験の日はパチンコ屋にいましたし。

楊:どういうこと。

樋口:受けてないんですか。

尾原:受けてない。だって受けてもしょうがない、受からないから。

深井:どうやって京大いったんですか。

尾原:だから一浪していきました。

深井:なるほどなるほど。めっちゃ面白い。

樋口:めっちゃおもしろいな。

楊:高校の時に将来の進路とか将来これやりたいものってあったんですか。

尾原:それで言うと悩んだのが高校の頃から親父とか見てるからやっぱり医者には憧れがあるわけです。一方でもう今もなんとなく皆さんわかるように僕瞬発力が高くてアドリブ力めちゃくちゃ高いので同じこと二回できない人なんです。なんで親父とか見てるとお前な結局そんな結局町医者ですから来られてる患者さんは病状一緒なわけです。関わらず一人一人笑かして気持ちよくして帰っていただいてみたいなことよおやるなと。

深井:ちゃんと笑わかさないといけないんだ、大阪。

尾原:リピーター率に関わりますから。

樋口:ライブと一緒ですからね。

深井:めっちゃ大変だな。

尾原:だからもううちら兄貴が高槻で大阪の高槻で病院やってるんですけど、小さい町医者。まあ愛想良くてすごいなと思うんですけど、とはいえやってることは風邪の処方とかなわけじゃないですか、普段は。それおれ無理やと。こんなどうしようもない人間。でもこんな人間でも医者になるとしたら唯一精神科医かなみたいな。人間の心って一人一人違うから。で、勉強してたんですけど、実際に高校の頃に日本の精神科医の状況とかを調べたらその時のタイミングでいうと一人一人の心に向き合ってみたいなこととかってエネルギーかかるから。やっぱり薬を出してどうこうするっていうところが多かったので、これは医者なられへんなと思って。で何しようと思ったときに当時人工知能というものがある程度出始めてて。こっちやって。

樋口:でも当時。

深井:当時の人工知能ってどのタイミングのやつなんだろう。

樋口:それって何年の話ですか。

尾原:人工知能の第二の冬と言われる時代で。1988年とか。

深井:88。

樋口:その時点で人工知能が来ると思ったってことですか。

尾原:来るかどうかわからないですけど、まあ多分にもれずSFの人だったので。筒井康隆と星のせいで。

樋口:いいですね。なるほど。それで京大に入った時にはそっちの道にいく。

尾原:そうです。だから京大は人工知能とか研究しちゃって。応用システム。

深井:親戚のみなさんはどういうふうに受け止めてたんですか、その進路は。

尾原:まあ、和啓だからしょうがないねって感じですよね。

深井:そのキャラが確立されてる、親族の中で。

尾原:ちょろっとだけ前説ちゅうかで喋ってましたけど、僕3歳の頃から自分はここにいちゃいけない人間だとずっと思いながら生きてたのでわりと周りが医者になるのが当たり前の中で医者でない選択肢をすることって自分の中ですっと当たり前だったんです。

深井:いちゃいけないというのはどう言う意味でいちゃいけないと思ったんですか。

尾原:なんかね、居心地をよくしちゃいけないとか、ここって俺の場所じゃないよなとずっと思いながら生きてるんです。

樋口:それってネガティブなんですか。

尾原:いやあ、そこが面白いのがそれってネガティブになっちゃうじゃないですか。

樋口:普通はそうですよ。

尾原:ありがたいことに佐々木マキさんという絵本作家、村上春樹の挿絵とかで有名ですけど、僕やっぱりおおかみという本を書かれてるんです。このやっぱりおおかみというのを3歳の頃に読んで、これ俺だと思ったんです。

樋口:ちょっと待って、3歳すげえな。

深井:3歳すげえな。

尾原:これがすごい絵本で、これちょっと」ユーチューブの方しか挿絵見えないんですけど、あくまでグーグルで検索結果に基づいて著作権法の範囲内で教示してるんですけど、佐々木マキさんの絵本の三部策、第1作なんですけど、一人ぽっちの狼が仲間が欲しくてうさぎの町とか豚の町とかはては幽霊の町とかに行くんです。だけど自分の過去が狼だからみんなに怖がられて逃げられちゃうんです。そのたびにここに書いてるようになんだよみたいなけといっていいよお前ら仲間じゃなくてもみたいな感じで次の町次の町に行くんですけど。大概こういう絵本て最後仲間の狼に出会えて幸せになりましたじゃないですか。そうじゃないんです、この絵本のすごいのが最後狼だからそうだよなまあいいんじゃねといって一人で歩き始めるということで終わるんです。

樋口:渋い。

尾原:これ読んだときにこれ俺だと思って。やっぱり狼だもんな一人だもんなといって。ていうので延々ここにいちゃいけない子ということの中で生きれたし、幸いなことに灘中とか灘高って良い意味で他人に興味ないやつが多いんで。だから頭いいから中身では盛り上がるんですけど本質的に自分が好きで他人のことに興味ないやつが多いからすごい居心地よかった。

楊:無理やり自分を変えなくてもよかった。

尾原:そうそう、京大なんかそんな場所じゃないですか。だから京大とかってすごいエピソードがあって国立大学の中で大学にいる中で自殺率が一番高いのが京大なんです。でも一方で卒業してから自殺率は東大の方が圧倒的に高くて卒業してからは京大って自殺率低いんです。

樋口:それはどういう意味で分析されてるんですか。

尾原:だから学長が言うんですけど、ここは一回自分を見失って迷子になる場所なので。盛大に迷子になってくださいということを総長が言うわけです。

樋口:ちょういいですね。

深井:ちょういい。

尾原:そうなんです。だから無理に自分をどこかに当てはめて無理に自分を作らなくてもいいという前回のバーニングマンみたいな話になるんですけど。ていう感じの子だったから。逆にいうとどこにいても浮いてるけど、逆にいうとどこにでもいける、浮いてるから。

深井:だから何者かが説明しずらい、第三者から。

尾原:そうなんです。

楊:確かに自分を枠にはめる発想がなかったからこそ今がある。

深井:最初からそうだったんですね、尾原さんは3歳の時にこの絵本を読んだ頃からそういう自覚で生きてきてるわけですね。

尾原:ありがたいことにそういうある場所からある場所に渡りながら渡るから両方の言葉が喋れて両方をブリッジできるということがこういうのアービトラージというんですけど、さっきのほんまはお菓子屋さんが10円で買い取ってくれ瓶を半額の分だけ子供たちにあげて間三円抜きますみたいな、知ってると知らないの間で価値を出すということが世の中的に大事になってきて。結局僕マッキンゼーというものすごい経営コンサルにいたふりをしてますけど、いたんですけど、僕も前回ゲストで出ていた篠田さんと同じでマッキンゼーの中では落第なんです。なんですけど経営コンサルとしてはむちゃくちゃ中途半端なんですけど、僕高校の時にプログラマーで稼いでて大学の時に大学の研究室のサーバー管理とかやってたんで。プログラムとインターネットの仕組みが作れるんです。なんでドコモのiモードっていうそのまだモバイルとしては携帯の中に入ってるからインターネットとしては中途半端なんだけれどもみんなが持ち歩けて便利という間の子が生まれた時に僕みたいにネットのそこそこわかる、マーケティングとかもそこそこわかるというのが翻訳者として便利だからドコモに雇ってもらえたんです。

樋口:だからいろんな人と話すというのまずその当時からやってて。その特性が普通に社会に出ていきまくったってことですね。さらっと言いましたけど高校時代からプログラミングで稼いでたんですね。

尾原:ちょうど良い時代だったんです。なんていうかBASICという割と誰でも書ける言語がQuickBASICというのが生まれて割とそれを新しいコンパイルというきゅっと変えるとそこそこ商品として使えるプログラムを誰でも書ける時代があって。かつ企業の中に自分たちの業務をプログラムで動かしたいけど作れるやつおらんみたいな幸せな時代があって。本来だったら大学の時のインターネット初期とかホームページぺろっと作ってあげるだけで月10万円もらえたりする幸せな時代があったんです。だって堀江さんとかもそう言うところから始まったわけですからね。

樋口:高校の時にプログラミングやって、大学の時は何をやってたんですか、仕事というか。

尾原:だから大学の時はさっきいったように基本的に人工知能の研究なんですけど、結局大学に僕が入ったころに大学にインターネットが入り始めて。大学4年生の時にMosaicといわれるいわゆるインターネットのブラウザがきて、こんな簡単に情報とれるんかみたいな感じになり。みたいなタイミングでそのインターネットのサーバー管理とかをできる人があんまりおらんかったからやってましたみたいな。

樋口:うええ。ブローカー的なことやってるってみたんですけど。

尾原:そうですね。大学の時は基本的に研究室で研究してるのが好きだったからできるだけ時間をかけずに稼ぎたかったので。だから中古車の売買やったりとか。

樋口:そんなのもやってたんですか。

深井:ブローカー。

尾原:一番ひどいので言うと中古バスを東南アジアとかに売ってたんですね。ちょうど僕の頃ってバブルだったから観光バスがすごいきらびやかなんです、中にシャンデリアとかついてて。しかもバブルだから本当車とかって15年とか20年走れるんですけど、10年くらいの最初で落としちゃって新車にかえますというような景気がいい時代だった。だけどこんどは中にシャンデリアとかゴテゴテついてるから中古で売買するのしんどいからただであげますみたいなけっこう気前がいい観光バスの会社とかがあって。そこからただでもらってきて、僕が全部処理しますからただでくださいって。これをそのまま中古バスとして売ると内装とか改装しなきゃいけないから面倒臭いんですけど、東南アジアの人間からすると中にシャンデリアついてるバスってめっちゃ嬉しいんです。しかも日本の10年目の中古バスなんてむちゃくちゃ状態がいいから、むちゃくちゃ嬉しいんです。それでうちの大学って工学部だから東南アジアからいっぱい留学生来てるわけです。

深井:そうか留学生でそれがわかっていた。

尾原:その当時留学生てだいたい家が金持ちなんです。その当時の東南アジアから来てる金持ちって大体貿易か交易やってる。

深井:なるほどな、おもしろ。

尾原:で、留学生のやつらに安くおろせるんだけどだれが一番高く買うという話を親父に聞いてくれ。

楊:瓶集めと一緒。

尾原:一緒一緒。

深井:一緒、本当に。

樋口:その時になんでそういうことやってるんですか、商売というかなぜそういうことやってたんですか。普通学生って今でこそ副業とか言われてますけど。当時ってそんな一般じゃないですよね、学生の時からビジネスやるとかって。なんでやってたんですか。

尾原:要はみんな汗かいていくことがかっこいいと思ってるじゃないですか。でも僕は家が商売をやってたので、そのさっき言ったみたいに親父って人と人の接するところに時間を惜しまないけど、やっぱり商いとして持続させるためには画鋲を打っていかに効率よくお客さんに選んでいただくかということに時間を使ってたんですね。だから商売って基本は楽するための仕組みを作ることなので。

樋口:そこが楽しかった。

尾原:そうですね。あともう一個あるとすると僕らの世代ってゲームがまだ未発達だったから。ゲームのルールを自分で作ることが楽しかった時代なんです。

樋口:それはなんか納得ですね、尾原さんの感じみてると。

深井:ゲームってそういう楽しみを補完しちゃってるんだ。

尾原:だってドラゴンクエストとかめちゃ高かった僕らの時代って6800円とか。一回解くだけじゃ面白くない。そうすると二回目はこれをあえてやらないことで競争しようとか。

深井:縛りプレイですね。

尾原:そうやってゲームのルールを作って楽しむということをやってました。

樋口:あと、他人と違う評価軸にしちゃう、例えばレベルを上げて挑むんじゃなくていかに少ないターン数でボスを倒すかとか。

深井:ありましたね。そういうプレイの仕方。

尾原:なんでゲームのルールを作るのが大事だと思ったのがでかい。

樋口:だから現実世界でゲームをやってたんですね、逆を言うと。

尾原:そうです。そうです。でも、そういう思考法が結局その後のiモードとかのプラットホーム立ち上げに繋がっていて。それを衝撃的だったのが阪神淡路大震災で。

樋口:その時はもう学生ですか、阪神淡路大震災。

尾原:大学院の1年生だった。

樋口:ほうほう。そうかそうか。

尾原:大学院1年生の時に1年だから暇なわけです、わりと。だから震災2日目でしかも中高が被災地中心東灘区なんで、実際震災が起きた日も高校のロクでもない仲間で麻雀しようぜって集まってて、たまたま被災地中心のやつが一人これなくて、しょうがないから4人で3まんやるのもあれなので、3人でずっと桃鉄やってたんです、徹夜で。そしたら震災起きて、そしたら被災地の真ん中にいるやつあいつ大丈夫かという話になって。様子見に行って、そしたらもうひどい状態なわけです。なんで2日目からボランティアに入ったんですけど。

樋口:ボランティア、はあはあ。

尾原:でも最初は友達がいる避難所でこっちはピンピン元気だし別に家が壊れてへんから、みんな大変なんで避難所名簿作ったりとか物資がくるのを分けるのを手伝ったりとかやってたんですけど。1週間くらいやってたら埒が明かないわけです、何も変わらないわけですよ。これはあかんなと、で、たまたま僕はバイクで動けたから家に帰ると家のテレビみるから異様にボランティア集まったりとか物資集まってる学校とかあって。なんやねん、えこひいきやんけって区役所にカチコミにいったんです。なんでうちにボランティアもってけえへんねん、そしたらその区役所の人が壁に指差して、ボランティア足らんかったらあそこに貼っといてくれ。それみたらもうみんなボランティア欲しいから上に貼るわけです、紙を。

深井:なるほど。

尾原:こんなん非効率に決まってる、なんであんたがたがここいってここいってってやれへんのんて聞いたら、いやあ、それやりたいんですけど僕があっち行ってくださいって言ったら万が一その人が怪我した時に責任とられへんでしょ、当時ボランティア保険とかないから。ここからが関西人、てことは俺が区役所の前にボランティアこっちって看板つけといて、その看板に行った先に区役所の人間じゃないおれがあっち行ってって言う分には看板置かせていただいてるだけでっていったら、看板置かせていただくだけですねという話。

楊:やば。

深井:やばいね。

楊:ならないよ。そう。ふつう。

深井:おれ、思いつかないよ。

楊:すげ。

尾原:これが関西人のええとこなんです。

樋口:たくましいですね。

深井:たくましいね。本当。

尾原:当時同じようなことを考えてた神戸大学のラグビー部の方々が一緒にやりましょうてなって、その東灘区情報ボランティアセンターというのを立ち上げて。そうすると自分机に座ってあなたはあっち行ってくださいこっち行ってくださいて言ってるだけでみんなに感謝されるし。みんな律儀だから帰りにいやあうちの避難所こんな状況でこんなん足らんのですわということを言ってくれるからじゃあこれテンプレート決めてアンケートにしよう。当時200箇所以上あった東灘区の避難所が自分らなにも動いてないのに全部わかるんです、どこに何が足らない。そうするとこれ足らんねんけどって物資を送ってくれへんみたいなこととか電話したりとか。そしたら物を送ってくれるわけです。そしたらみんながハッピーになるわけです。これはプラットホーム万歳だと思って。

深井:そういう経験があったんですね。

樋口:だから人力マッチングサービスですね。世界を最適化してたわけでしょ。すごいな。

尾原:だからプラットホームって最強じゃねって話になって。

樋口:そこでプラットホームに興味が出たんですか。

尾原:そうなんです。かつもう一個大事な話があって、インターネットの出現によっておれアービトラージで一生暮らされへんと気づいちゃったんです。

深井:情報格差で生きていけない。

尾原:そうなんです。だから結局僕が東南アジアとかにバスを売って生きていけるのはその僕がただで仕入れてるからなんです。それがインターネットでバレたらなんや京都に行ったらただでバスもらえるやんけ。行く奴もいるかもしれへんし、お前ただで仕入れてるんやろってしれたら叩かれるじゃないですか。だから東南アジアの人は情報を知らんからこんな状態がええのええのこんな安く売ってって、いや僕は学生ですからみたいな。息子さんにお世話になってますしみたいな恩を売りながら儲けてたわけです。それがもうでけへんようになると思ってそうすると結局自分みたいな情報のサヤ取りで生きてる人間はもう唯一サヤがとれるのは0が1になるところだけはその情報が流れないので、だから0から1になる場所にいかないと俺は自分がかなわへんと思って、じゃあそういうプラットホームが作れるような場所で01が生まれる場所に行かんといけんといって、東京なんか死ぬほど嫌いだったんですけど。だって大阪とか福岡に住んでたら東京行きたくないでしょ。

深井:行きたくない。

樋口:いやいや、おれは結構東京行きたかった。なるほどな。だからその時点で言ったら情報が誰でも手に入るようになると思ってたし、情報だけの価値というのは下がっていくということが予測できてたってことですよね。

尾原:そうです。だから、だってそこで僕逃げ切るつもりだったんだもん。

樋口:大学院の1年、2年でまず気づいたってことですね。

尾原:そうですね。

樋口:で、そっから、卒業してどうしたんですか。

尾原:卒業してじゃあこんな若造でも仕組みを作れるノウハウが学べながらお客さんに価値感じてお金をもらえる会社ってどういう会社があるのって調べたらコンサルって職業がありまっせって話になって。その当時のコンサルでいうと日本の中ではどうもマッキンゼーというのが一番良さそうだという話になって。で、そのマッキンゼーの就職の仕方とか調べたらものすごい論理的でものすごいやつしか入れへんから、おれ普通にいったら入れへんと思って1年間ボランティアやってた資料とかを持っていって。涙ながらにこんなこと僕やってるんですみたいなことをいったらお前頭悪いけどおもろいから入れたるわといわれて入った。

樋口:そこもあれですよね、ちゃんと戦略を練っていってるわけですね。高校の時に勉強の仕方を勉強したというのと同じように。なんかこう、どうやったらそこを達成できるかというのをちゃんと研究して挑んでる感じですね。

尾原:そうですね。だって普通の仕方したらあんな世の中天才あふれてまうもん。

深井:でも自己認識能力凄まじく高いですね、3歳の時からずっと自分はこうなんだなというところのナチュラルな受け取りと理解、第三者的な理解てすごい才能なんでしょうね、そこ尾原さんは。

尾原:だから生き残ることに関しては自信がありますね。

楊:確かに。

深井:大事ですよね。

楊:震災の話も聞いて思いましたもん。たぶん歴史上で例えば戦争が起きた時に誰の下につくのかって尾原さんの下につきたいです。生存確率上がりそう。

尾原:生き残らせます。生き残らせることは自信があります。

楊:絶対そうだ、遊牧民の世界とか絶対尾原さんはリーダーになります。

深井:今平和だからあれだけど殺伐とした世界だったら尾原さんのところに人集まって、どうやって生き残るかと言うことになるかもしれない。

尾原:だからグーグルの時とかも東日本大震災がおきてやばとなる。そうすると僕は東日本は結局神戸淡路経験してるから、まず最初に何やったかというと当時グーグルだったんで六本木ヒルズに入ってたんでこれ絶対エレベーター止まる。止まるまえに降りるというので階段で降りて、そのまま隣のホテルに行って、うちグーグルで外国人の方多いし女性の方多くて絶対海外に帰れなくなる人がいるので空いてる部屋全部抑えさせてください。

楊:すげえ。

樋口:すげえな。リスク回避というか。

深井:実践までの速さがすごいですね。

尾原:だから01の時しか使えない、こんなことは。でもこれが1週間経つと今やツイッターでこういうノウハウはみんな知れるようになったし。まとめサイトに絶対上がる、今だったら。

樋口:今グーグルに行っちゃいましたけど、気づいたら。マッキンゼーからグーグルに行ったってことですか。2社目がグーグルなんですか。

尾原:いや、マッキンゼーでやってたらたまたまiモードのプロジェクトに出会えて、通常コンサルってお客さんに行くのご法度なんですけど。僕はシステム屋としてドコモに雇われたので。なんで、マッキンゼーの後独立してドコモさんと契約させていただいてシステム屋としてiモードの立ち上げをやるということをできたんですよね。

樋口:なるほどなるほど、そうかそうか。自然にもう言ったら職業変わっていっちゃったんですね、自然と仕事してたらついつい。ついつい独立起業したんですね。自然と。

尾原:でもお客さんからお前と仕事したいとなって、ね、光栄じゃないですか。たかだか2年目くらいなのに。

樋口:普通の感覚からするとマッキンゼー退職するの相当覚悟がいるじゃないですか。

深井:そうか、2年目なんだ、それ。やば。

樋口:マッキンゼー入って2年でやめるって相当覚悟がいると思う。

尾原:そうですね、同期7人いる中で2番目ですね、やめたの。1番目は研究に戻るって、やっぱおれ研究が好きだって戻ったやつがいますけど。

樋口:そこって怖くなかったんですか。

尾原:どうせ、辞めてもまあなんかうまいことやればマッキンゼー戻らせてもらえるかもしれないし、あと別にさっき言ったみたいに20年はもたないけど中古車のブローカーに戻ればまあ生きれますからね。

深井:面白いな。俺尾原さんが三国志の時代に生まれていて欲しかった。どういうふうな挙動、どこに行くんだろうな。絶対面白いと。

尾原:確かに。どの国を渡り歩くか。

深井:そう、どの国で何してるのかめっちゃ面白そうです。

尾原:やっぱり日本てようやく転職の当たり前になってるんですけど、次何するかばっかりみんな考えてて。一回なんかあった時にこれで生きれるからというパスポート持っとこうぜていう転職のしかたすると商売の基本て何かというとこれユダヤ人に教えてもらったんですけど。なんでユダヤ人こんな商売上手いんですか。尾原教えてやる。困らないことだ、と言って。

樋口:かっけえ。

尾原:困ってるやつから安く買い叩いて困ってる奴に高く売りつける、これだけだ商売。だから俺たちは困らないようにユダヤ人どうし助け合うんだ。だからお前も俺を助けろ。

深井:シンプル。

樋口:むちゃくちゃ大事。おれだから転職怖くないですかと聞きましたけど、なんでみんな怖いかって食い扶持がなくなって、やばくなるのが怖いんですね。だからその恐怖から逃げるために今継続してるということもあると思う。これで困らないという状態だと自由が手に入るということだと思う。

尾原:困らないと安心して冒険できる。

楊:確かに足がかりがあるというのはとても冒険の範囲を広げる上で重要ですね。

樋口:で、動けると自分にあってるところを見つけやすくなると思うんですよね。

深井:うん。

尾原:うん。

樋口:1社しか働いたことがない人と10社働いたことある人だったら自分を見つけるチャンスって10倍になるってことだと。

尾原:そうです。だからそれは二回目で話したまさにゴール目的に囚われず今を楽しむプロセス目的になるためにはいつでも帰れる場所があるとか、それで困らないということが今を楽しむための秘訣だと思うし。冒険もより多くするための秘訣だと思うんですよね。幸いなことに僕の場合は1職目に割とマッキンゼーという人が聞いたらちゃんとしてる人だなと思ってもらえるパスポートは手に入れたから安心して冒険できるし。で、何職か繰り返してパスポート減ってきたなと思ったからグーグルに入っとくか。そしたらこんなふらふらしてるけど元グーグルというだけでなんとなく人も話聞いてくれるし。

樋口:すげえな。グーグル入っとくかで入れたんですね。

深井:確かに。普通はね。

尾原:それもラッキーなんですよ。それもバランスってやつで。僕グーグルの時も英語で仕事したことってほとんどなかった。文献は読むし。

深井:意外。そうなんですね。

尾原:けど喋りは海外と交渉する時もやっぱり日本語で迫力もって喋って通訳に雇ってもらった方がやっぱり魂で握るものだから提携なんて。だから自分で喋るという努力したことなかったんです。けどグーグルのタイミングってリーマンショック起こって一回サムスンが日本撤退したんです、あのタイミングで。韓国が日本で成功するってことをものすごく気合い入れてやってたけど、あれ、気づいたら日本なんてどうでもよくね、って韓国に一回思われてサムスン一回撤退してるんです。そのくらいジャパンバッシングが起こってた時で自分おもろいことやることが自分の命なのに、日本でおもろいことをできなくなるんだと思って。これ、英語で仕事できるようにならんとやばいわ。てなって、で、パスポートちょっと期限がきれてマッキンゼーパスポートもずっととられへんし、グーグル入ろうかと思ったんですけど。じゃあなんでグーグルに入れたかというとたまたまその時にアンドロイドを立ち上げるというタイミングだったから。僕は英語くそみそに下手なんですけどモバイルを立ち上げるということを世界中でたぶん日本で異常発達した国で、コンビニで非接触のカード使えるは、こんな小さいガラ携であんな情報とれるわ、しかも8000億円のコンテンツ市場日本だけで作ってたんです。こんな国日本だけでしかもそれ全部知ってる人数少なかったから英語下手だけど思えおもろいから雇ってやるって雇ってもらえた。しかもありがたいことに僕が英語下手でも向こうが知りたいわけじゃないですか。日本でなんでこんなモバイル立ち上がった、なんでこんなコンテンツ市場できた、なんでこんなコンビニとかいろんなところでカードぴってやるだけで使えるのって向こうが聞きたいから、僕が下手くその英語で喋っても向こうが頭いいからお前言いたいことこういうことっていい直してくれるんです。そうするとそれそれちょっともう一回ゆっくり言ってって言ってそれメモれば綺麗な英語を喋れるようになる。

深井:それを言えばいいんだ。

樋口:なるほど。英語の勉強にもなる。

尾原:そうそう。

樋口:iモードでの経験が英語の勉強にもなった。

尾原:だから01の瞬間てほんのちょっとの価値の差で自分がでけへんことでも自分ができることを課題評価してくれるんで。新しいとこ突っ込めるんです。

深井:今の話すごい大事ですよね。01というか。本当ほんのちょっと差でもそれがすごくでかい。本当そうだと思う。

尾原:だから例えばポッドキャストとかでも今コテンが一位だからいろんなところから声がかけてもらえますみたいなのもそうだと思うし。

樋口:本当にそうかも。ちょっとの差かもしれないコテンラジオ。たまたま一位になってますけど。

深井:今だになんでアップルポッドキャストランキングでは一位なのか僕たちもよくわからないですからね。

楊:どういうアルゴリズムなのか。

深井:どういうアルゴリズムなのか。

尾原:でもそれで機会をいただいてこうやってご縁をいただいてるし。

樋口:そうなんですよ。そこからは快進撃と言っていいのかな。現在13職目ということで転々とされて活動されてるということなんですけども。今って何をメインにやってるんですか。

尾原:メインはシンガポールの藤原投資顧問という会社でいろんな方の資産をお預かりしてその投資運用するということをやってるんですけども。やっぱり資産を持っていらっしゃる方ってこれもまた面白い話ですけどお金のリターンだけを求めてるわけではないんです。もちろんお金のリターンは大事だけど何に投資するんですかということを通してお金をできた人たちは次の未来を冒険したいみたいなことだったりとか。ある程度成功してるから2代目を育てたいので。2代目の人に次の未来はどこから起こるか知りたいとか。というのがあって、だからその資産運用の会社なんですけどイスラエルのベンチャーとかこれから立ち上がってくる日本の新しいベンチャーとかそういうところに投資をするということをやってて。それのアドバイスとかをさせていただいてる。

樋口:その時のモチベーションてなんなんですか。興味なのか、なんなのか。今何を目的に働いてるんでしょう、尾原さん。

尾原:だから幸いなことに今って自分の強みをより強くなるように楽しく動いてたら結果としてお金を払ってくれる人が現れるという形になってるので。だからさっき言ったように投資会社の一番大事なことはまだ人が見つけてない未来を作る会社を見つけるってのが一番投資としては美味しいわけですよね。

深井:確かに確かに。

樋口:そこって結構人生通してテーマになったりしてるんですか。

尾原:そうですね。僕の場合はストレングスファインダーて人間の強みを34個に分けてて、そのトップ5を教えてくれるという診断があるんですけど。毎年受けてるんですけどずっと着想というのが一位なんです。

樋口:着想ね。

尾原:だから僕着想、コミュニケーション、学習欲というこの3つが変わらない。だから人がまだ思いついてないことを結びつけてこれってこういうことでしょうというというこの電球がピカって光る瞬間が自分の魂のご馳走なんです。

楊:魂のご馳走。

樋口:いい表現ですね。だからそこ自覚してるってことですね、自分が生きる時に魂が喜ぶのはこういう瞬間だというのはもう自分でわかってるんですね。

深井:うん、うん。

尾原:しかもありがたいことにこの着想するというのが一番大事なのが投資だから。その投資のジャンルでやってるとこの着想ということを鈍らせずにお金をいただけるし。さらに言うとその僕が今シンガポールベースにしてるのが残念ながらとは言え日本が大好きで日本に貢献したいから日本で本を書いたりしてるけど。やっぱり着想て新しいものが繋がる場所に起きるからやっぱり日本にいるよりは東南アジアにいるほうが新しい着想が生まれるから自分の強みがより強くなる場所にふらふらし続けるという。

樋口:なんか、その自分のこの地球ゲームの勝利ポイントは何かということが定義できてる人ってもしかしたら少ないかもしれないと思った。魂のご馳走が何かってことですね。

尾原:それが他の人と比較できない存在になってくれば、お金は後から付いてくるわけです、絶対に。だって、そのものにおいてはあいつよりこいつがええっていう存在になっとけば絶対にどっかお金が発生しますから。

樋口:まさにそうだと思いますね。

尾原:しかもありがたいことに、それがあかんかったらブローカーやってれば生きれますからね。

樋口:そこのセーフティネットを自分で持ってるのも強いですね。

楊:尾原さんが今までのお仕事の中で一番刺激的だった仕事ってなんですか。

尾原:ああ、刺激という意味ではグーグルが一番面白くて。それはグーグルとリクルートですね。それはなぜかというと僕は着想というのが一番の面白いと思うことで。やっぱり会社の中に着想野郎が一番多い会社の方が着想の連鎖が起こる。思いついたといったら思いついた思いついたおれもおれもおれもおれもみたいな。やっぱこういうのの含有率が高い会社ってグーグルとリクルートです。

深井:リクルートもそうなんですね、すごいな。

尾原:リクルートって表向きの社是は別なんですけど創業時の社是てのが自ら機会を作り機会をもって自らを変えよう。ていうのがリクルートのミッションで。人に機会を提供するようなプラットホームを自分で作って。そうするとそこに機会が生まれるからその機会の中で自分も成長できるよ。それを延々ループ繰り返したらみんなハッピー、みんなに機会を提供するように機会の拡大マシンになりながら自分が一番成長するから両方ハッピーじゃんというのがリクルートなんです。

樋口:めっちゃマッチしてますね。

尾原:結局この機会って着想から生まれるから。着想マシンです。

樋口:着想マシーンなんですね。

尾原:だから着想野郎がいるとあの人紹介してくださいっていってナンパしにいくので深井さんがなんでこんなに歴史を見事に取りまとめるんだろうというので紹介して紹介してといって、でも当時は深井さんてもっとエレガントな人だと思ってたから六本木ヒルズのちゃんとしたレストランじゃなきゃだめだなと思って。

深井:ありがとうございます、本当。そうか、そういう意味であそこだった。

尾原:そうです。ちゃんとした人です。

樋口:なるほど。おれあえて聞きたいんですけど、そんな今多分ずっとお話聞いていて未来って想像できないって話をずっとしてたと思うんですけど。尾原さんて10年後20年後何やってるんですか。

尾原:だから今のところは次くる未来の3年後くる未来をちょっと0.5歩早く他の人にご紹介するということをやり続けるということを生業にしてるので。多分ずっとそうやってると思いますよ。だって未来って絶対変化早くなるから、むしろ。

樋口:なるほどなるほど。

尾原:未来を着想するという需要って高まりますもん。

樋口:そうかそうか。じゃあもう人間タイムマシンになってずっと未来を伝え続けてくれるわけですね。

尾原:そうですね。ただその時にはもしかしたらアフリカにいてるかもしれないし、もっというと20年後くらいには火星に行けるようになったときに一番先に火星に行ってるかもしれないし。

楊:でも尾原さん火星に行っても全然違和感ない。

深井:確かに。

楊:普通に生きてそう。

尾原:むしろ、その頃になったら食料回避のために体を10分の1にみんなしましょうみたいなことが起こるかもしれなくて。誰が先にミクロ人間になりますかって手を挙げるかもしれない。

深井:確かにミクロ人間僕もなりたい。体弱いし。

樋口:なるほどね。今後も未来を見せ続けていてほしい。僕らも見たいですし。

深井:異才ですよね。

尾原:でも最後はやっぱり人間てどこから来たかでどこに行くかが決まるんです。

樋口:歴史じゃないですか。

尾原:そう。本当そうなんです。だから未来を作る人であればあるほど孫さんてこういう人だからこういう未来を作りたいんだよねとか。ラリー・ペイジとかマーク・ザッカーバーグてこういう人だからこういう未来作りたいね。だから未来を知りたければ知りたいほどその人はどこから来たかを知るということだと思ってますね。

樋口:なるほど。ということは絶対歴史を勉強した方がいいということですね。

尾原:そうです。無理やり繋げましたけど。

深井:ありがとうございます。

樋口:いやあ、ありがとうございます。

深井:でも本気で思ってる、それは。

尾原:でも本当にこの話ずっと聞いてより納得しました、そこ。

楊:確かに歴史もプロセスですから。

樋口:ずっとプロセス。

深井:そうです。全部プロセス。

尾原:ずっとプロセスを転がし続けることなんで永遠の完成品に辿りつかないことの方が一番楽しい。

樋口:ずっとベータ版。ということで。いやあちょっとお時間もぼちぼちなんですけども。最後になんかメッセージとかってあります、なんか、リスナーの皆さんにこれは伝えたいみたいな。

尾原:そうですね、やっぱり今コロナでどうしても不安になることって多いと思うんですけども。歴史の中でこのまえ山口周さんに教えてもらったエピソードがすごく好きで。ドゥオーモって大きい寺院があるんですけど、この寺院がすごいのは300年かけて作った寺院なんですけど作り始めた時はそんなドームどうやって作るかってのがわからない状態で始める。

深井:そうなんですか。

尾原:でもきっと300年あれば誰かが作り方を作れるはずだという形で作り始めていて。

深井:知らんかった。へえ。そうなんだ。

尾原:そうなんですよ。この態度がやっぱり今未来が一回わかりにくくなってる時代大事だと思ってて。そのワクチンの話とかってそれはわからんこといっぱいありますよ。この後ワクチン受けた5年後10年後何か副作用がで始めるかもしれない。でも今回ワクチンをたった9ヶ月で作れるって見えない中世界中の天才が集まって未来を作ってくださったわけじゃないですか。だとしたらもしかしたらワクチンの副作用があるかもしれないけど、そこもみんな集まって作ると思うんです。だから変化が激しくてついつい不安になりがちな世の中だからこそみんなが集まって未来の火を灯す、今できないことをできるようにする力というのを信じてほしいと思うし、さっきのドゥオーモの話含めてわからない中でやり始めた歴史っていっぱいあると思う。そういうのを是非皆さんも信じていただくためにできないことができるようになるみんなで集まったからできないができるようになった歴史みたいなことを学んでいただければなと。

樋口:そうですね。わからないなりに信じて突き進むのってめっちゃ大事だなというのを改めて思いました。

尾原:これがフィレンツェのドゥオーモですね。この大きいドーム。これ作り出す時には作り方わからなかった。

樋口:人間はそれを作ったということですからね。

深井:ねえ、出来上がった。

尾原:だし、これを作ろうという意思があったから作り方こうじゃないという連中が集まって作れるようになったってこと。

深井:本当そうですね。

尾原:最後はやっぱり歴史は誰かの意思なんです。旗を立てるということですね。

樋口:ありがとうございました。めちゃくちゃ面白かったです。

深井:ありがとうございます。

楊:ありがとうございます。

樋口:ということで一応最後にもう一回告知だけちょっと。

尾原:はい、ありがとうございます。というわけでね、今後ろに表示されておりますけれども、プロセスエコノミーといいまして完成品、いいものだけではもはや稼げなくなってしまった時代にむしろ完成品よりもそれに至るプロセス、そこの中の思いとか試行錯誤にこそ価値が眠って、そこ自体が新しいビジネスになってくるという本をを幻冬社さんから出させていただいておりまして、おかげさまでアマゾン総合一位をとらせていただいておりますので、歴史とプロセスはセットで学ぼう。

深井:そうですね。

樋口:是非これ聞いていただいたリスナーのみなさん是非読んでみてください。ということでございまして、本日は以上ですかね。

深井:はい。

樋口:改めてコテンラジオ番外編ゲストはIT評論家尾原和啓さんでございました。ありがとうございました。

深井:ありがとうございました。

楊:ありがとうございました。

尾原:はい、ありがとうございます。

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