#38 世界を動かす日本人!ソーシャルベンチャーの旗手 ボーダレス・ジャパン田口代表が掲げる夢と志(前編)

【今回の内容】 田口さん紹介/世界を駆けるボーダレス・ジャパン/ボーダレス・ジャパンの事業/社会課題解決の道を選んだ理由/田口さんの子供時代・学生時代/けじめの男/君はNGOにこない方がいい/やりたいと思ったら、いいじゃん/ボーダレス・ジャパンの信頼関係/元老院?ボーダレスの意思決定/社会に何ができるかドリブン/小さいことはいいことだ/イメージはスイミー/目標は年間〇〇社立ち上がる環境

楊:はい、ええ、それではコテンラジオ番外編を始めたいと思います 。

樋口:よろしくおねがいします。

深井:お願いします。

樋口:さあさあ今回の番外編はまたまたゲストをお招きしていろいろとお話を聞いていきたいと思います。ということでございまして、早速ご紹介いたしましょう。株式会社ボーダレス・ジャパン代表取締役田口一成さんです。お願いします。

深井:よろしくお願いします。

田口:よろしくお願いします

楊:よろしくお願いします。

樋口:いやあ、ありがとうございます、来て頂いて。

田口:こちらこそありがとうございます。

深井:田口さん同じ福岡の起業家の方なんですけど。めちゃくちゃすごい人で。ソーシャルベンチャーで日本で一番の方です。

樋口:そんな方が。

深井:普通にカンブリア宮殿とかに出て出演してる方なんですよ。めちゃめちゃすごい方で。

樋口:田口さん否定してないということはご自身で認めてる。

田口:なれてないからどこで入っていいかがわかんない。

樋口:いやいや、全然喋っていただいていいですよ。

田口:お願いします。光栄ですコテンラジオにこれて、いつも拝聴してます。

深井:僕の方から簡単に紹介をさせていただいたあとに、田口さんご本人から聞きたいと思ってる。いま設立12年目のボーダレス・ジャパンという会社を代表されてて、年商が54億円。で、年商がどうというよりも、これ、ソーシャルベンチャーで年商54億円なんです。社会に役立つ、社会貢献的な活動をビジネスにして、それで54億円というちゃんとビジネスにもなってて、めちゃくちゃ社会貢献もしてる。それ、どんな社会貢献なのかってのは国際的レベルの社会貢献なんですけど、これまたあとでお話聞いていきたいなと思ってます。世界各国で今千人従業員がいらっしゃる。すごい。13カ国、世界。37社のボーダレス・ジャパンの下についてることになるんですかね。ホールディングスみたいな感じになる。

田口:そうですね、また後でお話できればと思いますが。ホールディングス、形態としてはホールディングスですが、考え方としては全く別物と考えています。

樋口:面白そうな匂いが。あとでまた詳しくね。

深井:いわゆる普通の会社の事業部長みたいな方がみんな社長さんとなって会社作って、一つ一つの社会貢献ビジネスをやってらっしゃる。世界を動かす日本人50とか、あと日本のインパクト・アントプレナー35とか。普通に選出されてて。

楊:ああ、Forbes JAPANね。

深井:さっき言ったカンブリア宮殿とかも出ててみたいな。めちゃくちゃ有名な方で。本当お呼びするの恐縮だったんですけど。

田口:いやあ、僕でいいのかってこっちがびびってるんですけど。

深井:とんでもない、僕たちでいいのか。

樋口:深井さん、出世しましたね、我々コテンラジオも。

深井:いやあ、なんていうか、もう本当そうですよね。本当、なんか、田口さんとお時間いただけるみたいな。福岡起業家の中で憧れの存在なんで、普通に。本当ありがとうございます、今日は、お願いします。

田口:楽しみにしてました。お願いします。

深井:よろしくお願いします。

田口:よろしくお願いします。

深井:じゃあボーダレス・ジャパン、ちょっとさっきの説明だと全然伝わってないと思うので。これ、どういうことをやってるどういう会社なのか、田口さんの方からお聞きしてもよろしいですか。

田口:最近よく聞くようになったソーシャルビジネスといわれるものがあるかなと思う。簡単にいうと社会問題というものをビジネスていうものを手段に解決してみようというアプローチがソーシャルビジネス。僕らはソーシャルビジネスを専門にやっていく社会起業家という起業家の中でもソーシャルビジネスを起業する人のことを敢えて社会起業家というふうに呼んでみてる。社会起業家たちが集う会社を作ってみようというのが僕らの考え方で。というのは、社会問題のために起業するって、まあ、やっぱり難しいっちゃ難しい。儲かるからスタートするビジネスと比べると少し難易度が上がっちゃうのもまた事実かな。そういう人たちが、せっかく社会のためにトライするのに、そのまま失敗していなくなるのは社会にとって大きな損失だよねと思ってて。だったらそのみんなが起業して経営して、しっかり成長して社会的インパクトを出すような、みんなが助け合うような社会起業家のコミュニティというか集って構成する会社があっていいんじゃないかな。社会起業家の集まりのような。プラットホームのようなイメージでつくってる。

樋口:なるほど。

深井:たとえばどんな社会課題を実際ビジネスで解決してらっしゃるんですか。

田口:そうですね。海外でいったら例えばわかりやすくいうと、ミャンマーとかケニアとかそういうとこに小規模な農家さん、僻地にいる小規模な農家さんはなかなか流通が届かなくてすごく貧しさの程度が高いところがあったりして。そういったところを契約栽培をしにいくような形で農家が必要な価格で買い取をしにいくという関係性をつくって、フェアトレードみたいなものをやっていくとろこが典型的な一つ。マイクロファイナンスみたいな金融のお話もあれば。

深井:あれですね。だから、貧困問題をビジネスで解決するということですよね。

田口:そうですね。貧困問題もやれば、日本国内でいったら耕作放棄地といわれる農業が高齢化して、でも後継ぎいないくてというところで耕作放棄されてる農地がたくさんある。こういう耕作放棄地を再生するというか。耕作放棄地を使って有機農業をやるというような事業をやってたり。ホームレスの方の就職支援だったりとか、精神障害とか発達障碍のある方の雇用作りとか。本当に様々にやってて、なんでも屋みたいな。

深井:そうですね。社会課題というビジネスで本来解決ができないと思われていて、最後残ってる課題ですもんね。それを貧困問題、まさに代表的なのが貧困問題と思う、それとか、さっきいった耕作地の話であるとか。そういう多岐にわたる社会課題をいろんなそういう社会課題を解決する方々を集めて。その人たちが一人一人が社長になってやって行くという会社。

田口:そうですね。

深井:めちゃくちゃ素晴らしいですね。

樋口:あんまり聞かない形態だと思う。なんでそういう形になっていったんですか。

田口:僕はこの会社立ち上げたのが25歳の時なんですよね。当時は今と違ってベンチャー企業にお金貸さないどころかオフィスも貸さないような時代で。本当に立ち上がり苦しくて、これは僕に限らずみんなだと思う。儲けたくて上場したくて立ち上げる会社だったらリスクアンドリターンだみたいな話で片付くお話かもしれないけど。社会課題なんとかしたいと思って立ち上がる人たちが僕と同じ道辿るんだと思った時に、けっこう僕はいろんな人に助けられてやっと生き延びたっていうのがあってですね。

樋口:てことは25歳で会社立ち上げた時にはもう利益追及というよりも社会課題というものを明確にイメージしてたってことですか。

田口:そうですね。それが目的で会社作ったんです。

樋口:それって、それまでって会社で働かれてということですね。

田口:そうですね、19歳の時に、途上国のお腹ぷっくりして、栄養失調でお腹ぷっくりしてる映像みてですね、自分の人生何に使おうかなとずっと悩んでたというか、エネルギーの矛先を探していたときにその映像みて。自分の人生この先輩たちが何百年もかけて貧困の課題を解決しようとしてきただろうに、まだ解決されてない問題があるんだと知って。自分の人生これに使うんだったら敵に不足なしというか。

樋口:19歳ですか、そう思ったのが。

田口:そうですね。

深井:すごい。

樋口:ちょっとまって、この時点で違う。

深井:最澄みたい。

田口:いやいや、何にも考えてない人間だったんですよ。ぼくは福岡の人間で大学東京にいって、いったものの、さあ何しようかという。まあ、田舎者ですからやっぱりただでは帰らんぞっていういわゆるちょっとしたなんかをやってから田舎に戻るぞみたいな。昔の田舎っぺ根性がある。そんな中で毎日呑んだくれてるだけで、とはいえ、なんていうか、なにか資格試験をとってみたいな、そういうのも自分のそういう形で自分の違和感を解消したくないとも思っていて。ずっと探してた一年ちょっとみたいな感じの。

深井:どんどん聞いていっちゃいたくなるな。もう少し会社の紹介してから聞くつもりだった、聞いちゃっていいですか。田口さんて子供のころどんな子供だったんですか。

田口:子供のころは、こんなの興味あるんですかね、みんな。

深井:あると思います。

樋口:めちゃくちゃ興味あります。

深井:はい。

田口:保育園なんですけど、保育園の時必ず何人か先生に手つながれて運動会の時とか用意どんていったら泣いて先生に手ひかれてる子供いますよね。あれ、僕で。

樋口:全然イメージ違う。

深井:全然違う。

田口:一畳男とか呼ばれていて、子供のころ、僕の親たち一畳男と呼んでたみたいで、一畳あれば十分ていう全然動かないという。びびって動かないみたいな人間で。

樋口:今た世界中を動き回ってる。

楊:駆け回ってる。

深井:そう。駆け回ってね。いろんな国の人に社会貢献しつつ、社長にみんなにも厳しいですもんね、田口さんそもそも。ちょっとテレビで拝見しましたけど。

田口:昔のね。

深井:今はもう優しいんですか。

田口:今は優しくなっちゃったって残念がってますよね。

樋口:ええ。

田口:昔からいる人はね。

深井:なるほど。

樋口:本当に子供の頃はそういうおとなしい子供だった。そっから自分の中でばんてブレークスルーがあったんですか。

田口:なんですかね。でも子供ってどんどん、人間てどんどん変わっていきますよね。そっから、そういう人間だったのが小学校入って、中学校に入ってって、ちょっとずつ活発になっちゃって。でも僕は単細胞というか単純な人間なんで、小学校から野球やって楽しくて、甲子園行くぞっていっちゃって、別に才能もないんですけど。中学校普通の軟式野球部なのに硬式で一人で練習しちゃう、甲子園目指して。ていう身長めちゃくちゃ小さいから。中学入った時137cmみたいな、そういうくらいで甲子園目指しちゃうみたいな。ちょっとだから身の程しらずなところがあって。

樋口:見てる世界が一歩先だったってことですよね。その時から。

田口:一歩先というか、見る目がなかったっていう感じで。でもそういう単純に目の前のことただ頑張ってる人って感じでしたけどね。

深井:社会課題に対して徹底的じゃないですか。田口さん。もうね、それっていつ頃からそういう感じなんですか。子供の時からそういう傾向があったんですか。

田口:全くないです。

深井:ないんですか。

田口:19歳の時にそのドキュメンタリーの映像を見たのが最初のきっかけ。それ以前は社会貢献の社の字もないし、途上国とか貧困とか何もしらない。

楊:逆にそれまでに社会貢献ていう思いが出てくる前に自分がいっぱしの人間になろうと思い始めたきっかけとか、そういうことってどっかのタイミングであったんですか。

田口:ううん。特にないんですよね。大学にいって初めて盲目的に目の前のことに頑張らなくなったっていう、スポーツやってたんで。中学野球ばっかりやってたし、高校入ったら野球で推薦こなかったなと思って。テニス部に入って。今度テニスばっかりやって、ていう感じで。テニスとか学校の成績、いわゆる学校の成績だけはちょこちょこと要領よくて点数高いし。テニスとかもちょこちょこの成績があって、早稲田に推薦いけるぞと言われてて、それで勉強もしてなかったんですけど。日頃の素行が悪いということで落とされたんです。

樋口:あら。

楊:素行が悪かった。

樋口:素行悪かったんですか

田口:最後そこでちょっと体育教官たちがあいつを推薦はちょっとないだろうって反対が起こったらしく。それで自分はそれで大学行けるものと思ってたのにいけないことが判明して。夏くらいからやばいなと思って受験。

樋口:大ピンチですよね。

田口:そうそう、それで半年間は勉強して大学入った。

樋口:それで入れたんですね。

深井:半年で。

田口:ぎりぎり入れました。

樋口:すげえな。そこの根性からあったんですね。

深井:打ち込むっていうところは特性として昔からあったってことですね。

田口:そうですね。そうなんです。そこは、僕は未だによくいう結構けじめみたいな言葉使ったりする。やると決めたらやろうと。ただ、やると思ってないものにうだうだ考えないみたいな感じで。だからスポーツやってるときは勉強考えないし。受験すると決めたらちゃんと勉強するし。大学入ったら、さあなんやろうかって一気に今までのこと忘れて、つぎ自分は何やろうと考えた時にそういうやりたいのないなと思って。ずっと自分の心がスポンジみたいななんでも吸収しようとしてた状態になったからこそ、たぶん初めてその映像見た時に。過去にも多分同じ映像見てたと思うけど、自分として初めて入る瞬間になったのかなって。自分が探してたんだなって。

樋口:だから大学に入るまではある程度レールみたいなものが見えてたってことですね。

田口:そうですね。とっても目の前の。

樋口:で、レールがなくなった瞬間にそれがばんて自分のレールになったって感じですね。

田口:探してたって感じですね。

樋口:へえ、でも卒業して25歳までの間って一回働かれてるってことですよね。

田口:そうですね。15の時にその映像みて、ぼくはこういう途上国支援やりたいと思ってNGOを回った。そういう現場で自分も活動したいなと思って。そしたらNGOのある職員さんが、君本気で貧困問題解決したいっていってるからいうけど、君はNGOに来ない方がいいよって言われて。

楊:なんで。

樋口:なんで。

田口:いやあ、僕もなんでですかっていったんですけど、そしたら僕らの活動は本当にいいことやってる。いいことやってるんだけど、あえて言えば海の波打ち際に砂山をつくってちょっとできたぞっていったら波がばさってきて0に戻されるみたいなことを繰り返してる感じがある。つまりいい活動なんですけどどうしても助成金とか寄付といわれるものに依存して行動が決まって行くところがあるので。例えばある地域で井戸を1年2年やってきてもう1年で自治に結びつくんだけどというのもあるのに、やっぱスポンサーしてる会社、スポンサーからすると、毎年3年間も同じことやるよりかは、井戸の問題やったら次は女性のエンパワメントやってほしい。子供教育やってほしい。そういうのに合わせて活動を提案していくというか、して行く部分もある。これはすべての団体がそうではないと思うんで。NGOとかいうことではない、彼がおっしゃったのはそういうことをおっしゃって。僕が思ったのはそうなんだ、NGO活動こんな素晴らしいことやってるのにお金がないっていうことで活動に制限ができてるんだというのが僕が19歳の時に思ったことで。だったらこの人たちのためにお金を送るための会社を作ろうと思った。

樋口:だから自立してご自身で稼いで、資金源を作るってことを意識した。

田口:そうですね。お金を作るための会社。その時考えたのが売上の1%、利益が出ても出なくても売上の1%というものをNPO,NGOにお金を出すための事業を作ろう。なんでもいいっていう。そういう会社を作るって周りの友達に言った。ぼくはこういうことをやるんだ、みんなお金ないと言ってるから。僕はソニーの社長になるんだって言ったら、周りの友達がお前バカなんじゃないって言われて。売上の1%って利益の10%か20%かわからんけど、そんなものを出すって株主OKていうわけないじゃんて言われて。じゃあ自分でそういう会社、巨大な会社つくるしかないな。と思って、それで当時でいったらビジネスといえばアメリカだ。僕単純な人間なんで、アメリカに行かなきゃっていって、それで大学一年休学してアメリカにビジネスプランを作りにいこうって感じで。ビジネス留学プログラムみたいなのに参加して。ほとんどの人が社会人なんですけど、学生が数人だけいた。そこに混ざってビジネスの勉強してビジネスプラン作ってみたいな。

樋口:そこの思い。だって普通単純に利益あげるだけでも難しいとされてる、会社作るって。その中で自分とは関係ない世界じゃないですか。関係ないというかもっとめちゃくちゃ広い世界での話で。会社を作る前からその思いでというのは相当難しいと思う。

田口:でもね、やりたいなって初めて思った。

樋口:思っちゃったんですね、もう。

深井:そうですね。思っちゃったんでしょうね。

樋口:思っちゃったからやるしかなかった。

楊:そうですね。先ほどもおっしゃってたそんなにグジグジ考えずに思ったらとりあえずやってみるというのがすごく大きい。

田口:よくそういう社会課題って原体験とかいう人がいるけど。僕原体験とか全然いらない。やりたいと思ったらいいじゃんけみたいなのが。僕自身そう。思って、もちろんその後現場にいったりする。そこで自分の本当の志だなと思えればいいし、違ったって思えばまた次やればいい。

楊:すごい、志と行動の距離がすげえ近いですね。

樋口:ああ、いい。確かに。

深井:いろいろ聞きたいけど。すごい印象的なのが、僕が、ボーダレスの社員というか社長の皆さんなのかな、と、田口さんの信頼関係が相当やばいなと思ってて。外から見てて。完全に外からしかみてないけど。僕もいろんなベンチャー参加しながらつくづく思うのが、外から見た時と中から見た時の本当の信頼関係けっこう違ったりだとかするし。社長と社員みんなの信頼関係てめちゃくちゃ大事じゃないですか。

田口:そうですね。

深井:で、そのボーダレスのみなさんの発言て嘘つけない信頼関係に見える。これは外から見た時にみえるやつじゃないわってのが外からみてもわかるくらい強固な信頼関係を築いてるなというのがすごく感じるんですよね。いろんな理由があってそうなってるんだろうなと思ってる。田口さん的にはなんでそういうふうになってると思ってらっしゃるのか聞いて見たい。

樋口:そこは聞きたい。

田口:初めて考えますね、それ。

深井:そうですか

田口:さすが深井さん。相談してなかった。

樋口:会社のマネジメントって特殊だと思う。

田口:そうですね。それはめちゃくちゃ特殊です、ボーダレスは。

樋口:そこをお聞きしたい。どこが違うのか、普通と。

田口:もう、いわゆるビジネス界の人に全く理解されないメカニズムで。この前も言っていいのかな、なんとかオブザ、アントプレナーオブザイヤーかなそういうのに選出みたいな形の審査があったけど。なかなか本当って言われちゃう、この仕組み自体が。ていうのは、まず、一番普通の会社と違うのが最高意思決定者が誰なのかがすごい会社、組織の上で大切だと思うけど。僕らの組織っていうのは社会起業家たち、37人いる社長たちが、その人たちのための会社で。ボーダレス・ジャパンて形式上はホールディングスなんですけども、ボーダレス・ジャパン自体はこれが全体がうまく回るための事務局にすぎないので、すべての意思決定っていうのはこの社長会の全員合議制やるっていうことが最高意思決定機関はここなんです。なので取締役会も株主総会も株式会社なのに一回も開かれたことがない。

樋口:面白い。

楊:初期のアメリカみたいだな。

深井:元老院だ。

樋口:元老院だ。まさにローマ帝国の。なるほど。

深井:すげえ。

田口:全員一致で決まる、一人でもノーっていったら決まらない。

深井:すさましい權力、拒否権を全員がもってるってことですよね。

田口:そうです。

深井:拒否権てちなみに權力の中で最高だといわれてる、政治権力の中で。それを全員が持ってると。

田口:そうです。だからそれは赤字の会社。先月立ち上がった1ヶ月目の赤字の会社でも同じ権限もってるし、

深井:うおお

田口:20億くらいの売り上げがあって、利益を3億も4億も出してる会社も同じ権限で。

樋口:ちょっと、ごめんなさい、なぜですか。なんでそういうシステムにしたんですか。

田口:ぼくらのやりたいことってのは、社会起業家といわれる人たちが、起業家ってややこしくて、自立したいのに孤立したくないっていう面倒な奴ら。

樋口:わかる。

田口:人の指図は受けたくない、自立してたい、だけど一人は嫌だっていう。

楊:面白い。

田口:この人たちってすごく重要で、この人たちの中でめちゃくちゃ優秀な人たちはいわゆる自分でお金も人も集めて上場への道がある。こういう経済的にすごく強い人たちの、まっちょな人たちのエコシステムはすでにある。いわゆる社会起業家といわれる地域社会のためにやりたいとか、地域社会の目の前で困ってる人たちを助けたいって、もうちょっとサイズ感小さかったりとか、それほどまでの強いパワーがあるわけではない。でもこういう人たちは世の中みた時ほとんどですよね。こういう大多数の起業家というのはこういう思いとこういうスキルとこういう性質、この人たち1%のためのエコシステムじゃなくて、この99%、このマジョリティをどう力にできるかというのが社会システムとしては大切だと思っていて。その人たちのこの自立したいけど孤立したくないという人たちがみんな集って一つの生態系というか助け合いという意味合いで居場所が欲しい、居場所といってもたんなる馴れ合いの居場所じゃなくて、実効性のある実質的にお互いに意味のある場が必要で。そういう仕組みというかそういうエコシステムていう、エコシステムみたいなものが必要でその時には自分が絶対主体者にならないとエコシステムにならない。受益者側にいたりとかだれかが決めて自分が受ける側とか、それでは回らなくて全員が主体者っていうので初めて回るのが本当のエコシステムだなと思って。

深井:面白い。視点が基本的に社会になにができるかという視点であって、自分たちの会社をどうやってうまく回すかとかじゃない感じがしますね。

田口:そういうのはあんまり興味もってないですね。僕は。

深井:それによってちょう独自のシステムがつくられ、それで年商54億までいくみたいな。すごいですね、やっぱ。視点が全然違う。

楊:最初からこのシステムというわけじゃないです。途中から切り替えていったんですか。

田口:そうなんですね。最初は自分がさっきいったような思いで始めたので。一個一個自分が事業を作って。整ったらパスして行くっていうカンパニー制をもともととってて。もともと、少しでも多くのことをやらなきゃと思ってたんで。立ち上げてパスするっていう。でも、立ち上げて一個軌道に乗せるのに一年くらいかかっちゃう。で、僕は、60歳までやるとして、あと30個くらいしか立ち上がらないなみたいな。

樋口:それでも相当すごい。

深井:相当やばい。

楊:30個、相当おおいですけど。

樋口:ウンウン。

田口:それでなんか世の中、死ぬ時に世の中少しよくなりましたって全然言えないなと思って。それでだめだと思ったんです。このスピードじゃなんにもならないわと思って。その一方で僕くらいのレベルのスキルだったらけっこうみんな持ってる。そして、百億とか一千億の会社作るのは難しいと思うけど、10億くらいの会社ってけっこう作れる、事業サイズ感ってけっこう作れるなだし、一番いいサイズ感だなとやって思ったんです。10億くらいの会社ってコアメンバーが七人十人くらいでよくて。あともちろんオペレーションスタッフ必要ですけど、コアメンバーそれくらいでよくて、で、七人くらいの中でのリーダーシップていうのはスーパーマンじゃなくてもできるな。とても風通しよく、みんなができるサイズ感ていう。小さいことはいいことだにそっから変わってった、僕の考え方は。

樋口:え、小さいことはいいことだとは。なるほど。

楊:面白い。

田口:普通は大きい方がいいですよね、だけど、大きいとね、大きさを求めると大きいことはいいことだとなった瞬間大きさを求めるんで。ビジネスでいうと売上と利益の拡大を求めるとイコールなんです。そうすると売上をあげるための新規事業とか、いつのまにかとてもつまらない話にすり替わっちゃう。どんな会社も創業期には素晴らしい理念と思いがあって立ち上がって、どっかで大きいことはいいことだになった瞬間新規事業がいちいちマーケットサイズはどうかって話になって、力学、そっちに力学が動き出して、どんどんつまんなくなって、つまんないってのは失礼な言い方ですけど結果的にはキラリと光るものから、それオタクがやる必要があるっていうものをやって。生まれるのは競合とか競争と言われるのが生まれて。価格競争とかなんとかでしのぎを削るために自分の人生使うのってなんか少し疲れてくるよなみたいなところがあって。だから本当はもっと小さいけれど本当に必要とされてる、この課題を抱えてる人たちに本当に集中し続けられるサイズ感でいいのかなと思ったのがあって。一個一個は小さく、でもそれが小さいままだと沈んじゃうんでみんなで連携して行く。僕はスイミーていうのがボーダレスの。

楊:絵本ですね。

田口:一個一個は小さいんだけど、それが単独していると力にならないけど、みんなが集まって一つの大きな社会をよくして行くんだぞというために集うとすごく大きなパワーになって行く。深い海にまでいっても大きな魚に食べられない、というそういうのがイメージなんですね。

樋口:なるほど。それでいうとスイミーの目の部分が田口さんになるということですね。

田口:今の所ですね、そのうちやめたいと思ってる。

樋口:やめるんですか。

田口:はいはい。

樋口:ええ。

田口:やっぱり創業者、会社がダメになるのはやっぱり誰かに依存するってこと、エコシステムとリーダーシップの違いってそこにあって。やっぱり大きくなればなるほど創業者、リーダーシップに依存するっていうところが組織っておこってくる。だから僕はそこに依存しないのを最初からつくっていかないと、どんどん大きくなるとどんどんダメになっていくみたいなのがあって。なんで、ボーダレスはゆくゆくは僕はあと数年くらいでやめて、任期制でグループ代表を回した方がいいんじゃないかなと思ってるんですけどね。早めに僕はいなくなった方がいい。

深井:ちなみに今37人いま社長がいますよね。これ、何人くらいまで増えて行くんですか。

田口:去年1年間で実は16社増えた。

樋口:一年で16。

田口:ぼくは2025年までに年間100社立ち上がる体制を作るのが今の目標なんです。

深井:全員拒否権持つんですか、年間100社。

田口:そうですね。どうなっちゃうんでしょうね。サイズ感に合わせて組織って変わって行くので。ただ小さいサイズ感での最適なシステムと、また大きくなったときのシステム。都度都度実験しながら開発していこうと思う。そこの中にいる人たち起業家たちがここにいてよかったなっていう繋がりを感じれて助け合いができて、みんなと一緒にやれてみんなでいい社会を作っていけていいなっていう実感だけを失わないようね。そして自分がこの中でとても重要な役割を果たしてるんだということが感じられるものじゃなくなるとたぶんボーダレス面白くなくなるので。そこの視点でいつも仕組みの実験をしてるんで。そこだけ失わなければ年間100社加わっても大丈夫じゃないかな。

深井:なるほど。

樋口:ちょっと、そこにもしかしたら繋がるかもしれないですけども。利益配当についても結構特殊な制度が、ルールがあるじゃないですか、それをちょっとお聞きしたいんですけど。

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